60. 提案
60 提案
俺の言葉に、テナは面倒だと言った様子で眉をひそめる。
「今度は何でしょう? 私もそろそろ戻りたいのですが」
「もう少しだけ、お時間を頂きたい」
「……わかりました。ですが先に一つお願いがあります。後ろの子に言ってあげてくれませんか? 危害を加える気はないと」
後ろを振り向くと、リースが懐の短刀を取り出し、きつい表情でテナを睨み付けていた。かなり警戒している様子だ。
「先ほど杖を突きつけたあたりから、殺気をみなぎらせているのです。杖を向けた私にも落ち度はありますが、どうか収めてくれませんか。息が詰まります」
「それは失礼しました。リース」
「……はい」
リースが両手を体の前で組み直し、いつもの澄ました表情に戻る。それを見て、テナは杖から手を放し、小さく息を吐いてみせた。
「それでは、手短にお願いします」
「はい。結論を言えば、リヴァイアサンを倒してしまえば良いということです」
「だからそれは無理だと……」
「はい。あなた一人ならば、ですね」
その言葉に、テナはぴくりと頬を動かした。
「まさか……兄様たちに加勢を頼めばいいというのではないでしょうね?」
「違います。他人の力を借りればリヴァイアサンの怒りを買うのでしょう? それはあまりにもリスクが高い」
「では、どうするのですか?」
「私が手伝うのです」
「商人殿が?」
テナは呆れた様子でフルフルと首を振った。
「誰が手伝っても同じでしょう。一対一の儀式に介入したのが誰であろうと、リヴァイアサンの怒りによってテルテナ島は滅ぼされる」
「おっしゃる通りです。しかし、手伝っていることがバレなければいいのでは?」
「……どういう意味でしょう?」
「少し、待っていてください」
いぶかしむテナを横目に、俺は水際に向けて歩き出した。星あかりがあるとはいえ、夜の海は吸い込まれるような暗さだ。リースが慌てて松明を手に付き従ってくる。
腰ほどの深さがある場所まで行き、海中に手を突っ込んで地面に触れる。波に洗われるのも構わず、扉の管理者の能力による印を設置した。
「お待たせしました」
「何をしたのです?」
「準備が整いました。私の力をお見せしましょう」
さっきつけた海中と、すぐそばの砂浜に設置した印同士を扉でつなぐ。大きさは3m×4mのタイプだ。海中とつながった砂浜の穴から、勢いよく水が噴き出し始める。
突然の現象にテナは驚きの声を上げた。
「これは……まさか魔法?」
「あちらをご覧ください」
入り江を指差す。そこにはさきほど印をつけた海中に開いた扉へ、海水が渦潮を作りながら流れ込む光景が広がっていた。
「私は離れた場所をつなげることができます。本来の使い方ではないのですが、このように海中と陸上をつなぐことも可能です。そして私はこの数倍の大きさの扉を無数に開くことができます」
実際は最大の大きさなら、今の残りポイント的に数十個が限界だが、多少盛っておこう。
「……あなたは、何者なのですか?」
「ただの旅商人ですよ。いまはそんなことより貴方の話をしましょう。事前に準備を終えておき、貴方がリヴァイアサンと対峙しているとき、入り江の内部にこの穴を無数に開きます。入り口付近に多く設置すれば、新たに海水が流入することもなく、一方的に入り江内の海水を排出できるでしょう」
リヴァイアサンはあの巨体だ。入り江内の海水の排出してしまえば、身動きすら難しくなるはず。そしてなにより本当に海を操るというならば、海水を排出してしまえば力を抑えられるのではないか。まあ、根拠のない推測だが。
「確かに信じられない力です……が、やはりこの魔法を見た時点で助力に気づき、リヴァイアサンは怒りを発動してしまうのでは」
「私が手伝っていることがバレるとそうでしょう」
「……リヴァイアサンには気づかれないと?」
「えぇ。この扉を開く為に、私はその場にいる必要はありません。極端な話、島にいなくても開くことができる。もしも私が姿を見せずに、儀式の最中にこの穴を発生させれば、貴方と対峙しているリヴァイアサンはどう考えると思いますか?」
「それは……」
魔法使いの生贄との一騎打ちの最中、海中に突然無数の穴が開く。その穴には海水が勢いよく吸い込まれていき、消えていく。その現象はどう見ても、魔法以外の方法では実現不可能である。そうなれば――
「リヴァイアサンは私が……強力な魔法を使用していると考える」
「えぇ。その通りです。勿論あなたの演技は欠かせないでしょうが」
要はリヴァイアサンに一対一だと思わせればいい。テナにそれっぽい演技を適当にしてもらい、タイミングを合わせて扉を開く。そうすれば見た目には、テナが魔法を用いて海水を排出しているようにみえるだろう。
「もしもリヴァイアサンを入り江内に打ち上げることができたなら、動きは著しく制限されるでしょう。あの巨体ですからね、下手したら自重でまったく身動きが取れないかもしれない。その状態であなたは残った海水を操り、脆弱な箇所を探りながら攻撃すれば――」
「リヴァイアサンを倒せる」
テナの言葉に、俺はこくりと頷いた。
「確実に倒せるという話ではありません。しかし失敗したとしても、私の助力がばれなければ予定通り貴方がリヴァイアサンに殺されるだけです。テルテナ島が滅ぼされることにはならないでしょう」
実際のところ、リヴァイアサンが俺の存在に気がつく可能性は十分考えられる。扉の管理者という能力にリヴァイアサンが何らかの方法で感づくかもしれないし、似たような能力を知っている可能性もゼロではない。不確定要素によって気づかれた場合は、怒りによって島を滅ぼされることもあるだろう。
しかし俺にとっては、別にそれでも構わない。
テルテナ島での香辛料の取引は明日にでも始まる。10日後という生贄祭までには確実に終わっている。そうすると今後しばらく、この島は用なしだ。滅びても大した問題ではない。もちろん取引相手の一つを失うのは痛手だが、別の取引先を探せばいいだけである。
「……一つだけ聞きたいことがあります。この話、貴方にはどのような利益があるのでしょう」
「利益ですか?」
「えぇ。貴方のような商人が利益も考えずに手を貸すなどあり得ません。最初おっしゃっていた私を護衛に雇うという話、あれは私が逃げ出すことが前提でした。今回この話がうまくいったとすれば、私は島に残るでしょう。そうなると一体なにを要求するつもりでしょう」
実際のところ、リヴァイアサンが倒されるという事実だけで色々と利益はあるのだが、わざわざ聞いてきたのなら先に要求しておくか。
「そうですね。まずは船を一隻いただきたい。小さくて構いませんので、レバ海を航海可能なものをお願いします」
「それくらいなら問題ないでしょう」
「それともう一つ、カルサ島はご存知ですか?」
「リヴァイアサンに滅ぼされたという島、ですか」
「えぇ。テナ殿が生き残った際には、父君や兄君に対して、私がカルサ島に拠点を作ることを認めさせていただきたい」
「拠点? あの島にですか?」
テナが怪訝な顔をする。そりゃそうだ。カルサ島はリヴァイアサンに滅ぼされて荒廃した無人島なのだから。
「えぇ。拠点といっても、当面は商品の集積地にするだけです。ただ人魚族でもない人間が勝手に居を構えては色々と面倒がありそうですからね。そのあたりをイスタ族に保証してもらえれば安心です」
「わかりました。掛け合ってみましょう」
「具体的にはそれくらいです。あとは私のこの魔法について、誰にも言い触らさないようにして頂ければ助かります」
「そう、ですか」
テナは目を瞑り、長い間考え込んだ後、うなずいた。
「わかりました。貴方の力をお貸しください」