42. 情報収集
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リース達が荷物を運び出している間、倉庫の屋根からラーシャーンの街を見渡してみたが、通りにはほとんど人影が見えなかった。しかし時が経つにつれ人々が姿を現し始め、やがてどっぷりと日が暮れる頃にはいたるところに明りが灯され、にわかに騒がしくなってきた。
どうやらアーシュの読み通りサンドアントは昼行性であり、ここの住人はその性質を知っているようだ。
「それじゃあ街に出てくる。ロル、アーシュ。ついてきてくれ。リース達はここで待機。万が一サンドアントが敷地内に入ってきたら、すぐに逃げろ」
「かしこまりました。お気を付けて」
武装させたロルとアーシュに外套を着せ、街に出る。荷物を抱えた多くの人々とすれ違いながら、まずはネフェルのいるヒエル商店を目指した。
その途中、広場に人が集まっていたので立ち寄ってみると、大型のサンドアントが出現した大穴が残っていた。大型のサンドアント自体はすでに撃退されたそうだが、丁度いいので大穴の傍に近づいてみる。
「これは……でかいな」
直径は10m以上あるのではないか。いつもならば人で溢れている広場の中に開いた大穴は、周囲の惨状もあり異様な雰囲気だった。この大きさのサンドアントが出現したとなると、かなりの犠牲者が出たのではないか。
「この大きさのサンドアント相手に戦えるか?」
大穴のふちに手を触れながら、ロルとアーシュに聞いてみる。
「うーん。ちょっと、わからないです」
「おそらく無理だと思います」
二人の答えはどちらも難しいというものだった。もし巨大なサンドアントが次々と湧いてくれば詰みだろう。ラーシャーンは壊滅する。
「ここに集まっている兵士たちは、今夜のうちに勝負に出るつもりだろうな」
「恐らくそうでしょう。全戦力を投入して今夜中にクイーンアントを討伐しなければ、取り返しのつかないことになるかと」
アーシュも同じ考えのようだ。今は夜なのでサンドアントの活動は鈍っているが、明日の朝になれば再び大量に出現するはず。街のど真ん中からこのサイズの魔物が湧いてくればジリ貧なのは明らかだ。それならば短期決戦、今夜のうちに全戦力を投入して潰すしかない。
その為だろう。広場には続々と屈強な兵士たちが集まり、周囲はかなり殺気立っていた。もし彼らが狙い通り巣穴を潰すことに成功すれば、俺の出番が無くなって万々歳なのだが。
「よし、ヒエル商会に急ぐぞ」
「うん!」
「わかりました」
広場を後にし、ネフェルのいるヒエル商会へと急いだ。
◆
商店に辿り着くと、丁度軒先で慌てているネフェルがいた。俺の姿を見つけ、驚いた様子で声をかけてくる。
「リョウ殿! 先程使いを送ったところです」
使いをくれていたのか。どうやら夜になってから動きだしたのはネフェルも同じだったようだ。
「それは、すれ違いになってしまったようで申し訳ございません」
「いえ、とにかくご無事で何よりです」
「ネフェル殿も。しかし一体、何が起きているのでしょうか」
何も知らないふりをしてネフェルから情報を聞き出す。話を聞くと、やはりサンドアントの襲撃らしい。砂国では数十年に一度、サンドアントが大発生するという話もナスタから聞いたとおりだ。
「ついにラーシャーンにもサンドアントが出現しました。しかしこの街は屈強な王宮兵と傭兵団によって襲撃に備えております。夜になってから彼らによる本格的な反撃が始まり、すでに中心部にいたサンドアントの多くは撃退されたようです」
街の中にいた個体の多くは撃退されたらしい。しかしまだまだ中心部以外はサンドアントが残っているので、あまりうろつかないほうが良いとのことだ。ネフェルが続けて聞いてくる。
「広場の巨大な穴は見ましたか?」
「えぇ。少しだけ」
「昼間あの穴から巨大な個体が出てきましたが、筆頭魔道士のランディス様が撃退なされました。そして今夜、ランディス様があの穴からクイーンアントの討伐に向かうとのことです」
筆頭魔導士とは、なかなか強そうな役職だな。
「筆頭魔導士というのは魔法使いですか?」
「えぇ。ランディス様は高名な魔法使いです。炎を自在に操り、強大な魔物も簡単に屠ってしまうと言われています」
炎の魔法使いだと? めちゃくちゃかっこいいじゃないか。魔法も見てみたいし、ぜひ一度お目にかかりたいが。
「そのランディスという者が敗れた場合、どうなるのでしょうか」
「それは……」
ネフェルの表情が暗くなる。
「王宮兵や傭兵団によりしばらくは対抗できると思います。しかしいずれはこれまでの街と同じく、ラーシャーンも滅ぼされてしまうでしょう。クイーンアントを倒さなければ、サンドアントは際限なく湧いてくるのですから」
「そうですか……」
どうやらランディスとかいう魔法使い以外は時間稼ぎくらいにしかならないようだ。それじゃあその魔法使いがクイーンアントの討伐に成功すれば何もせず、失敗した時に俺の作戦を始めることにしよう。
「我々はすでに街を脱出する準備を始めています。リョウ殿も今夜のうちに準備をしておいた方がいいでしょう」
「わかりました」
「朝までに討伐が成功したという話があれば、リョウ殿の屋敷にも使いを走らせます。もし夜明けまでに何も知らせが無ければ、討伐が失敗したものと考えて逃げてください」
「わざわざありがとうございます。それでは、すぐに準備したいと思います」
「えぇ、帰り道もお気をつけください」
ネフェルと別れてヒエル商会を後にし、次の目的地に向かう。途中、街の外に逃げ出そうと荷物を担いで歩く人々とすれ違った。どうやら夜が明ければラーシャーンが壊滅するという噂が広まっているようだ。昼過ぎまでは平穏な街だったのに、こんなことになってしまうとは。
やがて到着したのは、さきほどロルと一緒に来た湖のほとりだった。近くには無数の篝火によって明るく照らされた王宮が見える。おそらくあそこは今、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているのだろう。
「……」
「ご主人様、急いで! この辺りにはまだサンドアントが残っているかも」
ロルがキョロキョロと周囲に視線を配りながら急かしてきた。街の中心部のサンドアントはほとんど処理されているようだが、まだ全てを討伐しきってはいないらしい。そして思った以上に、広い範囲で被害が出ているようだ。
実際この湖のほとりからは、ところどころ火の手が上がっている場所が確認できる。サンドアントの襲撃にあってしまったのだろう。うちの屋敷ももし敷地内に穴ができていたら放棄して逃げるしかなかった。運が良かったな。
「よし、終わった」
「それでは急いで屋敷に戻りましょう」
「そうだな……いや、ちょっと待て」
ふと対岸に目をやると、図らずもある場所から火の手が上がっているのが見えた。
「……あれは、ニクスの邸宅があるあたりじゃないのか?」
「えっと、暗くてよく見えませんが、位置的にはそうかと」
そばにいたアーシュが目を細めながら答えてくれる。隣では夜目のきくロルがこくこくと頷いていたので、間違い無いようだ。先日訪れた宝石商ニクスの邸宅付近から火が上がっている。それはつまり、サンドアントの襲撃にあっているのだろう。
もし本当にニクス邸が襲われているのだとすればチャンスかもしれない。夜が明けるまで時間があるし、一つやってみるか。
「ロル、アーシュ。屋敷に戻るぞ」
「はい!」
「わかりました。その後はどうされるのでしょう」
「とりあえずランディスとかいう魔法使いに期待して、朝まで待機するつもりだ。ただその間に少しやることができた」
火の手が上がる屋敷を遠目に見ながら、算段を構築する。まあ……なんとかなるだろう。
「ニクスの邸宅に乗りこむぞ」