52. 到着
52 到着
翌日、砂漠を越えるために乗ってきたラクダと交換で得たクフィムを引き取りに行った。クフィムはダチョウのような体型で飛ぶことができない点は予想通りだったが、思ったよりもずっと巨大だった。人の背丈のゆうに3倍はある。物を背に載せるのは得意ではないが、力が強いため大型農具や荷車を引っ張ることが得意らしい。
「この辺りはまだ草原地帯ですが、もう少し川沿いに下っていくと木が高くなっていきます。その先に広がるジャングルはクフィムに荷を引かせながらゆっくりと進むしかないでしょう」
ノーラがこの先の旅路について教えてくれた。話を聞くと、何度か密林近くの街まで行ったことがあるそうだ。ノーラの言う通りクフィムには荷車を曳かせ、俺たちは手綱をもって横を歩くことにした。
「アスタの街につきましたらガギルダという商人をお訪ねください。昔から付き合いのある商人で、ギーヌの名を出せば歓迎してくれるでしょう」
見送りに来てくれた村長のギーヌは、別れ際に目的地であるアスタの商人を紹介してくれた。紹介状という文化はないようである。そのまま別れを告げて出発した。
10日ほど草原地帯を進むと、大きな川沿いにある街にたどりついた。ノーラが来たことがあるのはこの街までで、川を越えるとジャングル地帯になっているそうだ。大きいといってもほとんどギーヌの村と変わらない品物しか取引されていなかったので、一泊だけして次の日には出発した。
その街からアスタへはジャングルを通る街道を進むことになった。ジャングルに切り拓かれた鬱蒼とした道を、たまに行商人や旅人たちとすれ違いながら、ひたすらアスタを目指して進んだ。
途中は魔粉末を惜しまず使い、盗賊対策に寝ずの番を立てながら進んだ。途中で出会う人々から話を聞くにそこまで治安は悪くないそうだが、念をいれておいた方がいいだろう。
そしてギーヌの村を出て一ヶ月、ラーシャーンを出発して四ヶ月以上、ブルーレンを出発してからは実に1年近く経過して、ようやくアスタの街に辿り着いた。海沿いに広がる大きな街で、大砂漠を越えた先で立ち寄った中では最大だろう。そしておそらく、この海の先にあるのが南部諸島だ。
たしかに遠いとは聞いていたが、想像していた以上に遠かった。途中面倒の少ない大砂漠を、扉の管理者を使ってまっすぐ横断したはずなのにこれだけかかるのだ。他のルートを使えばさらに倍以上かかってもおかしくない。そりゃあ西方諸国の人間が来たことがないわけだ。
「ようやく着いたな」
「はい。ご主人様」
隣でうなずくのはノーラだ。彼女にはギーヌの村からずっと道案内に立ってもらっていたが、文句ひとつ言わずに仕事を遂行してくれた。性格は素直で従順だし狐耳も可愛い。なかなか良い買い物だった。
「ご主人様、街、ついた?」
腕にすがりついているロルは、もはや限界といった様子だ。なにしろこの辺りはとても蒸し暑い。立っているだけで汗が噴き出すほどの暑さと湿気だ。寒冷な気候の西方諸国出身であるロルには厳しかったようだ。
「つきましたか……はぁ」
エルフのアーシュも、この蒸し暑さにまいっていた。どうもエルフはほとんど汗が出ない体質らしく、暑さはかなり苦手らしい。無理に付き従わなくてもいいと言っていたのだが、どうしてもと言ってきたので仕方なく連れていた。ただ疲れてはいるものの、ここまでの旅路は随分と楽しんでいる様子だった。
アスタに辿り着いた際、お供に連れていたのはこの3人だけ。他はそれぞれ西方諸国や砂国で仕事してもらっている。とりあえず宿をとって、別れ際に紹介してもらったガギルダという商人をたずねることにした。
◆
「俺がガギルダだ。ギーヌ爺さんの紹介だって?」
ガギルダという商人は豪快な印象の男だった。見上げるほどの巨躯に、威圧的な雰囲気の大髭。この辺りの人々がよく身に着けている肩まではだけた麻の布地をまとい、ジャラジャラと彩の美しい貝殻を数珠つなぎにして身に着けていた。
「はい。私はリョウという商人でございます」
「みたところ人族だが、このあたりじゃあ見ない顔だな。クー国からきたのか?」
「いえ、わたしはラーシャーン砂国から来ました」
「砂国……だと?」
ガギルダの顔が一気に険しいものに変わる。
「まさかお前さん、西の大砂漠を越えて来たというのか?」
「その通りでございます」
そう答えると、ガギルダは目をまんまると見開き大笑いした。
「がははは! あんな不毛な地に人間が住んでいたのか。その上アスタまで来る商人がいるとは。驚いた! よく来たな、歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
とりあえず友好的な雰囲気に安心しながら、礼を述べておく。そのうち息を整えたガギルダが身を乗り出してきた。
「それではるか西から来た商人よ。貴様は何を商う?」
「その前に一つ、この辺りではこの金貨は流通しておりますか?」
そう言って取り出したのは西方諸国のユーチラス金貨だ。ガギルダはそれを手に取り、眉をひそめる。
「この辺りじゃあ見ない金貨だな……この辺りで金貨といえばツァオ金貨のことだ」
「ツァオ金貨、ですか」
「クー国で使用されている金貨だ。ほかにはグァン銀貨でも取引されている。クー国では他にツツ銅貨というものもあるらしいが、この辺りでは見かけないな」
クー国……東方国の通貨か。ここなら北に向かえば東方国に辿り着くはずだから、流通していてもおかしくはない。しかしここにくる村々では貨幣を使った取引は一度も見なかった。
「この辺りで見かけないというのは、流通していないという意味でしょうか」
「そうだな。市場や村々では使用されていないだろうよ」
「基本的には物々交換ということですね。しかし途中の村では貝のようなものを使って売買が行われていた場所もありましたが」
ここにくる村々では、たまにきらきらと光る貝殻のようなものを受け渡していたことがあった。そのことを聞いてみると、ガギルダは大きくうなずいてみせる。
「宝貝だな。この街ではよく使われているぞ。これがそうだ」
ガギルダは数珠つなぎにしていた貝殻を手に取った。それは少し青みがかった貝殻だ。どれも美しい光沢をもっていたが、色も大きさもまちまちである。
「これが貨幣の代わりになるのですか」
「この辺りではそうだ。大きさや色合いによって価値が違うから気を付けた方がいい。アスタでは大きくて青みが強いものが高価だ」
物々交換に近い原始的な貨幣なのだろう。どうやって得られるのか知らないが、ある程度持っておかないとこの街で商売するのが難しそうだ。
「なるほど。勉強になります。それで最初の、何を商うかという質問でしたが、私はこの南部諸島に香辛料を求めてやってきました」
「香辛料か。確かに北では香辛料が高く売れると聞く」
「私の出身である西方諸国では、小樽一杯が金貨10枚程度の相場です」
「金貨10枚だと? クー国の連中は、大樽でも金貨1枚出さずに買い上げていくぞ」
「西方諸国への道は遠く険しいですから。輸送の労力や危険がありますので」
「まあ……な。しかしそうか。香辛料を求めてはるばるやってきたのか」
ガギルダはそう言って、濃い顔をしかめてみせた。
「えぇ。この辺りが原産だと聞いていたのですが、違うのでしょうか」
「確かに香辛料はレバ海の島々で採れる。ただアスタで買い求めることはやめたほうがいいだろう」
「何故でしょう?」
「組合に目をつけられるからだ」
「組合……ですか」