50. 隷属
50 隷属
翌日の朝。帝都の市場で塩と農具を一通り仕入れた後、一度村の外に出てから先日要求された品をラクダにつみ、再び夕刻ごろに村へと戻ってきた。あたかもどこかで他の部隊と合流し、商品を仕入れてきたように言い訳するためである。
村に戻ると、すぐに村長であるギーヌの家を訪ねる。
「朝方に待ち合わせ場所に行ってみたら、後続がすでに到着しておりました。さっそく先日話していた商品を持ってきたのでお確かめください」
そう言ってリースたちに持たせていた木箱を差し出した。2つの木箱の中身はそれぞれ塩と農具だ。
「これは……」
「塩はここにあるだけですが、農具はここに在るものと合わせて鍬、鋤、鉈を10本ずつ用意しました」
帝都では塩は銀貨5枚、農具が金貨3枚といったところだった。農具はこの時期になにが必要なのかわからなかったので適当に用意させている。高い木はあまり見当たらないから、斧や鋸はいらないだろう。
「上質な道具を用意して頂き、ありがとうございます。助かりました」
ギーヌは商品を見て素直に喜んでいる。どうやら注文に間違いはなかったようだ。しかしまあ、さすがにタダという訳にはいかない。
「それでこれらとの交換する品なのですが」
「えぇ。何なりと申しつけください。アスタに向かうのであればブタやニワトリはいかがですか。あそこでは生鮮肉は大変喜ばれます」
肉か……かなり微妙だな。ここで買う意味がほとんど無い。
「そうですね。他には何かないでしょうか」
「コメや野菜なら備蓄が無いことは無いですが、アスタではあまり売れないでしょう」
備蓄というくらいだから、おそらく収穫から時間が経っているのだろう。それは確かに微妙そうだ。
「肉もコメもだめとなると残るのはクフィムとなります。しかしこれから田畑を耕す季節となりますので、できればご容赦いただきたいのですが……」
「クフィム……とはなんでしょうか」
「クフィムをご存じありませんか? ラクダの背丈ほどもある鳥でございます」
というと、ダチョウのようなものか。田畑を耕す季節に必要となると、農業用の労働力なのだろう。
「大砂漠はラクダに乗って進みましたので、ラクダは知っております。しかしそれに匹敵する大きさの鳥というものは、恥ずかしながら見たことがございません」
「そうですか。クフィムはジャングルに生息するオオトリの亜種です。東のジャングルに向かうなら、一羽くらい持っておいても良いかもしれません」
「それならば、そのクフィムと交換ではダメでしょうか」
「先ほど申した通り、貴重な労働力であります……どうしてもクフィムが欲しいのであれば、ラクダとの交換ではいかがでしょう」
ラクダはこの先ジャングルとやらを行くなら不要だ。ラーシャーンに持って帰るにしても、今繋いでいる最小の扉には通らないから持って帰れない。丁度いいから売っておくか。
「それでは今回の話とは別に、ラクダ3頭とクフィム2羽を交換するというのはいかがでしょう」
「申し分のない条件でございます」
「それでは、用意させておきましょう」
話が逸れた。決めなければならないことは今回の塩と農具の交換条件だ。
「しかしクフィムもラクダと交換になると、ギーヌ殿からいただける物がございません」
「うーむ。我が村の農作物でダメとなると、用意できる量は少ないですが宝貝か、あとは誰かの隷属権などでしょうか」
隷属権か。そういえば先日の少女はこのギーヌの隷属だと言っていたな。
「隷属権というと、先日見かけたノーラはそちらの隷属と聞きましたが」
「えぇ。あの娘は北に多く住む狐獣族の娘なのですが、なかなか賢く使える娘です」
「今回の商品と彼女の隷属権を交換することは可能でしょうか」
「交換すること自体は問題ありません。しかしそうですか、ノーラですか……」
「妾の娘だと聞きましたが、やはり難しいでしょうか」
そう聞くと、ギーヌは首を横に振った。
「確かに娘ではありますが所詮、狐獣族に孕ませた者。特に情など持ち合わせてはおりません。単純に人手がいなくなるのが困るのです」
労働力として必要、か。それなら交渉次第でどうにでもなりそうだな。
「それならばもしノーラを頂けるのであれば、先ほどのラクダとクフィムの交換を3対1交換にするというのはいかがでしょう」
「なんと、3対1でありますか」
まだ非力な少女とラクダ並みの大きさを持つという大鳥クフィム。この二つを比べて、どちらが労働力として貴重かといえば、おそらく後者だろう。力仕事が必要な農村では家畜の数というものは重要なはず。そう計算して提案したのだが、ギーヌは少し下卑た笑顔で答えてきた。
「リョウ殿は美しいお連れをお持ちですが、ノーラをお気にめしましたかな?」
「えぇ、まあ。あの娘は西の国では見ない雰囲気を持っていましたから」
実際は今後の旅のために現地人が一人欲しかったのだが、別にそう思われても問題ないので乗っておいた。それにノーラの器量がいいのは間違いない。まだ幼いが、磨けば光るものを持っている。
「それならばわかりました。お譲りしましょう」
「ありがとうございます」
商談がまとまった。こちらはラクダ3頭と塩1箱と農具一式。ギーヌ側はクフィム1頭とノーラの隷属権を差し出す。ラクダ3頭のせいでかなり損している気もするが、この先ラクダは不要だろう。
「ところでギーヌ殿。私は隷属権というものをあまり詳しく知らないのですが、どのような制度か教えていただけますか」
「隷属権ですか。隷属というものは、その者が隷属権を持つ主人に絶対服従を誓うしきたりです。多くは生まれた家を出て、他の家や村に奉公に行く場合に使われる制度ですが、ノーラのように妻以外に産ませた子供を隷属として抱えることもあります。隷属権を持つ者は隷属者に対して名前を与える権利を持ち、その名によって隷属権を証明します」
「名前ですか」
「えぇ。隷属権を持ったものが名前を与え、隷属者はその名前を使用しなければなりません」
西方諸国の首輪や、砂国の刺青に比べるとずいぶんとゆるい縛りに聞こえる。社会的に制約を与えるということだろうか。
「扶養の義務などは発生するのでしょうか」
「もちろんです。基本的に隷属者は主人の扶養の下で生活することになります。新しい家族と言い換えてもよいでしょう」
新しい家族……か。そのニュアンスなら、西方諸国の奴隷制度とは少し趣が違う。どちらかというと養子縁組だ。
「西の国々には奴隷制度というものがあります。人を売買する制度のことですが、後ろにいる女は私の奴隷達です。彼女らには衣服や食事を与えて、私の身の回りの世話や仕事を手伝わせておりますが、隷属者というものも彼女たちと同じように扱っても構いませんか?」
「奴隷制度というものを知らないので何とも言いかねますが、身の回りの世話や仕事の手伝いをさせるというのならば、隷属と大した違いはないように感じますな……あぁ。申し訳ありませんが、ノーラには伽の手解きは全くしておりません。さすがに実の娘に手を出すほど、私も落ちぶれていませんから」
少し苦笑しながらギーヌは付け加えた。俺の奴隷たちがみな女性なのを見て気づいたらしい。しかしわざわざ注意してくるということは、隷属者に夜の相手をさせることは構わないようだ。
「確認ですが、隷属者に伽をさせるという行為は、この辺りの風習的に問題はないと考えてよいでしょうか」
「えぇ。実際そのような目的で隷属権を売買する輩も多くおります。実際ノーラの母親も、もともとは愛玩用に北の国から売られてきた狐獣族です」
ノーラの母親は北の国、つまり東方国の出身らしい。売られてきたということは何か事情があったのだろうか。まあ、暇なときノーラに聞いてみよう。
どうやら隷属権というものは奴隷と養子縁組の中間のような制度のようだ。あいまいな部分があるのは、この辺りには西の国々のようにはっきりとした法が存在しないからだろう。とりあえず、リース達と同様に扱えば問題はなさそうだ。
「隷属についてはわかりました。それではすぐにでもノーラの隷属権を頂ければと思います」
「わかりました。ノーラを呼んできましょう。少々お待ちください」
「その間にこちらも商品を運びこませましょう。どこに置けばいいか教えていただければ、奴隷たちにやらせますので」
「では、家の隣に運んでおいてください」
「わかりました。リース」
「かしこまりました」
リースが頭を下げ、ほかの奴隷たちを連れて出ていった。妹のロルは護衛に残っており、後ろでちょこんと立ち侍っている。頑張って澄まし顔を作ってはいるが、残念ながらしっぽが落ち着きなく動いているので台無しだ。
やがて、ギーヌがノーラを連れて戻ってきた。
「ノーラ。今日からお前のご主人様はこちらの方だ」
「あっ……」
紹介された俺を見て、ノーラは小さく声を上げた。俺は立ち上がって彼女の前に立つ。
身長はロルと同じくらいに低く、小さな輪郭をした可愛らしい顔つきだ、瞳は赤色で大きく、真っ黒な髪の毛と小麦色の肌は異国情緒を感じさせる雰囲気である。狐獣族の特徴である幅の広い狐耳は灰色をしており、犬耳とも猫耳とも異なる形状だったが、いまは不安そうに小さく畳みこまれていた。
「昨日は世話になったな」
「えっと、はい」
「お前の隷属権を得たリョウだ。これからよろしくな」
「こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします」
ノーラがぺこりと礼をした。かなり不安そうな様子だが、あちらにしてみれば俺は得体のしれない異国の商人だからな。仕方ないだろう。
「それではリョウ殿、この娘に名前を与えてください」
ギーヌが促してきた。名前って……ノーラじゃだめなのか?
「えっと、名前というものは、新しく付け直さなければならないのでしょうか」
「以前の隷属権、つまり私の隷属権を消すためには、名前を付け直すか、もしくはもう一つの名を与えて、ノーラ・なにがしのように続けて呼ぶ必要があります」
それって要するに苗字をあたえればいいのか。それなら俺の苗字でいいか。
「それではノーラに加えてカガという名を与えよう。これからお前はノーラ・カガだ」
「カガ……わかりました。お名前を頂き、ありがとうございます」
ノーラが頭を下げ、こちらにやってきた。どうやら何も持たず着の身着のままで送り出されるようだ。奴隷扱いだから私物も特にないのだろう。
「それではギーヌ殿。品物の運び込みも終わったでしょうから、確認をお願いいたします」
「わかりました。参りましょう」
その後はギーヌと共に取引の品を確認し、クフィムは旅の出発前に引き渡すことを約束して、今回の商談を終えた。