30. 綿織物
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屋敷の片付けが一段落したところで、新加入の三人をブルーレンのアモスさんのところに連れて行くことにした。その為に久しぶりに能力を発動すると、ポイントはすでに150,000ポイントほど貯まっていた。ブルーレンの市場の扉に加え、サラと一緒に設置した帝都の扉もしっかり機能しているようだ。
ラーシャーンとブルーレンとの距離は2,000kmほどだったので、1kmごとに50ポイント使用する扉(小)を設置しようとすると使用ポイントは約100,000だ。これからはラーシャーンの屋敷を本拠にする予定なので、西方諸国へのメイン扉とするために、今回はこの大きさを設置することにした。
倉庫の壁の一部に印をつけ、片開きのドアほどの大きさの扉が開く。ブルーレンの拠点の地下とラーシャーンの倉庫が繋がり、新入り三人とともにブルーレンへと移動した。
「ここは……?」
ナスタが赤毛の中から伸びる猫耳をぴくぴくとさせながら、扉をくぐった先の地下室を見渡していた。しかし何が起きたのかは、まったく理解できていない様子だ。一応説明はしていたんだが、やはり聞いただけでは難しいようなので、そのまま一階に上がり、窓を開けて街の様子を見せてやる。
「見たことがない街です……」
「ここはブルーレンだ。ラーシャーンからだと、半年は旅をしないと辿り着けない場所だな」
「……すごいです」
「こ、これがご主人様の御力……」
アンもラピスも素直に驚いてくれていたので、とても満足である。
◆
「これはリョウ殿。お久しぶりです」
「アモスさん、いつもリース達がお世話になっております」
久しぶりに会ったアモスはあごひげを生やし始めたようで、以前より威厳ある雰囲気になっていた。しかし人のよさそうな笑顔は前と同じだ。
「今回新しく奴隷を三人雇いまして、つきましてはいつものようにリースたちと同じ教育を施して欲しいのですが」
「はい。勿論歓迎しますよ。ですが……」
アモスが少し困った様子で頰をかく。
「実はリョウ殿以外からも子供を預かることが多くなり、この屋敷が手狭になってきました。もう少し待っていただければ郊外の屋敷を改築し終えるのですが」
「改築ですか」
アモスはほぼ無給でこの孤児や奴隷を預かって教えるという活動を行っている。それなのに新しい教室を作ろうとしているらしい。
「お金の方は大丈夫だったのですか?」
「はい。少し借金をしてしまいましたが、これで皆のびのびと学べるようになりますよ」
アモスの表情が生き生きとしている。借金をしようがなんだろうが、とにかく子供に教えることが楽しくて仕方がないようだ。相変わらず奇特な人である。
「それは素晴らしいことです。ぜひ力添えさせていただきたいのですが、今は少し手持ちが少ないもので」
「いえ、リョウ殿にはたくさんのお代を頂いておりますので。大変助かっております」
「それならこれから預ける奴隷が増えることですし、支払う金額を月金貨2枚に増やしましょう」
「それは助かりますが、よろしいのですか?」
「勿論です。それではナスタ達は改築が終わりましたら通わせます」
そういうと、アモスは立ち上がり握手を求めてきた。
「リョウ殿、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ助かっております。それではまた後日」
握手に応じておいてから、アモスの屋敷を後にした。
◆
次の日はロルを連れてヒエル商会のネフェルを訪ねた。この砂国で取引されている品物を調べることが目的だ。小麦やたまねぎなどの野菜、ヤギやラクダの肉や革に毛織物、鮮魚でない魚類、金属類、木材などの話のほか、噂の宝石類についても教えてくれた。
「この辺りでとれる宝石にはダイヤ、アメジスト、ヒスイ、真珠などがあります。真珠以外はラーシャーン川を遡った先の宝石鉱山でとれますし、真珠はラーシャーン川を下った先のラース河口でとれます。特にヒスイはホル・アハ宝貨の原料ですので、とても高値で取引されております」
この国の最高通貨であるホル・アハ宝貨はヒスイを加工したもので、緑色をした美しい貨幣だ。そのためヒスイはラーシャーン砂国で最も高級な品物の一つだった。
「それらを買い付けることはできますか?」
「できないことは無いでしょうが、私はあまりコネを持っていないのでどうしてもお高くなってしまいますね」
「そうですか」
予想していたことだが、やはり宝石類はこの国でも高級品らしい。小麦やラクダ製品じゃああまりブルーレンで高く売れるとは思えないし、どうするか。
「リョウ殿は北へ持ち帰る商品をお探しなのですか?」
「はい。砂国では宝石類が多く採れると聞いていたのですが、少し当てが外れてしまいました」
「それなら良いものがありますよ。少し輸送が難しいかもしれませんが、こちらはいかがでしょう」
そう言ってネフェルが取り出したのは鮮やかに染色された布地だった。さらさらとした肌触りで、どこか懐かしい感触だ。
「これは?」
「木綿とよばれる繊維でつくられた織物です」
木綿って……要するに綿、コットンか。
「木綿はここから南西に広がる氾濫原で小麦とともに得られます。例えば私の着ている服はこの綿織物を使って仕立てられています」
ネフェルが腕を差し出してくる。身に着けている長袖の衣服は、たしかに赤と紺に染色されたあでやかなものだ。このように彩色された衣服はラーシャーンに来てからよく見かけていたが、なるほど木綿製品だったのか。
「この綿織物は砂国では一般的なのですが、北から来られる方々には珍しいようですな」
よくわからないが西方諸国では珍しいそうである。確かにブルーレンではあまり見ない柄ではあるが……
「輸送が難しいというのは?」
「綿織物は鮮やかな染色が特徴です。しかし水をかぶってしまうと色あせてしまい、生地も縮んでしまいます。前にタタールから来た商人はそのことを話すと、それじゃあ雨季が越えられないだろうと言っていました」
雨季か。たしかタタールでは三か月間ずっと雨に降られ続けるといっていたし、輸送するならその時期を避ける必要がある。それならば宝石類でも満載して帰ったほうが、輸送しやすいし儲かるということか。
しかしまあ、俺には関係ない話だな。
「良さそうなものですね。興味が湧いてきました。金貨1枚でどれくらい買えますか?」
「そうですね。ユーチラス金貨ならば木箱4個でいかがでしょうか」
実際に木綿の入った木箱を見せられる。それは両手で抱えられる程度の大きさで、重さは5kgぐらいだろうか。とりあえず買ってみてバフトットに見せてみよう。
「それでは、とりあえず4箱いただくことにしましょう」
「ありがとうございます。よろしければ邸宅まで届けておきますが」
「では、お願いいたします。入り口の門まで運んでくだされば、あとは奴隷がやりますので」
「かしこまりました」
結局ネフェルからは金貨一枚で綿織物を木箱4個仕入れた。重さでいうと20kgほどか。布は単位がよくわからんな。
◆
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
屋敷に帰ると、たまたま玄関に居たらしいリースとナスタが出迎えてくれた。犬耳と猫耳の美少女がそろって頭を下げる姿はとてもいいものだ。
「これから屋敷に木箱が届くから、受け取って倉庫に運び入れておけ。それとリース、バフトットに連絡を取ってくれ。商談があるから近々会いたいとな」
「かしこまりました。手配しておきます」
指示を出しておいて自分は部屋に戻って休むことにした。空いている部屋が大量にあったので迷ってしまったが、中庭を見下ろせる二階の一室に決めた。適当に椅子を持ってきて、ぼんやりと中庭の木々を眺めながら腰をおろす。
この屋敷はなかなか良い買い物だった。部屋の数が多いから奴隷全員に個室を与えることができるし、中庭には水場も木々もある。井戸も多くあるし、砂漠の国であることを忘れてしまうような快適さだった。
さらに先日気づいたのだが風呂場もあった。ただし風呂場といっても、よく知っているような浴槽にお湯を張るタイプではない。陶器のタイルによって防水された小部屋で、水を持ち込んで身体を洗うのが目的の部屋だ。
これまではリース達に日替わりで身体を拭いてもらっていたのだが、これからは毎日彼女たちと一緒に水浴びができる。それは目くるめく魅惑の時間である。リースの張りのあるそれは素晴らしいし、ロルの成長途上のそれはとても可愛らしい。サラの抱えきれないほどのそれは最高だし、アーシュの形のよいそれも大好きだ。さらに新しい奴隷三人も、それぞれ異なる趣が……
「ご主人様」
「んぁ!」
突然声をかけられて、飛び起きてしまった。みるとリースがきょとんとした顔で、椅子に座る俺を見下ろしていた。
「な、なんだ?」
「お休み中に申し訳ございません。お客様が見えているのですが」
「客? 誰だ」
「ミラージュ商会のニクスという方です。お話ししたいことがあると」
知らないな。何の用事だろう。そもそもこの屋敷を買って数日しか経っていないのに訪ねてくる奴なんて……
嫌な予感もするが、会ってみないことには何も分からないか。
「どうされますか?」
「まあ、話くらい聞いてみるか。応接間はもう片付いているのか?」
「はい。家具や茶器もそろえております」
「それじゃあ応接間に通してくれ。それとお茶の用意を。部屋にはロルとアーシュを帯剣させて立たせておけ」
「かしこまりました」
リースに指示を出しておき、自身は先に応接間へ移動した。