31. 宝石商
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ミラージュ商会のニクスは、見目麗しい女性達を御付きに連れてやってきた。しかしその美女よりも目を引いたのはニクスという男の体型だ。見上げるほどの巨体に贅肉を重ね、どこが首なのかもわからないダルマのような姿だったのだ。
ニクスがその大きな身体を震わせて挨拶をしてくる。
「宝石商人をしております、ニクスと申します。以後お見知りおきを」
「リョウでございます。どうぞお座りください」
「失礼します」
ニクスがゆっくりとした動作で腰を下ろすと、応接間のソファーがみしみしと音を立てて軋んだ。買ったばかりなのでできれば壊さないでほしい。
「突然の訪問をお許しください。北からやってきた行商人がいると聞いて、いてもたっても居られなくなりまして。ぜひリョウ殿に私の願いを聞いていただきたく参りました」
「どのような願いでしょう」
「実はリョウ殿が持っている北の金貨を売っていただきたいのです」
金貨を売る? 両替をするんじゃなくてか?
「それはまた、どうしてでしょう」
「ご存知かもしれませんが、この国では金が大変貴重です。北の国に存在するという金を産み出す鉱山というものは、この辺りでは一つも見つかっていません。唯一ラーシャーン川の上流で採れる砂金だけがこの国の金資源として知られています」
なるほど。それでこの国の最高額貨幣は金貨ではなく、ヒスイを使ったホル・アハ宝貨なのか。金の産出量が少なすぎるので通貨に使用できないと。
「つまり、金貨というよりは金がほしいということですね」
「その通りでございます。金を使用した装飾品は最高級なものとして王侯貴族に愛用されております。ゆえに宝石商の私としましてはまとまった金を確保しておきたい」
金貨ならば西方諸国での取引で手に入るし、こっちで取引するのにもラーシャーンの貨幣の方が面倒は少ない。高い比率で交換してくれるというならば丁度いいな。
「金貨1枚につき、どれほどの値段で買い取っていただけるのでしょう」
「それなのですが今回はホル・アハ宝貨ではなく、当商会の商品を買っていただくというのはいかがでしょうか」
「商品というと、宝石類ですか」
「その通りです。ダイヤや真珠を使った宝飾品を一通り揃えております」
「それなら、実際に見てみないと価値がわかりませんな」
まあ、実際に見てもよくわからないかもしれないが。
「はい。ですから明日にでも私の屋敷にお越しください。商品を用意しておきます。私個人のコレクションをご覧に入れますので、それから買い付けてもらってもかまいません」
「なるほど」
最初見た目に惑わされたが、意外とまともな取引に拍子抜けだ。懸案だった宝石類を仕入れるルートになりそうだし、なかなかいい話が舞い込んできた。
ただ唯一、宝飾品の価値を判断できるかどうかが問題になりそうだが。
「もし気に入ったものが無ければホル・アハ宝貨と交換でもよろしいですか?」
「もちろんでございます」
「それなら承知いたしました。明日、いくらか金貨を用意して伺います」
「おぉ、ありがとうございます。それでは明日の午後に迎えをよこしましょう」
話は決まったのでそのまま応接室で雑談を続けていると、サラがお茶とお茶菓子を人数分用意して持ってきてくれた。このお茶は帝都で買った東方由来の高級茶である。
「これは……変わった味ですね。麦茶とはまた違う味わいだ」
ニクスはカップに注がれたお茶を口に含むと、感心した様子で呟いた。どうやら茶は飲んだことが無いらしい。
「こちらには茶が伝わっていないのですね」
「そうですね、初めて飲みました。北の国々のものでしょうか」
「いえ。これはクー国とよばれる東方国のものですね。北の国からさらに東へ向った先にある国です」
「それは、想像を絶する遠さですな……しかしこのお茶というものは随分と渋い。シクルを入れるとましになるのかもしれませんが……」
シクル? なんのことだろう。
「その――」
「しかしリョウ殿は素晴らしい奴隷をお持ちのようだ」
質問しようかと口を開きかけたが、先にニクスが言ってきた。意地悪そうな瞳を後ろにはべるロルとアーシュに向けながらの発言だ。
「ありがとうございます。ニクス殿も素晴らしいものをお持ちのようで」
ニクスも数人の奴隷たちを連れてきていたが、どれもロルとアーシュに負けないほどの美人だった。褐色の獣猫族にダークエルフ、白い肌のドワーフや、さらに珍しいものだと腕のあたりに鱗を持った獣人もいた。
「わかりますか? 私は奴隷にはこだわっておりまして。特にこの娘は最近手に入れた蛇人と呼ばれる少数民族なのですが、なかなかよい具合なので愛用しております」
そう言ってニクスは蛇人の少女を抱き寄せた。なんの具合が良いのかと思っていたら、ニクスは少女の股間に手をやり、もぞもぞと動かし始めた。その動きに合わせて少女が顔を赤くしてあえぎ声を上げる。
シモネタかよ……奴隷自慢はかまわんが、実際に目の前でいじるのはやめてほしい。後ろではロルとかも見ているんですよ。
「そうですか。それは羨ましいですな」
適当に返しておくと、ニクスが娘から手を離し、その指を匂いながら言ってくる。
「えぇ。見たところ、リョウ殿とは奴隷の趣味も合いそうだ。よければ明日まで奴隷を交換して、お互い楽しんでみるというのはいかがですかな? 新鮮な奉仕が楽しめますし、自分の奴隷が他人に使われているというのも中々に興奮するものです」
その発想は無かった。天才か、こいつ。まあ無理だけど。
「大変光栄なのですが、遠慮しておきます。奴隷達はみなよくやってくれており、私は十分に満足しておりますので」
そう答えると、ニクスがやれやれと言った様子で息を吐く。
「それは残念です。気が向いたらぜひお声をかけてください。それでは今日のところは失礼いたします。明日の午後に迎えの馬車をやりますので、ぜひご自慢の奴隷と一緒にお越しください」
「わかりました」
屋敷を出るニクスを玄関まで見送り、その後は応接間に戻ってソファーに身を放り投げた。これ見よがしに大きくため息をつく。
「やれやれ、なかなかに下衆な男だったな」
ため息と一緒に独り言をつぶやくと、リース達が少し怒ったような表情でこちらをみつめていることに気がついた。なんか変なこと言ったか?
と思ったら、リースがすぐに頭を下げてきた。
「奴隷交換の件、断っていただきありがとうございました」
「ん、あぁ。お前らも嫌だろ? あんな奴に玩具にされるなんて」
「ぜったいにイヤ!」
ロルが舌を出してげんなりとしてみせる。姉妹は共に両手を組みながら、いかにあの男が気持ちが悪かったかを言い合っていた。その横でサラとアーシュも、嫌悪感をあらわに言う。
「もしあんな主人に買われていたらと思うとぉ、ぞっとしてしまいます」
「これからもご主人様に満足し続けていただけるよう、努力していきたいと思います」
よく調教の行き届いた奴隷たちである。新入り達もまだ一夜しか相手をさせていないが、リース達の意見に同意しているようだった。
しかしただ一人、猫獣族のナスタだけが下を向き、顔を青くしていた。
「ナスタ。どうした?」
「……いえ、あの」
なに。もしかして、あのデブのほうが俺よりも好みとか? とか思っていたら、ナスタがキッと真剣な表情を向けてきた。
「私の父は、あのニクスという男に殺されました」