45. 道のり
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先日、沈んだ船の甲板と壁を扉でつなげたところ、大量の海水が流れ出てくるという事件があった。その時は失敗したと思ったが、後から考えてみるとあの現象は結構使えるのではないかと思い直した。
そのあともう一度水中と壁を繋いで確認してみたが、やはり水が一方的に流入してきた。今回利用するのはこの性質だ。
巣穴の側面と湖の水中を複数の扉でつなぎ、湖の水を際限なく巣穴に流しこむ。湖の大きさから考えて、巣穴を水浸しにしてしまうくらいの水量はあるだろう。そしておそらくサンドアントは水に弱いはずだ。というのもゲルルグ原野に生息する似たような魔物であるラージアントは、雨季には全滅してしまうというのだから。
「ご主人様。街の中にいたサンドアントは倒されちゃったみたいだよ」
街に偵察に出していたロルから報告を受ける。水を流し込み始めてからは目に見えてサンドアントの出現が減り、その様子に勢いづいた人々によって、地上に現れたサンドアントも次々に撃退されたそうだ。
「広場はどうなっていた?」
「沢山の人たちがご主人様の造った扉を見に集まっていました」
「そうか」
どれくらいの大きさの巣穴なのかは知らないが、半日ほど水を垂れ流しにされて機能を停止したようだ。まあ念のため、もう1日くらい放置しておこう。
「それじゃあ、俺は情報収集がてらネフェルに礼を言ってくる。リースとロル、ついてこい。アーシュ達はブルーレンに避難させていたものを元に戻しておいてくれ。まだサンドアントが残っているかもしれないから、気をつけてな」
指示を出した後、リース姉妹を連れ立ってネフェルを訪ねた。
店の中は昨夜と同じく騒然としており、あわただしく人々が走り回っていた。その中で忙しそうにする猫獣族を見つけ、声をかける。
「ネフェル殿」
「おお、リョウ殿! 脱出されていなかったのですね」
「えぇ。ネフェル殿の使いが来なかったので逃げ出そうとしていたのですが、なにやら状況がおかしいので残っていたのです。いったい、何が起きているのでしょうか」
「奇跡が起きています。広場の巣穴に大量の水が噴出し、それによってサンドアントの巣が水浸しになってしまいました」
「……それは魔法なのですか?」
自分でもわざとらしい言い方だと思うが、なんとか我慢して演技する。
「間違いなく魔法です。ただ、誰が術者なのかわからないのです」
「筆頭魔道士の方では?」
「いえ、ランディス殿は昨夜戦死していたという噂が広まっているので違いそうです。いま王宮は術者を探して躍起になっていますよ」
筆頭魔道士は死んだようだ。炎の魔法という奴も見てみたかったが、まあ仕方ないか。
「そうですか。しかし助かりましたね。筆頭魔道士が負ければラーシャーン砂国が滅びると聞いていたので、恐々としておりましたのに」
「私もでございます。いえ、この街に住むすべての人が救われました。ぜひあの水魔法の術者の方には名乗り出ていただきたいものです」
「まったくその通りです」
王宮に名乗り出る気などまったく無い。ただ、このネフェルにはもうすぐ能力の秘密を明かすことになるだろう。
◆
「……広場に立て看板が設置されていました。なにやら、サンドアントを撃退した水の魔法使いを探しているようです」
翌日、買い物に行っていたドワーフのアンが報告してくれた。彼女はまだ文字が読めないため、周囲の人に内容を読み上げてもらってきたそうだ。
水の魔法使いというのは俺のことだろう。あの後は一度も広場に近づいていないため、巣穴がどうなったのか全然知らないが。
「そうか。サンドアントの巣穴はどうなっていた?」
「水が一杯になって……池のようになっていました」
それならもう扉を破棄しても問題ないか。地下道ならしばらく水が引くこともないだろうし。
「報告ご苦労様。サラの手伝いにいってくれ」
「……はい」
アンが食事の準備に向かうのを見送ってから、巣穴の扉を廃棄しておいた。
今は屋敷の一室にて、リースとアーシュを傍に置きながらのんびりとすごしていた。リースは膝を貸してくれながら、優しく髪をすいてくれている。一方のアーシュは少し離れた場所で、ラーシャーンで仕入れた新しい物語本を熱心に読んでいた。
「そういえば、南部諸島へのルートがわかったそうだな」
「はい」
アーシュが返事をし、本を閉じて立ち上がる。
「街で色々と話を聞いたところ、東に向かうには二つのルートがあるそうです」
「説明してくれ」
「一つ目は大砂漠を横断するルートです。大砂漠では魔物に出会うことが無いそうですが、過酷な砂漠の中をどれほどの期間進まなければならないのかわかりません。もう一つは南の湿原に迂回するルートです。こちらは魔物が出ますが、蛇人や蜥蜴族達の集落も点在するため補給の面では困らないようですね」
前者はバフトットから聞いていたが、湿原のルートは知らなかったな。
「南の湿原のルートだと、どれくらいかかるんだ?」
「わかりません。しかし沼地を行くため距離が稼げないので、かなりかかるでしょう。それに途中の蜥蜴族は好戦的な種族らしいので、うまく交渉していかなければ危険かもしれません」
どれくらいかかるか不透明なうえに、好戦的な種族がいるとなると面倒も多そうだ。それならやっぱり砂漠ルートだな。湿原の産出品も気になるが、砂漠を横断するという行為自体が俺の能力にマッチしすぎている。
「それならやはり砂漠ルートだな。俺の能力を使えば補給し放題だし、夜には屋敷に戻ればいい」
「そうですね。私もご主人様の御力があるならば、砂漠を行くのが妥当かと思います」
アーシュも同意してくれる。それじゃあ決定だ。
「それじゃあ砂漠ルートでいこう。ラクダについてはもう一頭ほど買っておくから、旅の準備をしておいてくれ」
「わかりました」
「それともう一つ聞きたい。大砂漠を東に抜けたらすぐに南部諸島なのか?」
「それは調べてみたのですが、情報がありませんでした。やはりこの国の人たちは大砂漠の先には何もないと思っております。頼みの商人達にも広く話を聞きましたが、東にも人が住んでいるだろう程度の認識しかありませんでした」
そうなると大砂漠を抜けてからもしばらく探索する必要があるかもな。覚悟しておくか。
「それじゃあ、三日後を目安に出発しよう。それまでに準備を整えておいてくれ」
「わかりました」
アーシュが頭を下げる。次に膝を貸してくれていたリースが報告してきた。
「ご主人様。ニクス邸で保護した奴隷の件ですが、朝方ラピスと共にシクル島に行って参りました」
「あぁ。カルは何と言っていた?」
「ひどい目にあっていた奴隷だと言って紹介すると、快く受け入れてもらえました。彼女たちも村で働いてもらうことになり、当面の世話はラピスに任せています」
先日の襲撃で保護した奴隷は蛇人と蜥蜴族、それに二又の猫獣族の三人だった。少し話をしたが、ニクスには相当ひどい目にあわされていたらしく、反抗の意思はなさそうだ。ただ一応念のためシクル島に送って生活してもらうことにした。あそこならばニクス邸の件が漏れる事はないだろう。
「ニクス邸で得られた金品の確認は終わっているか?」
「貨幣については確認が終わっております。ホル・アハ宝貨は1213枚、ユーチラス金貨は153枚でした。宝飾品についての真贋確認はまだです」
宝石類は砂国で鑑定するわけにはいかないからな。今度バフトットに相談する予定だ。
「十分だ。それじゃあ明日の午後、ネフェルに会いに行こう。使いに行っておいてくれ」
「かしこまりました」
さて、砂国を出発する前の最後の商談だ。