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33. 商談

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 次の日の午前中、ランカスター商会との取引に使っている倉庫の一画で商人バフトットと対面していた。テーブルの上に広げているのは先日仕入れた綿織物だ。


「このあたりでは見かけない素材ですね」


 綿織物を手にとったバフトットは珍しく感心した様子で言った。様々な色で染色された布地を触ったり引っ張ってみたり色々と試している。


「木綿という植物から作られた布です」

「植物性なのですか。麻とはまったく違う、むしろ羊毛に近い」

「やはり綿製品はこの辺りではみかけないのですか?」

「そうですね。恥ずかしながら初めて拝見しました。このような艶やかな柄もこのあたりでは見ないものです」


 バフトットが知らないとなると、やはり綿織物はこちらでは広まっていないようだ。


「東方から伝わる絹は高級品として有名ですが、これはそれともまったく異なる。どこで仕入れたものなのですか?」

「ラーシャーン砂国ですね。あのあたりでは割と一般的のようですが」

「砂国……大砂漠ですか。それはまた遠方ですね」


 バフトットにラーシャーン砂国の産出品について聞くと、やはり宝石くらいしか知られていないらしい。綿織物が西方諸国で広まっていない理由として、バフトットは次のように考察した。


「おそらく帝都あたりまで伝わっているのでしょうが、羊毛と似たような感触ですので混同されたのかもしれません。それに織物の高級品にはすでに東方由来の絹がありますので、帝国でもあまり流行らなかったのでしょう」

「それならブルーレンで売りさばくのは難しいですかね」

「いえ。肌触りは良好ですし、なによりこれほど華やかな布地は見たことが無い。間違いなく売れますよ」

「華やかなほうがいいですか」

「あまり見ない色柄や文様のほうが売り込みやすいかと」

「わかりました。今回はこの木箱で4個ほど用意したのですが、そうですね。金貨10枚ほどでいかがでしょう」


 どうせ価値がわからないようなので、割と吹っかけてみた。元値の10倍だ。とりあえず大きく出ておいて、後から値段を下げていこう。


「その値段でいただきましょう」

「えっ?」


 と思ったら、言い値で即決された。予想外の答えに思わず声が出てしまう。バフトットはさっさと金貨を取り出し、袋につめて渡してきた。


「今回は言い値でお買いします。次の取引までには販売する筋に見当をつけてきますので、その際に改めて値段交渉いたしましょう」


 あぁ、なるほど。バフトットお得意の先物買いか。あいかわらず思い切りの良い奴だ。


「わかりました。それでは必要になりましたらお知らせください。手配いたします」

「よろしくお願いします」


 元値金貨1枚が10倍になってしまった。もしバフトットが西方諸国で綿織物を売りさばくルートを開発すれば、結構いい儲けになるかもしれないな。


「それとバフトットさん。もう一つ儲け話があるのですが」

「はい。なんでしょう」


 すぐに嬉しそうな笑顔で身を乗り出してくる妖精猫族ケットシー。この男は本当に儲け話が大好きだな。


「砂糖というものをご存知ですか?」

「砂糖……いえ、わかりません。商品の名前ですか?」


 やはり砂糖を知らないのか。


「砂国にあるというとても甘い魔法の粉です。例えるならば、蜂蜜よりも甘い塩のようなものでしょうか」

「それは……想像を絶しますな」


 甘い塩と聞いて、バフトットは微妙そうな表情をみせた。たとえが悪かったか? まあいいや。


「この砂糖というものは砂国でも王侯貴族しか口にできないらしく、まだ仕入れることができていません。しかしもし仕入れることができましたら、ぜひ西方諸国の上流階級に売りつけたいのですが、どうでしょうか」

「その砂糖というものを実際に見てみないことにはなんとも……しかし粉ということは直接食べるものではなく、塩や香辛料のようなものと考えてよいですか?」

「えぇ。料理に使っても良いですし、パンなどにまぶしても美味でしょう」


 バフトットが眉をひそめて考え込み始めた。猫ひげをいじりながら考え込む姿は、なかなかユーモラスで愛嬌がある。


「結論から言うと、間違いなく売れると思います」

「そうですか」


 まあ、そりゃそうだろうな。


「もしもそのような商品を大量に輸入できれば、ブルーレンを支配することも可能でしょう」

「はい?」


 支配? 何言ってんだ、こいつ。


「えっと、どういうことでしょう?」

「いえ、皮算用ですので聞き流してください」


 一瞬真顔だったバフトットだったが、今はいつもの胡散臭い笑顔に戻っていた。しかし今の発言はとても気になる。


「詳しく教えてください」

「その砂糖というものが想像通りのものならば、という意味です。しかしまずは実物の砂糖が見てみたい。輸入できる目処がつきましたら、またお話ししましょう」

「……そうですか」

「それとお願いなのですが、その砂糖を使った料理なども一緒に調べておいてくれませんか? 使い道の例があったほうが売り込みもしやすいので」


 なるほど、料理か。たしかに実際に甘い菓子類を振舞ったほうがわかりやすい。


「わかりました。それでは料理についても調べておきます。もし仕入れることができましたら、また連絡いたします」

「よろしくおねがいします」


 しかし砂糖があればブルーレンを支配できるか。どういうつもりか知らんがこの男、やはり得体の知れない男だな。



「ご主人様。すでにニクス様の馬車が到着しておりますぅ」


 ブルーレンから戻ると、倉庫でサラが待ち構えていた。すでに宝石商ニクスの迎えの馬車がやってきているそうだ。午後からと言っていたのに、正午を回る前には到着したらしい。とりあえず待たせておいて身支度を済ませるか。


「そうか。こちらは準備できているか?」

「リースとアーシュは身支度を終えて屋敷で待機しております。あとはご主人様だけですぅ」


 今回はリースとアーシュの二人を連れて行くことにしていた。冷静で礼儀正しい二人なら何かあっても大事にはならないだろう。問題はあのデブに二人を視姦されてしまうことだが、それくらいは仕方ない。しゃくだが我慢しよう。


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