表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/104

37. 買い付け

37


 村長のカルは一瞬厳しい表情になったが、すぐに苦笑いしてみせた。


「……さすがに使い走りの奴隷とは違う。商人というだけはありますな」

「いえ、お察しします」


 女ばかりのシクル島で唯一の輸出品が砂糖である。この製法が本土に流出すると、わざわざ魔物がうろつく海を越えて買い付けに来る者がいなくなる。そうすると女しか生まれないこの島では、いずれ子供が作れずに村が滅亡してしまう。


 まったく随分と常識がねじまがった島だ。外部からほとんど孤立した上で女しか生まれないとか、普通に考えれば滅亡は必至である。それをなんとか防いでいるものが砂糖の秘儀なのだろう。


「本土からくる商人はもっぱら奴隷や罪人を代理によこしてくる。それと比べるとリョウ殿、あなたはご自身で来られた。これは信頼に値することです。しかしだからといって、秘儀を教えることはできません」


 カルはもう一度念を押してきた。事情を考えると当然の主張だ。


 さて、どうする。


 とりあえずはまあ、砂糖さえ輸入できればいいか。サトウキビの栽培法や砂糖の精製法についてはすぐに必要となるわけでもない。カルや村人の信頼を得てからでも遅くはないだろう。


「わかりました。それではシクルの買い付けのみお願いします」

「なにか商品をお持ちになっていますか?」

「残念ながら今回は挨拶のみだったので、そちらのワインしか持ってきていません。しかし必要なものを言ってくだされば、3日後に用意してお持ちしましょう」

「3日後……ですか」


 あからさまにあきれた表情に変わる。もう一度このシクル島を訪れることが、どれだけ難しいことか知っているのだろう。


「信じられないかもしれません。しかしある物さえ用意してくだされば、3日後の朝には確実に商品をお届けして見せます」

「……なにをご所望でしょう」

「だれも住んでいない空き家を一つ貸していただきたい。できれば村の外のほうが都合がいい」

「空き家ですか、それなら用意できますが……なにをする気ですか?」

「そうですね。私は今こうしてシクル島にいるわけですが、今日船がやってきたという報告はありましたか?」

「……いえ」

「そういうことです」


 カルは鋭い目つきで睨みつけてきたが、適当に受け流していると、やがて察してくれたようだ。


「……船以外の方法でこの島に来たと言うのですか」

「はい。しかしどのような方法かは秘密です」

「……怪しげなことをいう方ですね」


 カルは値踏みするようにこちらを見つめてきたが、しかしすぐに頷いてみせた。


「それでは3日後までに、鉄製の(ナタ)(クワ)、それに(スキ)を10本ずつ用意してください。それらとならば、そこの木箱で4箱分のシクルと交換いたしましょう」


 指差した先にあったのは、両手で抱えるほどの木箱だ。おそらく内容量は30kgほどか。鉄製の農具ならばすぐに用意できるはずだし、値段も金貨3枚あれば十分だろう。


「わかりました」


 話はついた。カルは空き家を引き渡す準備をする間、ワインのお返しにとパイナップルのような果実に砂糖(シクル)をまぶしたものを振舞ってくれた。それをいただきながら、先ほど村人の女がしていた話を聞いてみる。


「この島では女しか生まれないと聞きましたが、本当なのでしょうか?」

「えぇ、本当です。私は80年ほど生きておりますが、いままで島に男児が生まれたことはありません」


 この女、80歳超えか……ぜんぜん見えないな……いや、そうじゃなくて。


「生まれないのであれば、外から来た男を永住させてしまえばいいのではないでしょうか? シクルを買い付けに来るのでしょう?」

「残念ながら、外から来る男は3日もしないうちにローレライに連れて行かれてしまいます。すでに数えきれないほどの男が犠牲になっていますから」

「ローレライ、ですか」


 さっきの女も言っていたな。


「ローレライとは魔物なのでしょうか?」

「はい。全身を真っ青な衣で包んだ女性のような姿をしています。男の匂いを感じると夜な夜な山から下りてくるのですが、男なら耳元で歌われたら最後、身も心もローレライの奴隷に堕ちるでしょう」

「女性なら大丈夫なのですか?」

「はい。女性は歌を聴いても平気ですし、こちらから手を出さない限り害もありません」


 なんというか謎な魔物だな。さっさと討伐してしまえばいい気もするが、素人にはどうにもならない強さなのだろうか。


「しかしそうなると、早くこの島を出ないといけませんね」

「三夜を過ごすと命は無いと思ってください。しかし今夜だけならば問題ないので、お好きになさっていただければと思います」

「お好きに、といいますと」

「えぇ。おそらく村の者から、次々に夜這いを受けると思いますので」

「……はい?」


 夜這い? なんのこっちゃ。


「この島を男性が訪れたときは、村の若者はこぞって子種をもらいに行くのです。そうしなければ子孫が残せませんから。少なくとも今夜だけならローレライも来ませんので、楽しんで行かれてはいかがですか?」


 なに、その、めくるめく魅惑の誘い……すごい、そそるんですけど……


「……ぶぅ」

「……こほん」


 背後に立つロルとラピスから不満そうなしわぶきが聞こえた。二人の反応を見て、カルが苦笑いする。


「彼女たちのような美しい奴隷がいるのでしたら、リョウ殿には不要かもしれませんね」

「えぇ、まあ。ありがたい話ですが、今日のところはすぐに戻りたいと思います。貸していただいた家にはこちらのラピスを置いておきますので、なにか連絡があれば彼女に言づけておいてください」


 そう言ってラピスを紹介すると、彼女は少しぎこちない動作で頭を下げた。その様子を見てカルが頷く。


「彼女はダークエルフですか」

「はい。同年代の同族と話したことが無いそうなので、よければ仲良くしてやってください」

「なるほど。わかりました」


 この島に多い種族であるダークエルフのラピスならこの街の連中ともうまくやっていけるだろう。できるだけコネを作ってもらって、今後の交渉に役立てたいところだ。


「ただし一つだけ、彼女の許可無しに家の中に入らないでください。それさえ守っていただければ、今回の取引の後も継続してご希望の品をお届けします」

「わかりました。まずは3日後を楽しみにしております」


 そうしてシクル島の村長カルとの商談は終了した。その後は最初に村長宅まで案内してくれたダークエルフの女が村の外れの空き家まで案内してくれた。彼女は相変わらず外から来た俺達に興味津々な様子だ。



 空き家に入ると、早速ラーシャーンの屋敷と扉を接続した。距離は400kmほどだったので、使用ポイントは扉(小)で20,000ほどだ。入り口は適当な布で偽装しておき、いつでも移動できるようにしておいた。


「それじゃあラピス。この家のことはお前に任せる。しばらくはここを中心に動いてくれ。ただできるだけラーシャーンに戻って色々と報告するように」


 扉の前でラピスに指示を出す。ロルは先に戻っているので、いまはラピスと二人きりだ。暑さ対策のためだろうか、銀の髪をポニーテールにしてくくり上げ、褐色の肌を見せつけるような薄着だったラピスは少し戸惑った様子で頷いた。


「わかりました。えっと、ご主人様。一つだけよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「なぜ、今回の大役を私などに任せられたのでしょうか」


 どうやら自分がシクル島の連絡役になった理由がわからないようだ。別に大役でもなんでもないのだが。


「ラピスには今回の取引の後、この島の仕事に携えるように頼んでみるつもりだ。お前はダークエルフだし、同族も多いからやりやすいだろう。出来るだけ村に馴染めるよう頑張ってくれ」

「はぁ」


 いきなり秘儀に関われるとは思えないが、サトウキビの世話くらいはやらせてもらえるだろう。ラピスは農家の奴隷だったので、農作業についてはある程度知識がある。もしサトウキビの世話を体得できれば必ず役にたつはずだ。


 俺としては、やはり最終的にはサトウキビの栽培法と砂糖の精製法を島外に持ち出したいと考えている。シクル島の生産力だけだと将来の需要にこたえられないのは目に見えているからな。


 その為には、まずは村長のカルをはじめとするシクル島の人々の信頼を得る必要がある。彼女たちにとって有益な取引を続けるとともに、ラピスには村の中に知り合いを作ってもらう。そうすれば時間はかかるだろうが、今後の交渉もやりやすくなるだろう。


「今後砂糖を扱って儲けられるかどうかはお前の働き次第だ。村の人々や村長のカルとは仲良くやるように」

「えっと、はい」


 ここまで説明しても、ラピスはやはり自信がなさそうだ。というよりは不安なのかもしれない。こいつは生まれてからずっと奴隷だったせいか、あまり主体性が

見えないんだよな。


「まあ、そんなに心配するな。日中は真面目に仕事をして、村の人と積極的に世間話をしておけばいいくらいに考えておけ」

「わかりました。精いっぱい頑張ります」


 少し不安だが、まあ慣れれば大丈夫だろう。さて帰るか。


「ご主人様。夜這いは受けていかれないのですか?」

「え?」


 帰ろうと振り向くと、ラピスに呼び止められた。


「先ほどカル様がおっしゃっていたではありませんか。今夜、村の者がたくさん夜這いに来ると」


 あぁ、言っていたな。確かに楽しそうだが……ローレライとやらが怖いんだよな。3日間は大丈夫らしいが、男をピンポイントで狙ってくる魔物がうろつく島に長居したくない。


「いや、いいや。今日からはラピスがここに住んでいることになっているから、言うほど来ないだろう。もし来たら追い返してくれ」

「わかりました………えっ?」


 頷いたラピスの手を掴み、一気に引き寄せる。奴隷たちの中では身長も高く、出るところも出ている彼女だったが、抱き上げてみると驚くほど軽かった。そのままお姫様抱っこの形で抱きかかえると、ラピスが腕の中で蒼い瞳をまん丸と見開いていた。


「あの……ご主人様?」

「村人の夜這いなんか受けなくても、俺にはお前たちがいるからな。ラピス、これからすぐに伽の相手をしろ。島に戻るのはその後にな」

「……はい。わかりました」


 褐色の頰を真っ赤にして小さくなるラピスを抱え、ラーシャーンに繋がる扉を抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ