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4. 取引

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 ミクリアに着いてから、十日が経過した。これまでは一日一袋のペースで小麦の売買を行っている。あれから日が経つごとに小麦の価格は上昇しており、今は一袋銀貨15枚ほどにまで上がっていた。


 ちなみにこれまで銀貨といってきたのは、正確にはコリウス銀貨というらしく、40枚ほどでユーチラス金貨という金貨に両替することができる。さらに10枚ほどで銀貨と両替できるドニー小銀貨を含めた三つの通貨が、このあたりでは最も普及している貨幣のようだ。


 現在の所持金はコリウス銀貨で100枚ほど。最初に持っていた量の倍以上になっているので、まあ順調なのだろう。



「リョウ殿、この後、少し時間はありますか?」

「……?」


 いつものように小麦を納入し終えると、売買人から突然そんなことを言われた。バラン商店の売買人でライスという男だ。


「えっと、この後すぐに街を出たいと考えていたので、あまり時間は取れませんが。何でしょうか」

「そうですか。それなら簡単にお伝えします。昨日から小麦の供給が激減しています。どうやらコーカサスが小麦峠を完全に封鎖したようです」

「え、そうなのですか」

「やはりご存知ありませんでしたか。それではやはり、今日の小麦は……」


 ライスはあごひげに手をやり、値踏みするようにこちらを見つめてきた。そこでようやく気がついた。


 俺は小麦峠を越えて行商していることになっている。峠の関所が越えられなくなっているとすれば、どうして俺は小麦を納入できていのだろう。つまりこの男、俺が小麦が何処から仕入れているのか疑っているのだ。


 どう言い訳したものかと考えていると、先にライスの方から口を開いた。


「一つ提案があります。もしもまだリョウ殿が小麦の在庫をお持ちならば、当店ですべて買い取らせていただきたい」


 と思ったら、なんだ? この男、俺が小麦の在庫を抱えていると勘違いしている? たしかに在庫を売りに来ているだけならば、小麦峠が封鎖されていることも知らずに売りにくることも可能だろうから、そういう読みか?


「……それは、どれくらいの値段で引き取っていただけるのでしょう」

「在庫量によりますが、それなりに用意しましょう」


 どうしよう。この男の狙いがいまいち読めないが、儲かりそうな話だし、ここは乗ったほうがいいか。一日に運べる限度……よくわからないが、10袋……いや15袋はいけるか?


「そうですね……15袋までなら、明日までに用意できます」

「なんと、15袋……それならユーチラス金貨を7枚……いや8枚用意しましょう」

「金貨8枚ですか」


 って、結構すごくねーか? えーと、金貨1枚が銀貨40枚だとして、320枚分? ということは1袋……銀貨20枚くらいか。オセチアなら15袋まとめて買えば金貨1枚くらいで買えるだろうから8倍かよ。どれだけ高騰しているんだ。

 

 峠を一つ越えるだけでこんなに小麦が高く売れるのは不思議だったので、この数日は街を回って情報を集めていた。それによるとどうやらこのバラン国は、今年かなりの不作だったらしい。それにコーカサスとの戦争が加わって、ここまで高騰してしまっているという話だ。


 しかし8倍は行き過ぎな気がする。こんな高値で買取るというのは、おそらく別の理由があるのではないだろうか。


「お譲りするのはやぶさかではありません。しかしお聞きしたいことがあります。小麦がここまで高騰しているのは、なにが原因だと考えておられますか?」


 俺の質問に、ライスは言葉を選びながら答える。


「ご存知の通り、今年は小麦が不作でした。それを見抜いたコーカサス国がオセチアからの小麦の流出を制限し始めました。街道が通れないように戦線を維持し、さらに今回の小麦峠の封鎖によって完全に輸出を封鎖してしまったのです」


 ほぼ予想通りの答え。そこまでは知っている。それだけじゃあいきなり8倍で売れる意味がわからないから聞いているんだよ。


「しかしコーカサス以外からの輸入もあるのでしょう? ここ数日で倍以上に値上がりしているのは、さすがに異常だと感じているのですが」

「いえ、今後はさらに高騰します。そのためにできるだけ在庫を積んでおきたいのです」


 在庫を積んでおきたい? なるほど。もしかすると……


「小麦の買占めを行おうとしているのですか」

「……その通りです」


 すこし表情を曇らせながらも、ライスは肯定した。


「我々はある筋から、コーカサス軍がここミクリアに侵攻してくるという情報を掴みました」

「この街が戦場になるのですか?」


 この街が戦場となる。もしその情報が正しいなら、たしかに小麦は値上がりする。それこそ戦闘が長引けば長引くほど、天井知らずに上昇するはずだ。それを読んで、この商会は小麦を買い占めようとしているのか。


 しかしこれは俺にとっても商機かもしれない。能力を使えば、戦場になって籠城されても問題なく行商は続けられるだろうし。


「我々としましてはリョウ殿には小麦を売ってもらった後、街をすぐに出ることをお勧めします。戦場になれば何が起きるかわかりませんからな」

「……」


 ライスの言葉には警告の意図が含まれている気がした。『われわれの商売に手を出さないほうがいい。さもなくば――』といった雰囲気だ。


 うん。やっぱりやめておこう。君子危うきに近寄らず、だ。


「戦場になると言うならば、私のようなしがない行商人が出る幕はなさそうです。わかりました。これまで集めていた在庫の15袋、金貨8枚でお売りしましょう。明日、数回に分けて持ってきます」

「15袋となると持ち運ぶのも一苦労でしょう。よろしければ荷馬車を用意いたしますが?」

「荷馬車……そうですね。それなら明日の朝、宿屋『夜灯』に来てください」

「わかりました。お代はその場で」

「はい。よろしくお願いいたします」


 互いにお辞儀をして、その場を後にした。


 さて、早速オセチアに戻って小麦を仕入れてきますか。


貨幣価値が分かりづらければ、ざっくり


ユーチラス金貨=100,000円

コリウス銀貨=2500円

ドニー小銀貨=250円


くらいに思っておいてください。

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