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35. 白鯨

35


 ニクス邸を訪問した翌日から河口の街であるラースへ移動した。行ったことがあるという猫獣族ワーキャットのナスタを案内に立て、10日ほどの旅だった。


 ラースは割と大きな街で、魚介類と真珠が特産の沿岸都市だ。特に真珠はここでしか取れない貴重なものらしい。市場も魚介類だけでなく、周辺の村から小麦や作物が集まっており、なかなかに盛況だった。


 しばらく街を見て回った後、港へ行き漁師たちにシクル島について聞いてみた。しかし、


「シクル島に行く? やめておけ」

「死にたいのか? にーちゃん」

「魚のエサになりたいというなら止めないがな」


などと散々な言われようだった。どうやらシクル島に行きたいのは狂人だけとみなされているようだ。


「シクル島かい。それならあっちの入り江にダークエルフのノンって男がいるから、そいつに聞いてみるといい」


 諦めかけていると、ドワーフの爺さんがそんなことを教えてくれた。丁寧に礼を言い、ラース銀貨をわたしておく。すぐにその入り江に向かい、船の手入れをしていた男に話しかけた。


「こんにちは。ノン様でしょうか」

「あぁ。そうだが、お前は?」

「商人のギルと申します」


 とりあえず偽名を名乗っておく。


「実はノン様がシクル島に向かうと聞きまして」

「シクルを仕入れたいのか。それは無理だ。これを見ろ」


 ノンは自らシャツをはだけ背中を見せてきた。そこには何やら象形文字のような焼印が押されている。おそらく奴隷を証明する烙印だろう。この男、誰かの奴隷らしい。


「俺はセルジルク・メフェトの奴隷だ。メフェト商会は知っているだろう? そこの当主様だよ」


 たしかメフェト商会というと王族御用達の商会で、この砂国では最も力を持つ商会だったはず。それの奴隷となると確かに交渉は難しそうだ。


「話だけでも聞かせていただけませんか?」

「下手なことをきかれても困るぜ」

「勿論です」


 そう言ってラース銀貨を一枚手渡した。男がそれを懐に入れるのを見てから、質問する。


「シクル島までどれくらいかかるのですか?」

「そうだな。明け方に出て日が落ちるまでにたどり着いていなければ、海の底だな」


 え、一日かよ。思ったよりも近いな。


「一日で着くのですか」

「そりゃあな。ここからじゃあ見えないが、天気がよければそこの山の頂上から島が見えるぜ」


 指差された先には、街のすぐ傍にある小高い丘があった。陸地から見えるというなら、確かにそんなに遠くはないな。


「おひとりで行くのですか?」

「今回は二人だな。一人1隻ずつで向かう」

「少し船を見せてもらってもいいですか?」

「それはかまわないが、今は積み込み前だから何も無いぞ」

「えぇ、どのような船でシクル島に向かうのか、ぜひ見てみたいもので」


 案内された先にあったのは、全長10mも無い小さな船が二隻だった。どちらも三角形の帆が一本あるだけの簡単なつくりである。許可を得て乗り込んでみると、荷物が載っていないからか結構広く感じたが、おそらく積載量はそんなに無いだろう。


「なぜ小型船で行くのでしょう。大型船で大量にシクルを持って帰ったほうが効率的なのでは?」

「そりゃあ白鯨に見つかるからだ」

「白鯨?」

「あぁ。海の魔物さ」


 なんだ、そのやばそうな名前の魔物は。


「昔、大船団でシクル島に渡ろうとした商人がいたそうだ。大金持ちの商人は大工と人夫を雇い30隻の大型船を建造し、一つの船に30人の漕ぎ手をのせてシクル島に向かった」

「その結果は……」

「白鯨にやられて全滅だよ。一人残らず食い殺されたらしい」


 それはなんというか。とんでもない話だな。


「小型船を使うのは、白鯨に船を流木だと勘違いさせて襲われないようにするためだ。まあそれでも別の魔物に襲われることもあるし、確実じゃあないが」


 なるほど。カモフラージュのためにこんな小さな船なのか。一応理由はあるようだ。


「小型船でさらに魔粉末を使えば、海の魔物にも白鯨にもどちらにも襲われないのでは?」

「魔物の核を撒くってか? そんなことをしてみろ、白鯨に位置を知らせるようなものだ。沖に出た瞬間、即餌食だぜ」


 だめらしい。なかなか手ごわいな。おそらく白鯨はかなり高ランクの魔物なのだろう。そうすると確かに下手な質の魔粉末では無意味だし、逆に見つかりやすくなると。


 それじゃあ確かに、小型船に乗って命がけで行くしかない。シクル島へ行くのが難しいわけだ。


「シクル島からはシクルを持って帰ると思うのですが、こちらからは何を持っていかれるのでしょうか」

「それはご主人が決めることだ。だが大体は綿織物、酒類、それに鉄製の農具だな」

「なるほど」


 言いながら、船の甲板から陸へと飛び移る。ノンの目の前まで歩み寄りさらに質問をした。


「島にはどれくらい人が住んでいるのでしょうか」

「どれくらい? 海辺の村しか行ったことないから知らないな」

「それではその村の大きさは?」

「普通の村くらいの規模だろ」


 となると100人くらいと考えておけば良いか。別の村があるかもしれないから、島全体ではもっと多いかもしれないが。


「住人はどのような連中でしたか?」

「種族は俺と同じダークエルフが多いな。だがそれよりも……」

「それよりも?」

「行けばわかる。あそこは楽園だぜ」


 男が顔を近づけ、小さくつぶやいてきた。どうやらナスタ達に聞こえないようにしたらしい。


「楽園ですか」

「あぁ。自分で海を渡る気がないんなら、知っても意味のないことだろうがよ」


 意味深なことを言うだけで、詳しくは教えてくれなかった。楽園か。砂糖があることと何か関係があるのかね。


 質問はそれで終わったのでノンに礼を述べ、銀貨をもう一枚渡してから別れた。


 シクル島については大体わかった。こちらから商品を持って海を渡り、それで砂糖を買い付けて戻ってくるだけの簡単な航海だ。しかし白鯨や他の魔物という危険があるため奴隷や罪人にさせているのだろう。


 確かに自ら行けば危険な航海になる。リース達を使うのも論外だ。ここは扉の管理者を使うことにしよう。


 先ほど船に乗り込んだ際、甲板に印をつけておいた。あの船がシクル島についたときを見計らって扉をつなげば、ノーリスクで上陸することができるはずだ。しばらくはナスタあたりをこの街に常駐させて、船が出航する時期を見張らせておくことにしよう。

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