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34. 訪問

34


 リース、アーシュと共に迎えの馬車に乗りニクス邸へと向かった。邸宅はラーシャーンの街に面する大きな湖をぐるりと回り、対岸近くまで行ったところにあった。大理石を建材に使った豪邸で、敷地はうちの数倍はありそうだ。湖に面したプライベートビーチのようなものも見える。


「リョウ殿。よくぞお越しくださいました」


 宝石商のニクスがその巨体を広げて迎えてくれた。左右にはずらりと、露出の高い衣装をきた女奴隷が並んでいる。人族や猫獣族ワーキャットはもちろん、ダークエルフ、ドワーフ、蛇人(ナーガ)蜥蜴族(リザードフォーク)もいた。年齢も様々で、上は初老といってもよいほどのおばさんから、どうみても幼女という娘もいる。まさに揺りかごから墓場までを地でいくストライクゾーンの広さだ。


「お招きいただきありがとうございます」

「いえいえ。ごゆるりとおくつろぎください」


 まずは豪華な応接間に案内された。先日のお茶の礼として、炒った麦から入れたという麦茶をご馳走してくれた。それと共に黒い粉がまぶされたパンが用意される。もしやと思い、質問してみた。


「これは何がまぶされているのですか?」

「シクルとよばれる魔法の粉です。ぜひ、ご賞味ください」


 これがシクルか。白くはないんだな。黒というよりは褐色だ。早速かじってみると懐かしい甘さが口の中に広がった。久しく味わっていなかった砂糖の甘さだ。


「とても甘くて美味しいですね」

「そうでしょう。私はこのシクルが大好物でございます。このシクルをまぶしたパンなど、日に10個は食べてしまうほどです」


 だからそんな体型なのかね。まあ、大量の砂糖を用意できるほどに金と権力を持っているということなのだろうが。


「このような物があるとは知りませんでした」

「シクルは大変美味なのですが、滅多に手に入りませんからな」

「確かに市場ではみかけませんでした。ニクス殿はどのように仕入れているのでしょう」

「ある筋からとしか言えませぬ。ご容赦ください」


 少し探りを入れてみたが、はぐらかされてしまった。まあ仕方ない。その後も雑談を続けていると、やがてニクスが本題を切り出してきた。


「そういえばリョウ殿、今日はどれほどの金貨をお持ちでしょうか?」

「とりあえず50枚ほどですね。今回はこれくらいで紹介していただければと思います」

「わかりました。それではいくつか品物をお目にかけましょう」


 ニクスが手をたたく。すると部屋に、装飾を身につけた見目麗しい女奴隷たちが入ってきた。全員が一糸纏わぬ裸であり、その艶かしい素肌には直接宝飾品を身につけている。


 後ろに控えるリースとアーシュが小さく息を呑むのがわかった。


「この真珠のネックレスはホル・アハ宝貨30枚で販売する予定です。またこちらの腕輪には金とルビーが使用されており、バンドにはラクダの革を使用して……」


 その後、ニクスから品物についての説明を受けた。同時に裸の女性たちが目の前にやってきては、自身の魅力と装飾品の両方を見せびらかしてきた。全員身体の一部に大きな焼印があったので、ニクスの奴隷なのだろう。


 最初は悪趣味かと思ったが、意外とそそるものがあるな。全裸に装飾品か。こんどリース達にもさせてみようかな。勿論、個人的に楽しむためにだが。


「いかがですかな」

「いや、どれも素晴らしいものです。奴隷達と合わせて楽しませていただきました」


 適当に褒めておくとニクスは気をよくしたようで、その巨体を大きく揺らした。


「私の奴隷たちはみな最高級の者たちですからな。女奴隷と宝石、この二つは美しいものに限ります」

「もちろんです。しかしここまで見せていただいてなんなのですが、金貨はホル・アハ宝貨と交換していただければ結構ですよ」

「おや。よろしいのですか?」


 少し拍子抜けといった調子だ。演技なのかどうかは判別できなかった。


「えぇ。まだしばらくこの街で活動しようと思っておりますので、商品買い付けのために現金が欲しいのです。北に戻る際には宝石類を仕入れて帰ろうと考えておりますので、またその時に商談させていただければ幸いです」

「そうですか。それならば金貨50枚を、そうですね……ホル・アハ宝貨150枚と交換いたしましょう」

「そんなによろしいのですか」


 ホル・アハ宝貨は金貨の半分ほどの価値で取引されていた。つまり金貨の価値は宝貨の2倍程度のはずだ。それを3倍で交換してくれるとは。


「もちろんです。もしも残りの金貨がありましたら、それらも同じレートで買い取ります。ぜひ金貨は私にお売り下さい」


 この男、見た目だけじゃなくて性格も太っ腹な男である。悪趣味な趣味さえなければもっと深く縁を結びたいんだがな。


「わかりました。もし金貨を処分する機会がありましたら、真っ先にニクス殿のところに持っていきましょう」

「ありがとうございます」


 ホル・アハ宝貨150枚を受け取る。さすがにホル・アハ宝貨の偽物は渡してこないだろうが、一応リースに渡す際、隠れて用意しておいたホル・アハ宝貨と見比べておいた。おそらくは大丈夫そうだ。



 取引も終わったので適当に雑談していると、話題が奴隷の話になっていく。


「しかしリョウ殿の奴隷たちはみな美しいですな。何よりこの辺りでは見ない種族のようだ」

「こちらのリースが犬獣族ワードッグ、こちらのアーシュがエルフでございます。どちらも大森林とよばれる地域の出身ですな」

「犬獣族の奴隷もすばらしい美貌を持っているが、真っ白な肌のエルフというものは珍しい。とても羨ましい」


 ニクスが舐めるように二人を見つめてくる。二人はその視線を、愛想笑い一つすることなく無表情に受け流していた。


「ありがとうございます。しかしニクス殿の奴隷らには及びませんよ」


 なにしろリース級の美人がこの部屋だけで10人近くいる。他にもいるとすれば、相当な数を囲っていることになるぞ。まったくうらやましい。


「そうだ。リョウ殿にはぜひ、私の自慢の部屋をご覧いただきたい」

「えっ?」

「リョウ殿ならば必ず気にいっていただけると思います。どうぞこちらです」


 そう言って、ニクスが立ち上がった。返事をする間もなく奴隷たちに支えられながら部屋を出ていく。


「こちらにどうぞ」


 近づいてきた猫獣族ワーキャットの奴隷に案内され、ニクスの後を追った。


 向かった先は大理石で造られた離れだった。厳重に施錠されたドアを開いて内に入り廊下をしばらく進むと、奇妙な大部屋にたどり着いた。ど真ん中に巨大なベッドが置いてあり、周辺には溢れんばかりの宝貨や銀貨、金塊や宝石類が散乱している悪趣味な部屋だ。


 しかしそれら貴金属よりも目を引いたのは、埋もれるようにして散らばる様々な形状の棒や鞭、そして部屋中に設置された磔台や拘束椅子などの器具だった。それらの用具はあきらかに使用用途がアレな感じだ。三角木馬とか、実物を見たのは初めてだ。


 見た瞬間にこの部屋の用途を悟った。まったく、これはひどい。


「ここに宝飾品を身につけさせた女奴隷を集め、財宝と一緒に一晩中愛でるのです。宝石とお金に囲まれて抱く女は最高ですよ」


 これまでも感じていたが、この男随分といい趣味をしてやがる。やっぱり知り合いにはなりたくないな、これは。


「それは、聞いただけで興奮してしまいますね。私もこんな部屋をつくってみたいものです」

「そうでしょう。リョウ殿にならわかっていただけると思いましたよ。はっはっは!」


 俺、同類だと思われていたのか。リースとアーシュよ、お前たちもそんな眼で見るんじゃない。話を合わせているだけなんだから。


「それではどうでしょう。奴隷交換の件、もう一度考えていただけませんか? そこの二人がこの部屋でよがる姿を想像してください。なかなかに燃えるでしょう?」


 想像するだけで吐き気がしてしまった。残念ながら、俺にはネトラレ属性は無いのだよ。しつこいな、この男も。


「ありがたい話ですが、今日のところは遠慮しておきます」

「そうですか……それは残念です。気が変わりましたらいつでもお待ちしておりますよ」





 商談を終え、ニクスと奴隷たちに見送られ屋敷を出る。帰り道の馬車の中で、リースとアーシュはずっと目を閉じたまま押し黙っていた。どうにも居心地の悪い空気だったがどうしようもない。ようやく屋敷にたどり着き、広間で一息つく。


「ご主人様。お茶でございますぅ」

「ありがとう。サラ」


 優しい笑顔で給仕してくれるサラ。純朴で優しい笑顔にとても癒される。角を撫でてやろう。


「さて。リース、アーシュ。どうだった?」


 そう聞くと、まずはアーシュが呆れた様子で答えた。


「あのような悪趣味な人間がいるとは、やはり世界は広いのだと思い知りました。ご主人様はお気づきになられなかったかもしれませんが、後ろに控えていた奴隷の中には身体を欠損しているものもおりました」

「欠損?」

「はい。指や腕ならましです。耳の一部を切り取られた獣猫族ワーキャットに両目を失ったダークエルフ、両足のないドワーフも見かけました。しかもそれらは綺麗に身支度されていましたので、おそらく使用・・されているのでしょう。まったく、信じられません」

「本当か」


 たしかに拷問器具一式はあの悪趣味部屋にあったが、アーシュの言うように奴隷をもてあそんでいるのだとしたら、相当に胸糞悪い話だな。


 続けてリースも言ってくる。


「取引内容自体は適切だったと思います。提示された宝石類も見る限り本物に見えました。しかしアーシュも言っているように、人として気分の良い方では無かったですね」


 まあ、そうなるよな。後半の二人は怒りを隠そうとしているのがわかって、俺のほうがつらかったし。


「それにご主人様の物であるこの身体に触れてきたときには、一瞬我を失ってしまうところでした。私もまだまだ未熟者です」


 リースがはき捨てるように言う。いや、待て。いま聞き捨てならないことを言ったぞ。


 触られた、だと?


「リースもですか? 私も触られました。あの悪趣味な部屋を紹介されているときです」

「二人ともどこを触られたんだ?」

「私は首筋です。耳も触られそうになりましたが、それとなく避けました」

「私は右腕だけでしたが、とても不快でしたね」


 リースは首筋、アーシュは右腕を触られたようだ。


「二人とも、こっちにこい」


 二人を呼び寄せ、そのまま膝の上に載せる。そして触られたという箇所を、何度も何度もさすってやった。


「……ご主人様、光栄でございます」

「ありがとうございます」


 二人が感謝の言葉を言ってくるが、そんなものは不要だ。俺の可愛いリースとアーシュを視姦するだけでは飽き足らず、汚らわしい手で触りやがったのか。


 少し方針変更だな。あの男とはできるだけ早く手を切ることにしよう。見られるだけなら我慢してきたが、実際に他人の所有物に手を出してくるのはいただけない。こちらにメリットのありすぎる取引も下心からか。少なくとも信用するに当たらないな。


「人の奴隷に手を出した場合、西方諸国ではどうなるんだ?」

「どれほどの行為かによります。たとえば強姦された場合には、主人には犯人の腕を奪う権利が発生します」

「そうか。それなら、あいつは二人に手を出したから、両腕を落としてやるくらいは必要か」

「いえ……あの、触れたくらいならもっと軽い罰だと思いますが」


 呆れた表情で言ってくるアーシュ。しかしリースのほうは当然だという様子でうなずいていた。


「今回の取引は悪くないものだった。まだまだ利用してもよかったがやめておこう。あの男にはいずれ報いを受けてもらう。ナスタの件もあるしな」

「承知いたしました」

「ありがとうございます」


 礼を言ってくる二人の頭をなでながら、今後のことに考えをめぐらす。まあ実際のところ、今すぐ動けるわけでもない。ゆっくり機を待つか。

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