38. 砂糖
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後日、シクル島での最初の取引は問題なく終わった。村長のカルは本当に注文通りの商品を持ってきたことに驚いていたが、結局は約束通り木箱4個分の砂糖と交換してくれ、さらに今後も取引を続けることも約束してくれた。
その際、今後の取引にはラピスを通してもらい、同時に彼女を村仕事の手伝いに使ってもらうことにした。秘儀とやらはとにかく、サトウキビの栽培だけでも体験できれば十分だ。
そして今日はシクル島で仕入れた砂糖をバフトットのところに持ち込んでいた。いつもの通りブルーレンの倉庫に隣接された応接間での商談だが、今回は俺側にリース、バフトット側にジェフトットがそれぞれ同席していた。
「これが砂糖ですか」
バフトットが皿に盛られた黒い塊につぶやく。シクル島から仕入れた砂糖は、イメージしていた真っ白な砂糖とは違い、褐色のいわゆる黒砂糖だった。それ単体で食べても結構美味しい。
「このまま食べてもよいですが、こちらのようにパンにまぶしたり、練り込んだりしたものも美味です」
そう言って、用意しておいたドーナッツもどきや黒糖パンもどきを差し出す。それにプラスして、この辺りでもとれるリンゴをぐずぐずに煮て砂糖を加えたものを紹介した。
「またこちらのように果物と一緒に煮詰めても、大変美味しく食べられます」
「ふむ……」
「これは……」
バフトットとジェフトットがそれぞれ試食すると、両人とも同じように目を見開いて驚き、猫ひげをピクピクと動かしていた。
ドーナッツもどきと果物の砂糖煮については、昔食べたことある俺が記憶を頼りに説明し、料理好きのサラが苦心して形にしたものである。初めての食材に苦労していたようだが、サラの懸命な試行錯誤もあって、なかなか美味しく出来上がったのではないかと思う。
「なるほど。確かに甘い塩……ですか」
全ての料理を試食し終えたバフトットが黒砂糖の塊をつまみつつ、感心した様子で言った。
「素晴らしい商品だと思います。ぜひ卸していただきたい」
「勿論です。ただ持ち込める量が限られておりますので、あまり融通はききません。その点はご容赦を」
「構いません。して、おいくらでいただけるのでしょう」
そう、問題は値段だ。この砂糖と交換した鉄器は帝都で仕入れたため、バフトットはこの砂糖をどれくらいの出費で得たのかを知らない。また砂糖はこの西方諸国には存在しない独占商品でもある。
こうなると理論上はいくらでも高値で売ることができる。これほど有利な条件の交渉は無いが、逆にやりづらくもあるな。
「それでは、木箱2箱で金貨300枚というのはいかがでしょう」
木箱に入っている砂糖の重さは30kgほどなので、単純計算で金貨1枚200gだ。前に黒コショウが金貨1枚で100gほどだったので、これくらいで売れるのではないかという判断だ。高すぎるなら、適当に値切ってくるだろう。
バフトットは席を立ち、木箱を持ち上げてから逡巡し、やがて振り向いてきた。
「わかりました。その値段でいただきましょう。支払いについては次の商談とまとめて行いたいのですが、よろしいですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは次の商談に参りましょう」
砂糖の取引についてはあっさりと終わり、バフトットが木箱のそばを離れもう一度ソファーに腰かけた。
「前回引き取った綿織物なのですが、良い販売先が見つかりました」
「と、いいますと?」
「詳しくは後でお話ししますが、至急前回の木箱で100箱ほどの綿織物を仕入れたいと考えております。仕入れる目途は有りますか」
100箱かよ。結構な量だな。時間をかければ集められないこともないだろうが。
「大丈夫かと思います。ただし、さすがに今日明日すぐにというわけにはいきませんが」
「一ヶ月ほどの間に納品していただければ結構です。それで価格なのですが、大口の注文なので金貨150枚程度にまけていただきたい」
まけるも何もまだ元値の5倍以上はある。まあわざわざ元値をばらすのも馬鹿らしいし、少し悩む振りくらいはしておくか。
「そうですね……先に販売先について聞かせてもらってもよろしいですか?」
「実は先日、王都の服飾工房のマスターに会う機会があり、その場で綿織物の売り込みをかけてみたのです。その工房は王家の仕事も請けるところなのですが、マスターはすぐに綿織物に興味をもちまして、今回の注文を頼んできたのです」
直接営業をかけていたということか。まだ綿織物を流して2週間も経っていないのに、もうそんな商談をまとめてしまうとは。さすがに動きが速いな。
「それは素晴らしい手並みですな」
「いえ。今回の話はまだ序の口でございます」
「と、いいますと?」
「私はこの綿織物を西方諸国に流行させたいと考えています」
「流行……ですか?」
バフトットはその人懐っこい瞳をクリクリとさせながら続ける。
「モノを売るために重要なことは、需要の高い商品を扱うことです。そして需要というものは作りだしてしまうのが一番手っ取り早い」
「綿織物の需要を作り出すというのですか」
「はい。今回の綿織物についてはまず、工房を通して上流階級に向けて販売し評判にします。その後は流通量を増やしていき、徐々に一般の民衆や職人などにも広めていきたいと思います。一度流行が広まってしまえば、リョウ殿でも用意しきれないほどの需要が得られるでしょう」
まだ実際には4箱しか売れていないのに、随分と気の早い話だ。そう思って訝しんでいると、バフトットが畳み掛けてくる。
「世の流行というものは神がきまぐれに与えるものではありません。無数の人々が同時にかかる熱病にも似た思い込みなのです。そしてこの思い込みというものは、意外と簡単に誘導できる。リョウ殿の協力があれば、間違いなく綿織物による流行を作り出せるでしょう」
なにやら熱い調子で恐ろしいことを言っている。本当にこの男の言う通りに物事が進むかどうかは知らないが、話自体は魅力的だ。
もしも綿織物が西方諸国で流行すれば、その商品を扱えるのはほぼ俺だけなのだから簡単に利益を独占できてしまう。勿論取引にはランカスター商会を通すので多少はピンハネされてしまうが、それを差し引いても莫大な利益だろう。
「わかりました。それではできる限り早く綿織物100箱を金貨150枚で用意いたしましょう。ただし先程の砂糖取引と合わせて、前金で金貨100枚を先に支払っていただくことを約束してください」
「かしこまりました。それではさっそく契約書を作りましょう。ジェフ」
「はい」
そうしてバフトットが指示を出し、ジェフトットがその場で羊皮紙にガリガリと契約を書き込んでいく。しばらく待って、書き終わった羊皮紙をざっと眺めると、一ヶ月のうちに100箱用意するようにと記されていた。
「恐らく大丈夫だと思うのですが、もしかすると納品数が不足するかもしれませんが、その場合はどうなるのでしょうか」
「前金と合わせて用意できた分で計算し直すことにいたしましょう。追記しておきます」
バフトットの指示を受け、その場で羊皮紙に契約事項を追記していくジェフトット。さすがに手慣れたもんだ。
やがて出来上がった契約書を確認し、二つの契約を合わせた金貨450枚分の証書と前金として金貨100枚を受け取った後、屋敷へと帰還した。