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48. 発明

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 アンを連れて帝都の拠点に移動すると、先に来ていたサラが困った顔で迎えてくれた。


「どうした? サラ」

「ご主人様。それがヴィエタ様なのですが、先ほどから家の前でご主人様の帰りを待っているようなのです」


 帰らなかったのか。それは、何か切羽詰ったことでもおきたか?


「さっきはなんと言って引き取ってもらったんだ?」

「ご主人様は御用事でお出かけになっているから、いつお戻りになるかわからないと」

「そうか。それじゃあさっき裏口から戻ったことにするから、呼んできてくれ。挨拶が済んだら二人はお茶とお茶請けの用意を」

「わかりましたぁ」

「はい」


 原野キャラバンでヴィエタと一緒になったのは確か三ヶ月前か。ゲルルグ原野はまだ雨季のはずだから、帝都に戻ったのは雨季が始まる前だということにしておこう。


 ボロが出ないように色々と確認をしながら応接間で待っていると、サラがヴィエタを案内してきたので、立ち上がって迎えた。


「こんにちは。ヴィエタさん」

「リョウ殿。お久しぶりです。本日は急な訪問をお許しください」

「いえいえ、お気になさらずに。座ってください。すぐにお茶を用意しますので」

「ありがとうございます」


 ヴィエタは帝都でよく見られる毛織物のチュニックを着ていた。前は旅装のローブだったので何の種族かわかりづらかったが、普通に人族のようだ。彫りの深い顔に白髪混じりの金髪だが、年寄りというほど老けてもいなかった。


「それで、どうされました? なにやらお急ぎのようですが」

「はい。以前話していた研究についてです。頂いたお金でタタールから大量の魔核を買って帰ったのですが……あ、あの時は本当にお世話になりました」

「いえ、おきになさらず。それで何か進展があったのですか?」

「はい。今回はこれをお見せしたくて」


 そう言ってヴィエタが取り出したのは10センチ四方程度のサイコロだった。六面とも茶色だが、それぞれ一面ずつ金と銀の色をした箇所があるという、奇妙なデザインだ。


「これは?」

「前にみせた衝撃を打ち出す試作品、おぼえていらっしゃいますか?」

「えぇ。勿論です」


 溜め込んだ振動を衝撃に変えて打ち出す不思議な装置。前に見たときも同じサイコロみたいな形だったが、これはあれの改良品か。


「前の物は溜め込んだ振動を打ち出すとき『刺激を与えた面の反対側から、溜め込んだ衝撃を打ち出す』ことしかできませんでした。しかし今回のものはこちらの金色の場所を押せば、溜め込んだ衝撃を銀の箇所からのみ打ち出すことができるのです。しかも……いや、お見せしたほうが早いでしょう」


 そう言って、ヴィエタは懐から焼きレンガを取り出してきた。わざわざ持ってきたらしい。そしてサイコロを数回ぶんぶんと振り回した後、銀色の箇所を下にしてレンガに押し付け、上面にある金の箇所を手で押さえつけた。


 すると、ガン――という破壊音と共に、レンガにひびが入った。手に取って確認してみると、焼きレンガはきれいに真っ二つになっていた。


「このように銀の箇所からのみに衝撃を集中させることに成功しました。しかも金の箇所を押す以外ではまず起動しないという安定性も確保し、加えて前回よりも溜め込める振動の量を増加させました。どうでしょう、なかなか面白いものになったと思いませんか?」


 嬉しそうに言ってくるヴィエタの顔を、呆然と見つめ返すことしかできなかった。


 いや、どうでしょうもくそもない。これ、大発明だろ。


「ヴィエタさん。このような装置はこれまで発明されていなかったのでしょうか?」

「これまでにですか。前にも言った通り、魔核は一部の神獣核以外は魔粉末にされるしか利用法がありません。おそらく知られていないと思いますよ」


 爆発的な衝撃を溜め込み、それを自在にコントロールして打ち出すとか、あきらかにオーバーテクノロジーだ。少し考えただけでマスケット銃や大砲のような簡単な砲や、ハンマーなどの工具に利用できそうだ。そんな現象がいままで見つかっていなかっただと?


 いや、もしかしたら知っている奴は知っているのではないか。例えば魔法使いと呼ばれる連中。この世界の魔法使いとは、このような現象を秘儀として利用しているやつらの総称なのではないか。一度もお目にかかったことが無いからわからないが。


 それはともかくとしても、このヴィエタの発明は重要な発見であり、同時にとんでもなく儲かる可能性のある金の卵であることは間違いない。


「これは大変面白い発明だと思います」

「そうでしょう? まさかラージアントの魔核からこのようなものが作れてしまうとは、私も思っていませんでした」

「今回はこの装置を見せに来てくださったのですか?」

「えぇ、そうです。誰かに自慢したく、いてもたってもいられなくなりまして。リョウ殿には支援のお礼をしたかったですし、前のお話ししたときも面白がってくれましたので、今回やってきた次第です」


 なかなか律儀な男だが、おそらくそれだけじゃあないだろう。


「ヴィエタさん。今回の発明も楽しませていただきました。しかし察するに今回慌ててやってこられたのは、資金が尽きたからではないでしょうか」

「えっと……それはですね……」


 ヴィエタは少し動揺していたが、すぐに諦め苦笑した。


「お恥ずかしながら、そうなのです。この装置にはラージアントの魔核のほか、金、銀、銅などの貴金属を大量に使っています。これ一つ作るために前回頂いた資金がすべて吹っ飛んでしまいまして……」

「やはりそうですか。少々お待ちください、サラ」


 サラに耳元で指示を伝えると、あわてた様子で部屋を出て行った。それを見送り、ヴィエタに向き直る。


「ヴィエタさん。今回はこの装置を買い取るという形で再び資金を提供したいと考えているのですが、いかがでしょうか」

「いえ。この装置はもともとリョウ殿から頂いた金貨で作ったもの。少なくとも今回の試作品はあなたに受け取る権利がありますよ」

「いけません、ヴィエタさん。お金を出したのは私ですが、これを作り出したのはあなたです。対価は受け取ってください。この先の研究を続けるためにもお金は必要でしょう」

「それはそうなのですが、これ以上このようなくだらない研究のためにリョウ殿から情けを受けるわけには」

「くだらなくなどありません!」


 語気を強めて言うと、ヴィエタはキョトンとした目をして口を開いていた。


「先ほどの現象を見て、レンガが割れたからどうしたんだとか、ハンマーで殴ればいいじゃないかとかいう輩がいるかも知れません。しかしそれはまったくの的はずれです。私は今回のヴィエタさんの仕事は、歴史に残る偉業だと思っています。いいですか、ヴィエタさん。私はこの素晴らしい装置を作り出したあなたを尊敬しています。そのように卑下しないでください」

「リョウ殿……」


 会話を続けていると、サラがリースを連れて部屋に戻ってきた。リースの手には重そうな金貨袋が下げられている。それを受け取り、ヴィエタの目の前に差し出した。


「金貨200枚が入っております。これでこの装置を買い取らせていただきたい」

「200枚……」

「ただし今回は商談という形をとらせてもらいたいので、契約書を作成したいと思います。内容としては大きく分けて三つのことを契約したい」

「契約、ですか」


 契約と聞いて、ヴィエタの表情に警戒の色が浮かんだ。あまり商談は得意ではないのだろう。


「一つは半年に一度程度、研究の進み具合を報告しに来てください。これは今回のように、なにか出来上がったらお話にきていただいても結構です。二つ目に出来上がった試作品を、私の許可無く他人に販売しないでください。最後に助手や召使がおりましたら、この研究について他言しないように命令してください」

「そのようなことで援助していただけるなら、何も問題はありません。よろしくお願いします」

「それでは契約書を作成するので、暫くお待ちください。リース」

「かしこまりました」


 リースが俺の言葉を羊皮紙に刻んでいく。出来上がった契約書に先ほどの内容を記してあることをヴィエタに確認してもらった。


「大丈夫です」

「それではここにサインを……結構です。では、お受け取りください」


 金貨200枚の入った大袋を手渡す。200枚となるとかなりの重量である。想像した以上に重たかったのか、ヴィエタが受け取った瞬間バランスを崩していた。


「研究の進展、心から祈っております」

「はい。ありがとうございます」



 そうしてヴィエタは去っていった。テーブルの上に残されたヴィエタの装置を手に取ってみる。ぶんぶんと振りまわし、先ほど真っ二つにされたレンガの片割れに銀の箇所を下にして置き、金色の面に軽く触れた。すると小さな破裂音と共に、レンガがさらに小さく分割された。


「お前たちはどう思う?」


 後ろに控えていたリース達に聞いてみる。


「とても不思議な装置だと思います。魔核でそのような物が作れてしまうとは驚きました」

「不思議です。どうしてレンガが割れるんですかぁ?」


 リースとサラは口をそろえて不思議だと言っていた。しかしアンだけは、真剣な表情で答える。


「……それがあれば、色々なものが作れそうです」

「どんなものが作れそうだ?」

「えっと……例えば、武器とか」


 道具ではなくて、武器か。


「それは人を殺す武器か? アン」

「いえ……滅相もございません。魔物に対抗するための……」


 人間に対してではなく魔物に対抗するための武器か。なるほど。


「……アン、こっちにこい」

「えっと……はい」


 近づいてきたアンにヴィエタの装置を差し出した。


「これはお前に預ける」

「……え?」

「今、これを見て対魔物用の武器になりそうだといったな。面白そうだからその考えを形にしてみろ。材料は用意してやる」

「えっと……」


 アンが明らかに戸惑った様子を見せる。助けを求めてリースとサラの方を振り返るが、二人とも頷いているだけだった。


「ただ扱いには気をつけろよ。とりあえずいまのところ、衝撃は銀の箇所からしか出ないようだが、暴発する可能性もある。後で保管用の箱とか丈夫な手袋やらを用意してやるから、それまでは慎重に扱うように。何か出来あがったら俺に見せてくれ」

「……わかりました」


 さて、アンがどんなものを作ってくるか。楽しみにしておこう。


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