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43. 火事場泥棒

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「それでは先行します」

「あぁ。危険そうならすぐに戻ってきてくれ」

「心得ております。お任せください」


 腰に二本の短剣を身に着けたアーシュと、小型の槍を手にしたロルが扉を抜けていく。そのまましばらく待っていると、アーシュが一人で戻ってきた。


「ご主人様。特に危険はありません。どうぞ」

「わかった」


 アーシュに促され、残りの奴隷達と一緒に扉を抜けた。移動した先は以前案内されたニクス邸の離れだ。内装は記憶と変わらないのだが、以前はしなかった甘い香りが鼻についた。


「……何の匂いだ?」

「これはバラの香りですね。おそらく香水かなにかかと」


 隣にいたリースが答えてくれた。香水か。まあ、煙じゃないなら問題ない。


 今回の目標は、先日自慢された悪趣味な部屋に散らばっていた大量の貴金属だ。目についただけでかなりの量があったから、先日の復讐がてらに掻っ払ってしまおうという魂胆である。


 サンドアントが現れたのが夕方で、ニクスの屋敷に火の手が上がっていたのがその夜。迅速に避難したとしても全てを持ち出したとは考えづらい。あの悪趣味な部屋にある金品をいただけば、ナスタの父親の仇とはいかないまでも、先日リースとアーシュを触られた仕返しくらいにはなるだろう。


 他の奴隷たち全員と一緒に離れに移動し、例の部屋に向かっていると、アーシュが報告してきた。


「建物内を一通り確認しましたがサンドアントはいませんでしたし、火の手もまわっていないようでした」

「人はいたか?」

「それがいたのですが……」


 妙に歯切れの悪い返事をするアーシュ。人が残っていれば少し面倒だと思っていたが、アーシュがこんなに落ち着いているということは制圧し終えているのか?


「どうした?」

「とにかく、来ていただければわかります。いまはロルちゃんが見張っているので」


 例の悪趣味部屋に入ると、なにやらロルが肉の塊に槍を突きつけていた。その塊は目の前に突き出された鋭い穂先にがくがくと震えながら、必死に命乞いをしていた。


「頼む……殺さないでくれ」

「むー」


 槍を突き出しながら、ロルはこれ以上ないほどに嫌悪の表情を見せていた。そりゃそうだ。その肉の塊――宝石商人のニクスは全裸のまま、ぶよぶよと太った身体から脂汗を垂らしながら跪いているのだから。


「……なにやってたんだ、こいつ」

「えっと。私たちが入ってきた時には、まさにアレの最中で」


 アーシュが指差した先を見ると、きらびやかな宝飾品を身に着けた女奴隷達がベッドの上で身を寄せ合って震えていた。


 なるほど、お楽しみでしたか。こんなサンドアントの襲撃の最中でもお楽しみいただけるとは。危険が迫っている方が燃えるとかそんな理由なのかもしれないが、なんというか、呆れるほど凄い性欲だな。


「そうか。まあいいや。とりあえずサラ、アン、ラピス。片っ端から運んで行け」

「はぁい」

「……はい」

「わかりました」


 部屋の中に、もう一つラーシャーンの倉庫につながる扉を開き、そこから貴金属を運び出すように指示を出す。三人がそれぞれ返事をし、早速展開した。


「ロルは屋根にでも登って外の様子を見てきてくれ。人が来るような気配があればすぐに知らせろ。入り口は開けるなよ」

「はい!」


 ロルが元気よく返事をし、部屋を出て行った。ニクスの鼻先には代わりにアーシュが短剣を突きつけている。


「さて。リース、アーシュ。ぶん殴りたければ殴ってもいいぞ」

「ご主人様がやれとおっしゃるのならばやりますが……」

「私は遠慮しておきます。あまり触れたくないもので。もし殺せと言うなら、一息に息の根を止めて見せましょう」


 二人とも仕返しはいいらしい。まあ確かに直視することすらキツイ格好だしな。


「それじゃあナスタ、お前がやるか?」


 隣にいたナスタを見ると、彼女は真っ赤な目でニクスを見下ろしていた。こいつはナスタの父親の仇だ。まさか拘束してしまうとは思っていなかったが、こうなったのなら丁度いい。ナスタに仇討ちをさせてしまおう。


「……この男だけは、この手で殺さなければならないと考えていました」


 その声は小刻みに震えていた。ナスタは復讐に燃えるというよりは、少し怯えた雰囲気だ。


「父はこのような無様な男にいいようにされてしまったのだと思うと、情けなくて堪りません」

「それじゃあお前が手を下しておけ」

「……はい」


 小さく返事をしたものの、取り出した短刀を持つナスタの手はガタガタと震えてしまっていた。先程からどうにも様子がおかしいと思ったが、よく考えてみれば動揺するのも当然か。


 商人の娘だったナスタは、これまでに人はおろか魔物すら殺したことがないと言っていた。父の仇とはいえ、いきなり自身の手で人を殺せというのは酷なのだろう。


「いや、やっぱり俺がやろう」

「あっ……ご、ご主人様。お待ちください、私が――」


 ナスタが反論するよりも先に、直接床に手を触れて印を設置し、新しく扉を繋げる。床にぽっかりと開いた1m四方の穴に、まるでごみを扱うようにニクスの体を蹴飛ばして誘導した。


「こ、これは……うわぁ!」


 一瞬太り過ぎで入らないかと思ったが、ちゃんと穴に落ちて行った。穴の先で、何が起きたのかさっぱりわからないという表情を見せるニクスに宣言する。


「こういう次第になりました。それでは」

「な、ちょ……ちょっと待――」


 扉を閉じる。必死にあげられたニクスの声が、その途中でぶつんと途切れてしまった。


「ご主人様。どちらに送ったのですか?」

「岩石地帯だ。あそこなら歩いて行ける距離に人里は無いし、魔物も盛りだくさんだから確実に処理されるだろう」


 言ってから気がついたが、自身の手が少しだけ震えていた。すぐに治ったものの、おそらく初めて自らの手で人を殺したからだろう。扉の管理者による間接的なものとはいえ、やっぱり後味の悪さは残るな。


「……ご主人様」

「気にするな、ナスタ。とにかくあの男は人知れず、サンドアントに襲撃されて死んだと思え。リースもアーシュもな」

「かしこまりました」

「わかりました」

「……はい」


 三人がうなずく。その後はすぐにサラ達と一緒になって、部屋に散らばる財宝を運び出していった。



「ご主人様。2階の窓から本館が見えたけど、あれはだめみたい。火の手がまわってて中に生きてる人なんかいないよ」


 外の様子を確認したロルが報告に戻ってきてくれた。


「サンドアントはどうだ?」

「見えるだけでも5匹ぐらいうろついてたかな。たぶん、もっともっといると思う」


 そうなると本館まで探索するのは危険か。あちらにも大量にため込んでいそうだったが、諦めよう。


「よし。それじゃあ引き続き警戒を続けてくれ。王宮兵とかが敷地に入ってきてもすぐに報告するんだぞ」

「はい!」


 走り去るロルと入れ違いで、リースが駆け寄ってきた。


「ご主人様。あの娘たちはどうしましょうか」

「あの娘……あぁ、ニクスの奴隷達か」


 ニクスの相手をさせられていた奴隷達はベッドの上に放置していたのだが、先程からみな涙目になって震えている。そりゃあご主人様を足蹴にして消し去り、財宝をせっせと運び出している俺達を前にしては、生きた心地がしないだろう。


 現場を目撃されているわけだが、打ち捨てるのも気分が悪い。とりあえず身柄を拘束するか。


「危害を加えるつもりはないと説明しておいてくれ。その後はとりあえず倉庫に連れて帰って、軽く拘束しておけ。暴れることは無いだろうが気をつけろよ」

「かしこまりました」


 奴隷達は素直に応じたようで、リースに連れられて倉庫に移動していった。その後は全員で1時間ほどかけて部屋にあった財宝を運び出し、離れを脱出した。



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