5. 方針
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その日のうちにオセチアで小麦15袋を金貨1枚で買い込み、何回かに分けて宿まで運んだ。一つ30kgだとして全部で450kg。思った以上に重労働だった。
「今回は随分な量だな」
夕方ひいひい言いながらすべての麦袋を部屋に運び終え、晩飯にありつこうと食堂にやってくると、オセチアの宿の親父に声をかけられた。
「はい。さすがに15袋は買い過ぎました」
「先日からあわせると、かなりの量が部屋に保管されているんじゃないのか?」
「えぇ、まあ、そうですね」
そうか。この宿の親父から見ると、俺は毎日小麦の袋を部屋に溜め込んでいるように見えるのか。客観的に見れば結構な不審者な気がする。
「言ってくれれば、運び出すときに手伝ってやるよ」
「それは……ありがとうございます」
こうなると、宿を出る際に手ぶらで出るのはかなり不自然だな。というか、よく考えるとミクリアの宿ではもっと不自然だ。むこうの宿の人は、毎日部屋から小麦袋を担いで出て行く俺のことをどう思っているんだろう。
扉を使っているところさえ見られなければ大丈夫だろうと思っていたが、このまま宿を拠点にし続けるのは危険かもしれないな。
◆
次の日。夜の間にミクリアの宿屋へ小麦袋を移動させておいたので、朝起きたらそれを宿のロビーに運び出した。
「おやおや、またこんなに。いつの間に買い込んでいたのかい?」
ミクリアの宿の女主人が、呆れ顔で聞いてくる。
「こちらに居る間少しずつですね。奥さんもご存知かもしれませんが、いま小麦が値上がりしていますから」
「あー。そうだねぇ。パンの値段が上がってて、まいっちゃうよ」
「お察しします。そうだ。私、今日の取引を最後に町を出ようと思っているのですが、よろしければ小麦を少し置いていきましょう」
「本当かい? それは助かるねぇ。なかなか太っ腹な商人様だよ」
女主人は気を良くしたようで、嬉しそうに背中をたたきながらそう言ってきた。明日、小麦の小袋くらいプレゼントしておこう。なんとかごまかされてくれればいいが、どうだろう。
しばらくすると宿の前に荷馬車がやってきた。イメージよりずっと大きく、普通に車くらいはある。
「おはようございます」
「リョウ殿。おはようございます。こちらはすぐに荷馬車に乗せてもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
ライスは手早く、麦袋を荷馬車に乗せるように指示を出す。一緒に来ていた少年がせっせと麦袋を運び始めた。
「本当に用意されるとは驚きました。よろしければどちらで仕入れたものかお聞きしたいのですが」
「産地はオセチアですよ。どこに保管していたかは、勘弁してください」
「まあ、深くはお聞きしません。リョウ殿はこの後すぐに街を出られるのですか?」
「えぇ。例の話もありますからね」
これから戦場になるという街に長居なんかしたくないからな。
「そうですか。またミクリアに寄られた際には、ぜひ我々をごひいきに」
「もちろんです。商売がうまくいくように願っていますよ」
「それでは、こちらが代金になります」
ちゃりんと音のする小袋を渡される。中を確かめると、ちゃんと金貨8枚が入っていた。これで差し引き金貨7枚の儲けだ。うまうまだな。
「たしかに……それでは積荷も終わりましたかな」
「はい。それでは失礼します」
ライスは荷馬車に乗り込み去っていった。それを見送った後、とりあえず部屋に戻り一休みする。さすがに小麦15袋を輸送するのは無茶だったのか、さっきから全身が筋肉痛だ。
今回の取引によって現在の所持金は金貨8枚と銀貨50枚ほどになった。とりあえず当座の金は工面できたのではないかと思う。今後の方針はこれまでも考えていたのだが、当面は次の二つを手に入れることを目標にすることにした。
一つ目は交易の拠点だ。直接『扉』を使用している場面を見られなくても、今回のように毎日荷物を担いで部屋を出入りしていては、宿の人に不審に思われても仕方が無い。できれば早急に拠点を確保して、在庫管理とかを秘密裏に行えるようにしたほうがいいだろう。
もう一つは奴隷である。この世界では奴隷売買は普通に行われている。先ほど荷物を運んでくれた少年も奴隷らしい。奴隷を使えば、今回のように荷物を自分で運ぶ必要もなくなるはずだ。
まあ、というのは建前で、実際は性奴隷を手に入れてみたいというのが本音だ。せっかく奴隷がいる異世界にやってきたんだし、奴隷ハーレムを目標にしてもいいだろう。
この二つに加えて、次は人が多い街に向かおうと考えている。というのもこの『扉の管理者』は扉の使用人数によってもポイントが集まるからだ。
今は短い距離に小さな扉しか設置していないから時間回復だけで何とかなるが、もっと距離を伸ばそうとすれば大量のポイントが必要となる。そうなると時間回復だけでなく、使用人数によってポイントを稼ぐ必要がある。
しかし闇雲に設置しても、利用する人間が少なければ効果は薄い。また今回のように街同士を繋いでおいて、それを他人に利用してもらうのも時期尚早だろう。遠距離移動での行商は独占していないと利益が薄れるからな。
そうなると利用人数を稼ぐには、人口の多い街に扉を設置して、日常的に利用してもらうのが効率的だ。イメージ的には現実世界の通勤電車だな。
すなわち目指すべき街は、人口が多くて、交易が盛んで、奴隷も売っていそうな場所である。これらの条件を満たす街として、次は自由都市ブルーレンを目指すことにした。