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53. 人魚族

53. 人魚族


 聞けばこの辺りから輸出される交易品は、そのほとんどがクー国の商人によって買い占められるそうだ。彼らは組合と呼ばれる集団を形成し、香辛料だけでなく、宝石類や木材、毛皮、薬草などの流通を牛耳ってしまっているらしい。


「俺たち地元の商人が扱っているのはレバ海の周辺や西の内陸部に向けての商品だけだ。クー国向けの輸出品は組合の連中によって買い占められている」

「そうなるとガギルダさんから香辛料を買うのは難しいのでしょうか」

「できないことはないだろうが、アスタでまとまった量を取引していればかならず組合が知ることになる。見慣れない商人が香辛料を買い集めることを知った連中がどう動くかなんか、簡単に想像できる」


 独占している市場によそ者が参入しようとしていればどうするか。いきなり殺されるまでは無いだろうが、妨害される可能性は高いということか。


「それに組合を出し抜いて取引をしたとしても、北の関所を越えることはできない。関所を越えずに密輸しようとすれば命がいくらあっても足りやしないからな」


 どうせ扉の管理者を使って運ぶから北の関所とやらは越える必要は無い。ただどちらにせよ、目をつけられるのは避けられないか。


「それでは私は香辛料を仕入れられないのでしょうか」

「アスタで買い付けることはやめておいたほうがいいというだけだ。組合に干渉されずに商売がしたいなら、島に直接買い付けに行けばいい」

「直接、ですか。それでは貴方に儲けが出ないのでは?」

「そんなことはないさ。むしろ好都合だ」


 そういってガギルダはニカリと笑った。好都合というのはどういう意味かわからんが、直接買い付けに行くほうがいいらしい。


「島々というからには海を越えていくのですよね」

「もちろんだ」

「道中に出現する海の魔物はどうしているのでしょう。私が来た西方諸国では、海の魔物が恐ろしくて沿岸にしか船を出せないものなのですが」

「そりゃあ人魚族マーフォークの戦士を雇うんだよ。そっちにはいないのか?」


 人魚族マーフォーク……なるほど。そういう種族がいるのか。


「いえ、聞いたことがありませんね」

「そうか。それならついでに説明しておくか。この辺りには大きく分けて4つの種族がいる。人族、兎獣族ワーラビット狐獣族ワーフォックス、そして人魚族マーフォークだ。このうち西の内陸部には兎獣族が、クー国に近い北部には狐獣族が多く、沿岸部に人魚族が住み着いているといった感じだな」

「人族はどこに多いのでしょう」

「人族は何処にでもいるさ。しいて言えばアスタ周辺と、クー国に向けての街道沿いだな」

「なるほど」


 確かに最初のギーヌの街は兎獣族ワーラビットの村だった。このアスタで見かけるのは人族が多いように見えるが、沿岸都市なので人魚族マーフォークも多いのだろう。ここに来るまでの間そんな雰囲気の者はいなかったが、海中にでも住んでいるのだろう。


「まだこのアスタについてから人魚族マーフォークにお目にかかっておりません。できればどなたか紹介していただけると助かるのですが」

「がははは! 何を言ってやがる。目の前に居るじゃないか」


 そう言ってガギルダが大きく笑ってみせた。


「失礼、ガギルダさんは人魚族でしたか」

「あぁ。本当に人魚族を見たことないようだな」


 にやりとひげ面を緩めて笑うガギルダだったが、その姿は人間と区別がつかない。もっとこう、体が青かったり、ヒレがあったりはしないのだろうか。


「はい。本当に見た目は人間と変わらないのですね」

「人間とわれらを区別するには、首筋を見るがいい。エラがあれば人魚族だ」


 そういって、ガギルダがはだけた肩をぐいっと近づけて見せる。よく見るとそこには確かに、数筋の切れ目のようなものがあった。古傷かなんかかと思っていたが、どうやら人魚族はエラをもっているらしい。手足がヒレのようになっているとかではないのか。


「我々は息もできるが、このエラのおかげで水中でも行動できる。むしろ陸上の方が苦手で、長く地上にいると体調が悪くなるくらいだ」


 それでは内陸部を移動するのは難しいだろう。人魚族が沿岸部に多いというのもうなずける。


「人魚族の戦士を雇えば、レバ海の島々に行けるということですね」

「その通りだ」

「その戦士にはどこに行けば会えるのでしょう」


 西方諸国でそのような戦士を雇いたければ冒険者ギルドに行けばよかった。この辺りに冒険者ギルドがあるのかしらないが、戦士を斡旋してくれるシステムがあれば利用したい。


「アスタには旅団と呼ばれる護衛や魔物退治を請け負う集団がいる。安全に旅がしたいのであれば旅団を雇うことだな」

「なるほど」

「俺が信頼できる旅団を紹介してもいいが、条件がある」


 旅団に興味ありげな表情をしていると、ガギルダがにやりと笑みを浮かべて告げてきた。


「どのような条件でしょう」

「さっきも言ったが、この辺りは組合の連中に牛耳られている。俺みたいな地元の人魚族の商人は非常に商売がやりづらいのだ。そこでリョウ殿には、クー国とは別ルートを開拓してもらいたい」

「別ルート、ですか」


 クー国の商人による組合という組織によって、アスタの交易品は独占されている。例えば組合を通さずに商品を買ったとしても、クー国に繋がるという北の関所を抜けることができない。組合から発行される割符が手に入らないからだそうだ。無理に抜けようとすれば密輸・密入国ということになり、クー国内で犯罪者として扱われてしまう。


 こうなってしまうと現地の人々は自ら輸出することはできず、組合を経由して輸出するしかない。ガギルダはこのような現状を打開したいと考えているそうだ。その為に西の商人である俺を利用したいと。


「西の彼方から来たということは、砂漠を通って砂国とやらと交易できるということだ。さしもの組合も西の内陸部までは影響力を持っていない。これからリョウ殿のような西から訪れる商人が増えれば、組合の影響力も落ちるだろうよ」


 残念ながら、ほかの商人が大砂漠を通ってやってくることはない。俺は扉の管理者を使って独占する気満々だから。まあこっちに好都合だから、指摘する必要もないが。


「仮に香辛料は諸島に買い付けに行くとしても、結局は組合とやらに目をつけられると思いますが」

「勿論。だが安心しておけ。優秀な上に組合を敵視している旅団を紹介する、少なくともレバ海にいる限り、組合はお前に手を出せないだろうよ」

「組合を敵視、ですか」

「あぁ。組合というかクー国の商人を、だな。連中は横暴だからな。人魚族で組合を嫌っている奴は珍しくない」


 色々とガギルダの話を聞いているうちに、この地域の力関係がおおざっぱに見えてきた。


 まず南部諸島とはアスタにも面しているレバ海に浮かぶ島々のことらしい。この諸島には主に人魚族マーフォークの部族が点在しており、海産物や香辛料を産出しているとのこと。


 次にアスタよりも北部、クー国へと続く街道沿いには人族と狐獣族が多いそうだ。そして組合というクー国の商人集団によって、南部諸島の特産品が輸出されている。香辛料などの貴重品はクー国を経由してから、西方諸国へと向かうというわけだ。また人魚族マーフォークと組合は敵対気味らしい。


 最後に西の内陸部、つまり俺が通ってきた地域であるが、こちらはあまり開拓が進んでいないようである。ギーヌの村など小さい集落はあるものの、特産もなく貧しい村々が点在しているようだ。


 俺がこの南部諸島でやりたいことは、西方諸国に香辛料を輸出することである。しかもある程度まとまった量を、だ。その為に手を組む相手として、クー国の組合と人魚族の商人であるガギルダとを比べるとどうだろう。


 単純に考えてガギルダの方が良い相手だろう。話を聞く限り、ガギルダはアスタを中心に南部諸島と沿岸地域で商売をしている。海から離れられない人魚族マーフォークだからなのだろうが、はるか西方諸国へと商品を輸出しようとしている俺とは利害が一致している。


 一方でクー国の組合という組織は俺と目的がかぶってしまっている。十中八九、連中は南部諸島で取れる産物を安く輸入することが目的なので、完全に商売敵だ。メリットがあるならば取り入るのもありだろうが、行動を制限されてしまうだろう。


 ここは素直にガギルダの話を受けておこう。諸島に向かうための旅団とやらも紹介してくれるらしいし、香辛料の原産地である南部諸島に多い人魚族マーフォークを味方にしておいた方が将来的にもおいしそうだ。


「期待通りにできるかどうかはわかりませんが、香辛料を仕入れることができなければここまで来た意味がありません。できるだけ力になりたいと思います」

「そうか。よし、それじゃあ決まりだ!」


 そう言ってガギルダは嬉しそうに笑った。なかなか商人らしからぬ、まっすぐで読みやすい表情を見せる男だ。


「それじゃあ、行くか」

「どちらに?」

「さっき言っただろう。旅団のところだ。紹介してやるよ」


 ガギルダは素早く立ち上がると、客であるはずの俺を置いていく勢いで出て行ってしまった。慌ててノーラたちと共に、その大きな背中を追いかけた。


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