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59. 魔法

59 魔法


 サルドが戻ってこないので手持無沙汰なまま、夜を迎えた。食事は分けてもらえたので、それをリース達と食べた後、そのまま寝ることにした。


 あてがわれた小屋で皆と雑魚寝していたのだが、夜中に目が覚めてしまった。周囲を見ると、ロルたちは裸同然で寝転がっている。エルフのアーシュはともかく、獣人は全裸と言っても体の一部が毛でおおわれているため、見るからに暑苦しそうだ。


 少し風に当たってこようと、彼女たちを起こさないよう注意しながら小屋を出ると、か細い声で呼び止められた。


「……ご主人様?」


 この声はおそらくリースだ。


「リース、起こしたか」

「いえ、寝付けなかっただけです」

「そうか。ちょっと外の風に当たってくるが、お前も来るか?」

「はい」


 服を着直したリースと共に小屋の外に出ると、蒸し暑い風が頬を撫でてきた。あまり気持ちよくはなかったが、中よりはずいぶんとましだ。


「この辺りの気候は犬獣族ワードッグにはつらそうだな」

「はい。ここまでこの髪や毛を恨めしく思ったことはありません。いっそ刈り取ってしまいたいくらいです」

「砂国に戻ってもいいといっただろう」

「お気遣いありがとうございます。しかしご主人様が戻られないのであれば、我々だけ戻るわけにはいきません」

「まあ、無理をしないように」

「はい」


 リースは相変わらずバカまじめだ。仕事がある昼間こそいないときはあるが、夜は大抵の場合は一緒に床についていた。今回も明らかに砂国の方が寝心地がいいのに、律儀なことだ。まあ俺が扉を使って砂国に戻ればいいだけなのだが、夜中に人が来て不審に思われるのも面倒だし。


 そのまま二人で小屋のそばの道を歩いていると、遠くに明かりがともっていることに気が付いた。入り江の方向だ。


「あれは……誰かいるのか?」

「どうでしょう。人影は見えませんが」

「ちょっと行ってみるか」

「お供いたします」


 夜道は暗かったが、星空が輝いているため歩けないほどではなかった。それに夜目の効くリースもいるので安心だ。


 しばらく歩いて入り江までやってくると、松明が一つ、砂浜に無造作に放置されていた。なんだろうと思って首をかしげた瞬間、ざざっという音と共に耳鳴りが襲う。


 海に目を向けると、入り江の中にある海水が盛り上がっていた。まるで生きているかのようにうごめいている。その光景は、アスタの生贄祭で見たものとよく似ていた。


「これは……魔法か?」

「ご主人様。あれを」


 リースが指さす方向に目をやると、浅瀬に人影があった。顔は暗く見えないが、どうやらこの状況をつくりだしている張本人のようだ。


 海水は見上げるほどの高さまで盛り上がると、やがて小さな塊に分かれていった。そしてその一つ一つが沖に向かって勢いよく放り出されていく。その数は尋常ではなく、見渡す限り水礫が発射されるという非現実的な光景が繰り広げられていた。


「凄いな」

「……はい」


 夢でも見ているのかと思う景色がしばらく続いた後、海水はゆっくりと元の水位に戻っていった。同時に人影がくるりと向きをかえ、松明のもとに戻ってきた。


「誰?」


 こちらに気が付いた人影が声を上げる。明かりに照らされて見えた姿は、澄ました雰囲気の少女だった。腰まである黒髪と褐色の肌を持った美しい女だ。リースと同じくらいの年に見える。かなりの薄着からみえる肌に数筋の切れ目があるので人魚族マーフォークのようだ。


 先ほどの現象は間違いなく魔法である。それを操るこの少女は、次の生贄に選ばれたテナなのだろう。


「こんばんは。私はリョウと申します。今日この島にやってきたものです」

「あぁ、あなたが例の……」

「えぇ。失礼ですがサルド様の妹君、イスタ・テナ様ですか?」


 質問すると、少女は長髪をなびかせながら頷いた。


「確かに私はサルドの妹です。ただ私は女ですのでイスタではなくイスト、イスト・テナと申します」


 女性だと少し発音が変化するらしい。知らなかった。


「それは、大変失礼いたしました」

「いえ、お気になさらず。外から来た者は大抵間違えますので。貴方のことは兄から聞いております。香辛料を買い付けに来た商人とか」

「はい。サルドさんにはアスタからの旅路を護衛していただきました」

「そうですか。ようこそテルテナ島へ。歓迎いたします……と言いたいところですが、こんな時間に何をしているのでしょう?」


 テナの少し目つきが厳しくなる。さきほどから言葉遣いは丁寧にしても、隙のない表情を見せてくる。なかなか気の強そうな女だ。


「この島の気候はなかなか息苦しいので、寝付けず夜風に当たっていたのです。するとなにやら、海岸に明かりが見えたもので様子を見に来た次第です」

「そうですか」


 テナがじっとこちらの瞳を見つめてくる。明かりが松明しかないのでよく見えないが、凛とした眉と鋭い目つきは、これまで出会ってきた女性にはいなかったタイプだ。強いて言えば、タタールで出会った冒険者のフィズに似ているか。


「余所者が夜分に出歩くと危険です。寝床に戻ったほうがよいでしょう」

「お気遣いありがとうございます。しかし、良いものを見せていただきました。先ほどの現象は魔法なのですね」

「えぇ、そうですね」

「私はこれまで魔法を実際に見たことがありませんでした。あのような現象を起こせるとは、魔法使いとは素晴らしい」

「何もわかっていないのですね、商人殿は」


 突然、テナは怒気をはらんだ声で睨みつけてきた。


「と、いいますと?」

「この海にはリヴァイアサンという強大な魔物が住んでいます」

「えぇ。存じております。ここに来る途中に立ち寄ったアスタで生贄祭なるものも見物しましたから」

「それならば、魔法の使える者の末路は知っているでしょう」

「……生贄ですか」


 俺の答えに、テナは小さく息を吐く。


「そうです。私には魔法の才がありました。ですから10日後、テルテナ島の生贄祭でリヴァイアサンに捧げられます」


 まるで他人事のような言い方である。表情も無関心というかなんというか、死んだ魚のような目をしていた。


「生贄は儀式の際にリヴァイアサンに挑むことができると聞いています。先ほどの貴方の魔法を見ていると、リヴァイアサンでさえ打ち倒してしまえると感じましたが」

「それは無理に決まっているでしょう」

「何故でしょう?」

「何故って……」


 テナの表情が哀れみを含んだものに変わる。


「これまでも無数の生贄達が挑みました。私程度の才などいくらでもいたでしょう。彼らの中にリヴァイアサンを倒した者は、ご存知の通り一人もいません。だから無理なのです」


 これまで倒されなかったのだから、これからも倒されない。リヴァイアサンによるレバ海の支配がいつから続いているのか知らないが、長年生贄をささげる風習が続いていれば、倒そうという考え自体が無謀に思えてくるのか。


「商人殿は外から来た人間ですから、簡単に倒せなどと言うのでしょう。しかしあれを打ち倒そうなど笑い話にもなりません」

「しかしそうなると、なぜ貴方はこんな夜中に魔法の練習をしているのでしょう。先ほどの様子では、明らかにリヴァイアサンとの戦闘を意識した魔法でしたが」

「……生贄になるなら、一矢報いてやろうかと思っているだけです。生贄が善戦した島では、しばらく次の生贄を要求されなかったという話もありますし」

「そんな話があるのですか」

「噂程度ですが。とにかく私はイスタ族としての矜持を持って贄となるのです」


 ぐっと杖を握りしめるテナ。生贄に選ばれ、あの巨大なリヴァイアサンに一人で挑むことを強要されているのに、この態度はたいしたものだ。


「いや、素晴らしい。感服いたしました。私ならば生贄に選ばれた日から、絶望して動けなくなってしまうことでしょう。死にたくないですからね。テナ殿、あなたは本当に勇敢だ」

「……私だって死にたくなどありません。ですが魔法の才があるので仕方がないのです」

「死にたくないのであれば、島から逃げ出すという方法もありますよ」


 その言葉を聞くと、テナはぎろりと睨み返してきた。


「逃げ出す……?」

「えぇ。島を出た後のことが心配ならば、私が手伝いましょう。どうせレバ海一帯を巡るつもりでしたし、適当なところまでご一緒しますよ」


 そこまで言ったところで、テナが手にした杖をこちらに突き付けてきた。


「私を愚弄するのですか?」

「愚弄? とんでもない」

「私はイスタ・ラウの娘イスト・テナです。この私が生贄になることを恐れて逃げ出してみなさい。家族の立場はどうなるのです」

「死んでしまえば家族の立場も何もないでしょう。自分が死んだ後のことを心配するなど、無益なことです」

「黙りなさい! 貴方には誇りというものはないのですか!?」


 ものすごい剣幕で捲し立てるテナに、少々辟易しながら言う。


「正直に申しましょう。このテルテナ島にくるまではサルド様率いる旅団に護衛してもらいましたが、別の島を巡ろうとすればそうもいかない。これからこの南部諸島で商売を行うために、身が軽くて腕の立つ人魚族マーフォークの護衛を雇おうと考えていました。貴方が生贄から逃れて、島を出るなら丁度いいと思った次第です」


 実際、先ほど見たテナの魔法は素晴らしい。俺としては魔法そのものにも興味がある。魔法使いなので護衛としての実力は十分だろうし、生贄などで無駄死にさせるなどなんとも惜しい。


 テナは相変わらずきつい表情でこちらを睨みつけていたが、しばらく黙ったのち大きく息を吐いて見せた。


「……本当に何も知らないのですね」

「と、いいますと?」

「今年テルテナ島で魔法の才が見つかったものは、私だけなのです」


 杖を地面に突き立て、テナは吐き捨てるように言った。


「あなたが逃げてしまえば、別の生贄は用意できないということですか」

「そうです。私が消えてしまえばテルテナ島は破滅です。逃げ出すことなどできません」


 生贄を用意できなければ怒りによってその集落は滅ぼされる。もし逃げ出して自分が生き延びたとしても、故郷が滅ぼされてしまう、か。なんというか、絶望感が半端ないな。


 しかしそういうことなら、島の外に誘うのは難しそうだ。新しい生贄が選ばれるだけなら大丈夫かと思ったが、故郷が滅ぼされてしまうというのはまずい。さすがに罪悪感で耐えきれないだろう。


「それは何も知らずに失礼なことを言いました。申し訳ない」

「えぇ」

「しかしそういう事情ならば、別の話があります」


 魔法使いであるテナを死なせない方法として、すぐに思いついた方法は二つある。一つは彼女を連れて逃げることだったがだめだった。それならもう一つを提案するだけだ。

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