61. 香辛料
61 香辛料
次の日の昼頃、あてがわれた小屋で手持ち無沙汰に過ごしていると、サルドが訪ねてきた。最後に見た時より、かなり疲れた表情をしている。
「リョウ殿。先日は失礼した。少し遅れてしまったが取引の話をしよう」
「お気になさらず。事情は聞きました。妹君が生贄に選ばれたとか」
「あぁ。昨日、遅くまで父とそのことで話していた」
「そうですか」
この様子だと、あまり良い結論は出なかったようだ。
「……テナは少々気が強いところはあるが、聡明で人望もある。皆を率いる長となればテルテナ島は安泰だったろうに……なぜ今年にかぎってテナしか贄の候補が見つからなかったのだ……いや、リョウ殿には関係のない話だな。すまない」
「お察しします」
話を聞くと、最初はテナも取引に同席させるつもりだったが、事情が事情だけにサルド一人で対応することにしたそうだ。
「ついてきてくれ。倉庫に案内しよう」
サルドに連れられ、香辛料を保管している倉庫を見せてもらった。そこには何種類かの豆が箱に詰められて保存されていた。色の違いがあってよく分からないが、どうやらコショウの実らしい。
「ここにあるものは乾燥済みのものだ」
「出荷できる香辛料はもっとあるということでしょうか」
「例年なら、ここにある倍以上は収穫されるはずだ」
見た感じ大樽5個分はありそうだ。当面売り捌くには十分な量だろう。近くに合った黒っぽい実を手に取りにおいをかぐ。どこか懐かしい、つんとした匂いがした。確かにコショウのようだ。
「素晴らしい。私はこれを求めて遥か西方からやってきたのです。どうか譲っていただきたい」
「もちろん。全部とは言わないが、ある程度なら融通が利くだろう」
「ありがとうございます。では次はこちらが持ち込んだ商品をご確認いただいてもよろしいですか?」
「あぁ」
今度は俺の商品を保管している小屋に移動し、サルドに商品をみてもらった。先日船で持ち込んだ商品で、鉄製の農具や砂国の綿織物、それにワインやエールなどの酒といくつかの装飾品だ。
「ここまで質の良い鉄は見たことがない。こちらの綿布とやらも見事なものだ」
「ありがとうございます。どちらも西方諸国から持ち込んだ物です。この辺りではまず手に入りますまい」
「ふむ」
サルドが腕を組み、少し悩んでみせる。
「商品としては申し分ない。先ほどみせた倉庫内にある中の、そうだな、半分と交換でどうだ」
「半分ですか」
「不足か?」
「できれば、全て譲っていただきたいのですが」
「それは無理だ。ほかの取引もある」
「もし取引していただけるなら、こちらも提供したいと考えています。リース」
手を挙げて合図をすると、倉庫の奥からリースが大きな箱を抱えてやってきた。いぶかしむサルドの前にその箱を置き、中身を見せる。
「これは……」
箱に入っていたのは鉄製の槍だった。長さは1.5mほど。歩兵が持つスピアーと呼ばれるもので、西方諸国ではもっとも普及している歩兵用の槍である。前に帝都で買い付けて砂国の倉庫に置いていたものを、午前中に持ってきたものだ。
「西方にあるガロン帝国より持ち込んだ鉄製の槍です。旅団の方々が使っている石の槍に比べると耐久性は劣るでしょうが、そのぶん威力は優れているはずです」
彼らが戦闘で使っている武器は主に石の槍だった。これは海水で劣化しづらいし、替えも利きやすい利点がある。しかし単純な威力なら精錬された鉄を穂先に持つスピアーの方が強力であろう。
「このスピアーは冒険者と呼ばれる魔物退治専門の者たちの間でも使用されています。硬い装甲を持つ魔物に対しても、腕さえあれば致命傷を与えるそうです」
サルドがスピアーの一つを手に取り、軽く構えて木製の壁に突き刺した。ガツンと力強い衝撃音を放つと、刃は壁を突き抜けた。
「……どれくらいの量を持ち込んだんだ?」
「この箱で10箱です。本数にして60本」
そう答えると、サルドはしばらく腕を組んで黙ったのち頷いた。
「わかった。これも取引できるというのなら、先ほど見せたすべてを持って行って構わない」
「ありがとうございます」
無事、大樽約5個分の香辛料を得ることができた。その後はリースに運び出しと受け取りの算段を任せ、俺はサルドとともに倉庫を後にした。
◆
取引の後、サルドと雑談しながら小屋に戻ると、入り口で一人の客人が待っていた。人魚族の少女テナである。サルドが驚き声をあげる。
「テナ、どうした? なぜこんなところに」
「サルド兄様。今日はこちらのリョウ様に修行をつけていただくために参ったのです」
「修行……だと?」
サルドが見たこともない表情で睨んできた。なんか勘違いされてないか?
「非才の身ながら、私の知っている西方の秘術をテナ様に伝授させていただこうかと思いまして」
「秘術だと? なんだそれは」
「旅の途中で知り合った魔法使いから教わった、魔法の力を増幅させる秘術です。残念ながら私には魔法の才が無かったのですが、修行法は覚えています。うまくいけば、テナ様はさらなる力を手に入れる可能性があるでしょう」
俺の説明を半信半疑といった様子で聞いていたサルドに、テナがたしなめるように言う。
「兄様。テナは生贄祭の日までに、出来得る限り力を高めておきたいのです。どうか邪魔しないでください」
「いや、しかし」
「……リョウ様。いきましょう」
「おい、テナ!」
納得のいかない顔をしているサルドを放り出し、テナは俺の手をつかんで歩き出した。彼女はサルドが追いかけてこないことを確認して、大きくため息をつく。
「はぁ、まったく兄様は」
「……よろしいのですか?」
「構いません。兄様は昔から頭が固いのです。話すだけ時間の無駄でしょう。それと言葉遣いの方も気を使わなくて結構ですよ。見たところ歳も対して違わないでしょうし」
「そう、か。しかしそれなら、そっちもだろう?」
「そうはいきません。これは“修行”なのですから。御教授のほどよろしくお願いいたしますね。お師匠様」
テナはいたずらっぽく笑いながら言った。