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46. 砂国商人

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 次の日はリースを連れてヒエル商会のネフェルのもとを訪れた。ネフェルは開口一番、綿織物の取引について報告してきた


「先日の襲撃の混乱がまだ続いておりますが、綿織物の納入は問題なく行えます」

「よろしくお願いします。確実に必要な商品ですから」

「もちろんでございます。それでリョウ殿。今日はなにやら重要な商談があるそうですが……」


 ネフェルの表情が少しだけ険しいものに変化する。新しい話に警戒してくる表情は、どこの国の商人も似たようなものだな。


「話は二つあります。一つ目はネフェル殿にこれを卸したいというものです」


 右手を上げると、リースが床に置いていた木箱をネフェルの目の前まで運んだ。いぶかしむネフェルだったが、木箱の中を確認するなり大きく息をのんだ。


「これは……まさかシクルですか?」

「その通りです。先日シクル島へ渡って仕入れてきました」

「それは無茶なことをしましたね。あの島から生きて帰ってくるのは大変難しいですが」

「いえ。私は先日、安全にシクル島へ渡れるルートを確保しました」


 ネフェルの猫耳が、動揺したのかピクリと揺れた。


「何を……言っておられるのですか?」

「言葉どおりの意味です。もしある条件さえ飲んでいただければ、これからネフェル殿にはシクルを定期的に卸そうと考えております」

「……ある条件とは何でしょう」


 真剣な目つきで聞き返される。まあそりゃそうだ。この木箱をひとつでも仕入れることができれば、単に大金になるというだけでなく、駆け引きにも使える代物だろうからな。


「まずシクルの出所が私であることは絶対に他言しないこと。そしてもう一つは、このシクルを王侯貴族に売りさばいていただくということです」

「……前者はまだわかりますが、後者はどういう意味でしょう。王侯貴族に売るというのは当たり前な気もしますが」

「正確にいえば王侯貴族に売りつけることで、ネフェル殿にはできるだけ多くのコネを作って貰いたいのです」


 今後、西方諸国などの砂国以外の製品をラーシャーンで売りさばくために、王侯貴族へのチャンネルは作っておきたい。しかし自分で動くのは危険もつきまとうし、俺が砂国外から来た人であることも考えると難しい。そもそもドロドロとした上流階級との駆け引きなんか面倒すぎてやりたくない。


 そこでネフェルに王侯貴族との関係を構築してもらい、間接的に取引できる体制を整えようという算段だ。俺の思惑をすぐに読み取ったようで、ネフェルはこくりとうなずいてみせた。


「懇意にしていただいている貴族は何人かおります。もしもシクルを仕入れることができるならば、その辺りから攻めればすぐに王族まで売りつけることも可能でしょう。もちろんシクルの売買となると、メフェト商会辺りの邪魔が予想されますが」


 メフェト商会は王家御用達であり、奴隷を使って定期的にシクル島から砂糖を仕入れている連中だ。おそらくこれまでは砂糖をほぼ独占していたはずだから、俺たちが参入するのは面白くないだろう。


「邪魔といっても、私がシクルを仕入れるルートは邪魔しようがありませんのでご安心ください。むしろネフェル殿のほうが危険でしょう」

「それは無用な心配でございます。我々は傭兵ギルド・砂の狐団と契約しておりますので」

「傭兵ギルドですか」

「契約によって護衛や魔物討伐などを行う集団です。興味がおありでしたら紹介状を書きましょうか?」

「えぇ。ぜひ」


 今回の話では実際に砂糖を売りさばく役目はネフェルだから、もし狙われるとすればネフェルからだ。しかし砂糖を卸していることはばれなくても、最近ネフェルとの取引を増やしている俺が疑われないとは言いきれない。


 これからは屋敷の周囲を守る程度の護衛は雇っておこう。少し目立つだろうが、もう何もしていないでは済まされないほどに取引が多くなってきたしな。


「シクルはどれくらいの値段で卸していただけるのでしょう」

「そうですね。この木箱2箱でホル・アハ宝貨100枚と交換ではいかがでしょうか」

「冗談でございましょう? その量ならば500枚はくだらない品物ですよ」


 ネフェルの示した相場は妥当なところだろう。実際シクルは貴重品すぎて時価なのだろうが、最低でもそのくらいはするはずだ。


「いえ、この話はネフェルさん。貴方のツテが無ければできない商売です。私がのこのこ王宮に売りにいったとしても、あっさり潰されるでしょうからね」

「……私を隠れ蓑にするというわけですか」

「その通りです。しかしその代わりに莫大な利益を保証します。具体的にはまずシクルをこの木箱で10個ほど、一ヶ月以内に卸してみせましょう」


 シクル島のカルの話によれば、次の収穫までは少し時間がかかるとのことだが、10箱程度なら在庫があるらしい。また次のサトウキビの収穫さえ終えれば、木箱でいうと100箱近くの砂糖が得られるそうだ。


 そして今後、シクル島で得られる砂糖は俺がすべて買い付ける。ラキリス商会とやらも奴隷を送り込んでくるだろうが、そいつらよりも良い条件で買い付ければいいだけだ。連中は使い捨ての奴隷や罪人を送り込んでくるが、そんな奴らに交渉事など無理だろう。


 ネフェルはしばらく考えたのち、返答してきた。


「いいでしょう。条件を飲みます。シクルを売っていただきたい」

「ありがとうございます」


 商品の受け渡しについては、今回こそ直接やり取りするが、今後はリースが綿織物を売り買いする際に合わせて行うことになった。


「それでは二つ目の話です。こちらは商談というより相談ですが、ミラージュ商会をご存知ですか?」

「もちろんでございます。あまり良い噂は聞きませんが、北西部一帯を縄張りとしており、宝石類の取り扱いにかけて砂国随一と言ってよいでしょう」

「そのミラージュ商会の持つ宝石産業関連の鉱山、施設、利権などを乗っ取っていただきたい」

「乗っ取る……ですか。それはこのシクルを使って、という意味ですかな」


 ネフェルはそれほど驚くことなく聞き返してきた。どうやら話の筋が見えているようだ。


「はい。先ほど言った王侯貴族とコネを作ってほしいというのはこちらに関連した話なのです。私はネフェル殿、あなたに砂国の宝石産業を掌握して頂きたい」


 この砂国からは当面、綿織物と砂糖を輸出するつもりである。しかし今後の為にも宝石類を買い付けるルートを構築しておきたい。最初はニクスを使おうとしていたのだが、信用できそうになかったからな。


 そうなると砂国で関わりのある人を最小限にするという意味でも、すでに関係のあるネフェルに宝石産業も牛耳ってもらった方が都合がいい。


「これから先、綿織物を北の国々に輸出することで大量の金貨が得られるでしょう。これを砂国ではホル・アハ宝貨に両替して商品を買い付けるわけですが、砂国では金貨は金資源として利用した方がいいと聞きました。私が綿織物を買い付ける際に払う金貨を利用することで、大量の金が得られることになる。ネフェルさんが宝石産業を掌握していれば、儲けは莫大なものになるでしょう」


 以前ニクスが言っていた商売をネフェルにやらせようという話だ。その提案にネフェルはしばらく考えたのち、真剣な表情で答えてくる。


「なるほど。魅力的な話ではあります。大変な交渉になるとは思いますが、シクルを融通して貴族を味方につければできなくはないでしょう。しかしミラージュ商会のニクスという男も王侯貴族と関係が深いことで有名です。買収行為などを仕掛ければ、あの男が確実に邪魔を――」

「そのニクスですが、先日死にました」

「……いま、なんと?」


 瞳が大きめの猫目を、ネフェルはこれでもかというほどに丸くした。


「ミラージュ商会のニクスは先日、邸宅内に居たところをサンドアントに襲撃されて死亡しました」

「確かにラーシャーンにある彼の屋敷が襲撃されたことは聞いておりますが、死んだという話までは聞いておりませんが……?」


 その質問には答えず、じっとネフェルの瞳を見つめる。するとやがてネフェルが勝手に察してくれた。


「まさか……」

「……まあ、ご想像の通りかと」


 俺がニクスを殺した。そのことを知ったネフェルが危険だと判断して話を断るか、それでも利益を追求して手を組むのか。


「ひとつだけ、ネフェル殿。私はあなたと敵対する気は全くありません。私はこの金貨取引はニクスと行う予定でした。しかしあの男は信用できないことがわかり、さらに私の奴隷に手を出そうとしたためにご破算となったのです。しかし貴方はこれまでお付き合いさせていただく中で、信用に値する商人だと確信しております」


 怪しさ満点である。少し裏を読めば、裏切ればニクスと同じように殺すと言っているようなものだ。しかしネフェルは驚きから立ち直ると、すぐさま頷き答えてきた。


「わかりました」

「それでは――」

「しかし、一つだけ条件がございます。先ほどからリョウ殿、あなたの話す内容は不可解なことが多すぎる。シクル島にシクルを安全に買い付けに行くという話にしても、綿織物を北の国に輸出するという話にしても、そこまで簡単にできるとは思えません。どのようにしてそれらを行うつもりなのか、お聞かせ願いたい」

「それをお話しすると、後戻りできなくなりますが、よろしいですか?」

「もちろんでございます」


 即答だった。どうやら腹はくくったようで、随分と力強い表情である。それならこっちも秘密を晒す覚悟を決めないとなるまい。


 立ち上がり、応接間の壁に印を設置していく。その後扉の管理者を起動し、部屋の壁にドア程度の大きさの穴をあけて見せた。奇妙な光景にネフェルは驚いていたが、リースを使ってその穴同士が繋がっていることを見せると、さらに息が止まりそうなほどに驚いていた。


「こ、これは……」

「このように、私は離れた地点をつなげることができます。これを用いれば、先ほどネフェル殿が指摘されたことも可能なのはおわかりでしょう?」

「なるほど……しかしこの穴は……もしや、先日のサンドアントの巣穴にあいた水穴も……」

「えぇ。私がやりました。湖と巣穴をこの魔法でつなげて、一日中水を流し込んだのです」


 そう言うと、ネフェルは口をパクパクとさせていた。しばらく唇以外は凍りついたように固まったネフェルだったが、ようやく事実を飲み込んだのか、こくりと頷いた。


「……わかりました。今回の件、お受けいたしましょう」

「ありがとうございます。それでは、細かいところを決めていきましょう」


 その後はニクスのいたミラージュ商会に関連する鉱山や施設を持つ貴族や地主を中心にシクルを販売していくことや、宝石産業の買収に関係して資金が必要になれば、こちらからも出資することなどを決めていった。


 そうしてネフェルとの商談は終えた。もう少し難航するかと思ったが、ネフェルは扉のことで驚いた後は、思った以上に落ち着いた対応をしてきた。


 少し聞いてみたのだが、前から奇妙だと思っていた事柄が、今回の話を聞いてすべて腑に落ちたそうだ。そして俺の能力の有用性についても一瞬で理解したようで、これからの展望について熱い調子で語ってくれた。


 ネフェル率いるヒエル商会にはこれから砂国を牛耳れるくらいデカくなってくれるよう、手伝っていくことにしよう。

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