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49. 村

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 ラーシャーン砂国を出発して二ヶ月ほどの間は、目的地である香辛料の産地、南部諸島を目指して大砂漠を東に進み続けた。


 砂国で仕入れた奴隷である猫獣族ワーキャットのナスタ、ドワーフのアン、そしてダークエルフのラピスの三人は暑さに慣れている様子だったが、西方諸国出身であるリースとロルの犬獣族ワードッグ姉妹、エルフのアーシュ、そして牛獣族ワーカウのサラは苦しそうだった。実際、日中の移動は避けるなどの暑さ対策をしているのにもかかわらず、皆一回は体調を崩してしまっていた。


 それでも能力『扉の管理者』を使っていつでも拠点に戻れるので、特に大きな問題もなく、大砂漠を進み続けた。


 砂漠の暑さにもうんざりとしてきたころ、砂しか見えない砂漠地帯から、徐々に草原地帯へと景色が変わった。ここからは魔物も出現し始めたが、幸いにもゲルルグ原野の魔粉末が効いてくれたようで、金さえ惜しまなければ襲撃自体は回避できた。


 しかし今度は別の問題が起きた。砂漠を越えればみつかるだろうと考えていた人里が、さっぱり見当たらなかったのだ。


 情報がないため、仕方なく草原地帯をさらに一ヶ月ほど東に直進し続けると、ようやく大きめの川を発見した。幅数十メートルはある川だ。これだけの水量があれば、川沿いに集落が形成されているかもしれない。そう考えて川に沿い10日ほど進むと、ようやく集落を見つけた。砂国を出発して四か月近くが経過していた。



 テントのような布張りの家が並んだだけの簡単な集落だった。村と呼んでもいい大きさだが、人口は100人もいないだろう。


「こんにちは」


 村の周辺にいた人に声を掛ける。


「あぁ……人間か?」

「はい。草原の西にある砂漠を越えてきました」


 男は奇妙な耳を持っていた。顔と同じくらいに長く垂れ下がった獣耳だ。低い背丈も手伝って、かなり見た目に違和感があった。


「西の砂漠を越えてきただと? 本当か」

「えぇ」

「あの先に人が住んでいるなんて知らなかったな。遠くからよく来た、歓迎するぞ。ここは兎獣族ワーラビットの村ギーヌだ」


 そう言うと男は笑顔を見せた。人の良さそうな雰囲気のおっさんだ。しかし兎獣族ワーラビットとは聞いたことのない種族だ。確かに言われてみると、この耳は兎だが。


「できれば村長にお会いして挨拶をしたいのですが」

「おう。それならこの道を行った先の、一番大きな家に行け」

「ありがとうございます」


 すんなりと村に入れた。なんだろう、もう少し警戒されると思ったが、意外とフレンドリーだった。言葉も問題なく通じるし、肩透かしを食らった気分だ。


 まあ言葉については砂国でも通じていたのであまり心配していなかった。どうやらこの世界、交流が無い場所も同じ文字と言葉――少なくとも俺にとっては日本語――が使用されているようである。ここにたどり着くまでに色々巡ってきたが、ほかの言語は見たことが無い。


「ご主人様?」

「あぁ、行こう」


 考え事をしていたら出遅れてしまっていた。とりあえず、村長のテントを訪ねよう。



「ようこそ。私が村長のギーヌと申します」

「リョウと申します」

「リョウ殿。よくお越しくださいました。歓迎いたしますぞ」


 村長は嬉しそうに歓迎してくれたあと、すぐに料理の準備をするようにと指示を出していた。一応遠慮しておいたのだが、きょとんとした顔をされてしまった。後から聞いたところによると、彼ら兎獣族ワーラビットにとっては訪問者をもてなすことは喜ばしいことらしい。


「西の砂漠を越えて来たと聞きました。遠くからよくお越しになられたものです」

「道中はどうなるかと不安でしたが、なんとか人里までたどり着けました。しかもこのように歓迎して頂き、ありがとうございます」

「お気になさらず。旅人はわれらに幸運を運ぶものです」

「それでは少しご期待に添えないかもしれません。私は旅人というよりは、南部諸島を目指す商人なので」

「商人でありましたか。たしかに見たところラクダに荷が載せられておりましたが、何を扱っておいでなのでしょう」


 実際には商品は持ち歩いてはいない。ラクダに乗せている荷物のほとんどが水と食料である。後は扉をつなぐための板くらいだ。適当に言っておこう。


「今回は初めてこの辺りにきたので、西の国の特産である綿織物や宝石類などを運んでおります」

「織物と宝石類ですか。それならリョウ殿はアスタまでいかれるのですね」

「アスタ、ですか」

「えぇ。海沿いにある、この辺りでは最も栄えている街です」


 海沿い……か。香辛料の産地だという南部諸島は、諸島というくらいだから海にあるのだろう。その街なら香辛料も集まっていそうだ。


「海沿いの街というと、そこでは香辛料も取引されているのでしょうか」

「勿論。レバ海に浮かぶ島々から多くの香辛料が集められております。それら目当てに北の商人が訪れるため、アスタは大変栄えておるのです」


 間違いない。その島々というのが南部諸島だ。北の商人というのは、おそらく東方国の商人だろう。ようやく旅の終わりが見えてきた。


「我々は香辛料を求めて砂漠を越えてきたのですが、そのアスタとやらに行けばよさそうですね」

「そうなりますな。織物や宝石類はアスタでも人気があります。交渉すれば香辛料と交換できるでしょう」


 交換? 物々交換という意味か?


「この辺りの売買には、貨幣は使われていないのでしょうか?」

「貨幣……ですか。この辺りでは使用されていませんな。海沿いや北の方に行けば別ですが」

「別というと?」

「海沿いの街では宝貝と呼ばれる貝を用いて取引を行うことがあります。また北の商人たちは、金や銀でできた貨幣を用いて取引をするという話を聞いたことがあります」


 一応貨幣のようなものはあるが、ほとんど流通していないということか。まあこの村も明らかに開拓中といった感じだし、この辺りは南部諸島の一帯でもさらに辺境のようだ。


「この村にはめったに商人が来ません。街まで買いに出ればよいのですが、今の時期は男手を出せないので困っていたのです。できればリョウ殿に必要なものを商っていただければと考えておりました」

「必要なものとは何になるのでしょう」

「塩と農具一式になります。ほかにもありますが、これらは早急に用意する必要がありまして」


 どちらも西方諸国だと普通にあるものだ。


「農具は鉄製ですか?」

「鉄製は貴重でしょう。青銅製で構いません」


 鉄製は貴重、か。まあ流通しているなら、西方諸国で仕入れてきて問題はあるまい。


「この後に合流予定の仲間がそれらのものを持っていたはずです。2、3日のうちに落ち合うので、その後こちらに立ち寄りましょう」

「本当ですか? ぜひ、お願いいたします」


 ギーヌが嬉しそうに頭を下げてきた。歓迎してくれた礼だ。これくらい融通しておこう。このあと帝都ででも買い付ければ簡単に用意できるだろう。


「では少しの間滞在したいと思うので、村の隅で野営させてもらっても構いませんか?」

「それならば、村の中に客人用の家がございますのでお使いください」

「それは、ありがとうございます」

「早速案内させましょう、ノーラ!」


 呼ばれて出てきたのは、小麦色の肌と灰色の耳を持った少女だった。年はかなり若いようで、背も俺の胸のあたりまでしかない。釣り目からのぞく茶色の瞳で、少し緊張しながらこちらを見上げていた。


 最初は兎獣族ワーラビットだと思ったが、よくみると耳の形がほかの村人とずいぶんと異なっている。なんというか、兎獣族ワーラビットの耳は垂れ下がっているものが多いのだが、彼女の灰色の耳は幅が広く、ぴんと立っていた。違う種族なのだろうか。


「話は聞いていたな。こちらの御仁を案内しなさい」

「かしこまりました」


 ギーヌがその少女に命令を出すと、その少女がこちらを向き頭を下げる。


「どうぞこちらへ」

「それではギーヌ殿、一度失礼いたします」

「日が暮れ始めたころにお訪ねください。そのころには食事の準備が整っておりますので」

「わかりました」



 村長に挨拶をした後、外に出る。そのまま先導するノーラの後をついていくと、テントの一つに案内された。ほかのと比べると少しぼろいが、数人が寝泊まりするには十分な大きさだろう。


「こちらにお泊りください。中の家具は自由に使っていただいてかまいません」

「はい。ありがとうございます、ノーラさん」

「あの、よしてください。私などに頭を下げているところを他人に見られると侮られてしまいます」

「なぜ侮られることになるのでしょう?」

「……えっと。私はギーヌ様に隷属しておりますから……」

「隷属、というのは、どういう意味なのでしょう」


 続けて質問すると、ノーラは困ったように眉をひそめながらも答えてくれた。


「隷属人とは、主人に絶対服従する者のことです。わたしは……ギーヌ様の妾の娘で、生まれた時から隷属人として仕えておるのです」


 要するに奴隷か。奴隷相手に丁寧な態度をとる必要はないということらしい。


「なるほど、わかった。それでは下がっていいぞ」

「はい。お寛ぎくださいませ」


 灰色の耳を揺らしながらペコリと頭を下げて、ノーラは出ていった。それを見送り、付き添っていたリースとアーシュに聞いてみる。


「さっきの村長の話、どう思う?」

「素晴らしい交渉だったかと」


 尻尾を嬉しそうに振りながら、リースが誇らしげに答えてきた。こいつは当てにならん。


「アーシュは?」

「私にも特になにか企んでいるようには見えませんでした。塩が必要というのはこのような農村では当たり前でしょう。私の故郷でも塩不足には常に悩まされていました。農具についても見たところ周囲の畑に作物がなっていませんでしたし、これから耕し始める時期なのでしょう」


 たしかに畑らしきものはあったが、作物が無かった。この辺りで何を育てているのかは知らないが、これから種まきの季節なのだとすると、村長が言っていた街に送る人手が無いという言葉もうなずけるか。


 アーシュの発言を受けて、リースが思い出したように言ってきた。


「そういえば一つだけ、今回の取引であちらは何を用意する気なのかは疑問に思いました」

「俺も聞こうかと思ったが……まあ所詮、塩と農具だろ。まとまった量を買ったとしても西方諸国でなら金貨数枚で事足りる。二束三文で売れようが大した損じゃない」

「ご主人様がそのようにお考えならば、なにも問題はありません」


 有益な情報も手に入ったし、魔物に襲われない寝床も手に入った。とりあえずそれだけでも村長の依頼を受ける価値はある。見るからに貧乏そうなこの村で、わざわざ儲けを出す取引をする必要もないだろう。

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