3. 小麦峠
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次の日。少し悩んだが、隣国バランの都市ミクリアに向かうことにした。宿屋の親父にはしばらく滞在すると嘘をついて、料金を先払いしておく。その際少し出てくるが、荷物を置いてあるので部屋には入らないでくれと頼むと、親父は無言で頷いてくれた。
適当にパンと水、そして小麦を少しだけ買い、朝から出発した。門を出るとしばらくは平坦な土の道がつづいたが、すぐに険しい山道へと変化していった。俺は荷物が少ないからマシだが、大量の小麦を持って歩くとなるとかなり大変そうだ。
ひたすら山道を進み続けると、夕方には小麦峠の関所に辿り着いた。一日歩き詰めてガクガクの脚に活を入れ、門兵の前に向かう。
「商人か?」
「はい。小麦をミクリアに行商しようと思いまして」
「そうか。荷物を見せてみろ」
「えっと、この小麦以外には、旅の道具しか持っていません。パンに水筒、毛布……」
「いいから、開けてみせろ」
持ち物を無理やり広げられた。転がり出てきた護身用のナイフに少しあせってしまったが、普通にスルーされた。この世界では不審物ではないらしい。まあそりゃそうか。
しかしなかなか荷物の検査が終わらない。びくびくして待っていたのだが、しばらくしてようやく気がついた。
これは、もしかして賄賂を要求されているのでは?
すぐに銀貨一枚を取り出し、男に差し出す。
「荷物が無いと無一文になってしまいます。なにとぞ、これでお許しください」
すると先ほどまで荷物を漁っていた男が、ひょいと銀貨を取り上げた。
「いいだろう。行け」
「ありがとうございます」
色々と検められたが、結局何の問題も無かったようだ。本当に賄賂を求めていただけとは、日本じゃあ考えられない話だな。
関所の先は広場になっていて、10人程が野営の準備していた。関所の目の前なので安全なのだろう。自分も買っておいた毛布を取り出し、適当な樹の下でそれにくるまった。
しかしここまで盗賊はおろか魔物一匹にも出会っていない。少し歩けば戦闘になるゲームとは違うようだ。しっかり治安が維持されているということかもしれないが、少し拍子抜けである。
寝ている最中、『扉』を使って宿に戻ればいいじゃないかと思いついた。しかし宿まで扉を繋ぐと70ポイントも使ってしまうので諦めた。時間経過で少し回復して、現在120ポイントほどあるが、この回復具合ではここでつかってしまうとミクリアにたどり着いてから扉をつなげなくなってしまう。
しかたなく毛布をかぶって再び目を閉じた。
◆
次の日の夕刻、ようやくミクリアにたどり着いた。関所からの山道は初日よりもさらに険しい峠道で、少なくとも俺には荷物を担いで戻る自信はない。見通しも悪く、いつ魔物が出てくるかとびくびくした。結局は同じような行商人としかすれ違わなかったが。
「商人か。売り物は?」
「小麦を少々でございます」
「それなら通行料は銀貨1枚だ」
ミクリアの城門では通行料を要求された。これで峠の関所と合わせて、銀貨2枚分支払ったことになる。宿二日分と考えると、結構痛い。
まあそれはともかく、ミクリアには辿り着いた。思ったよりも近かった気もするが、それは俺がほぼ手ぶらだったからだろう。途中に出会った商人たちは、皆とんでもない量の小麦を担いで山道を進んでいた。あんな芸当は俺にはとても無理だ。
とりあえず、門番に小麦のことを聞いてみるか。
「すいません。小麦の売り買いをしている商店の場所を教えていただきたいのですが」
同時に小銀貨を1枚渡すと、男はニヤリと笑顔を浮かべて答えてくれた。
「小麦か? 最近はそればかりだな。商店ならいくつかあるが、一番大きいのはバラン商会だ。この門をまっすぐ行った広場に荷揚げ場があるからそこに行け」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう」
荒々しい見かけによらず、男は丁寧に答えてくれた。やはり賄賂は大事らしい。
バラン商会は確かに大きな店だった。多くの人がいて少し戸惑ってしまったが、見習いのような少年を捕まえて、小麦の売買価格について質問してみた。すると麦袋一つ30kgほどが銀貨10枚で売買されていることがわかった。
出発する前に調べたオセチアでの相場は、一袋で銀貨3枚だったはず。3倍で売れるというのはなかなかうまそうだ。
とりあえず宿を取り、部屋に入って扉の能力を起動し、オセチアの宿に設置しておいた印とこの部屋を扉でつなぐことにした。
使用するポイントは130ポイント。これは残りポイントほぼ全部だ。時間回復では、1時間に1ポイントずつ回復することがわかっているから、5日分である。結構な量だが、作らない選択肢は無い。
扉を作成するとすぐに移動してみた。扉といってもドアはついていないし、しゃがまないと入れない小さな穴ではあるのだが、ちゃんとオセチアの宿につながっていた。二日かけて移動したのがバカらしくなるほどに、何の達成感も無くオセチアの宿に戻ってきた。
これからこの扉を用いて、二つの都市の間で小麦を売買する。普通にやれば30kgを担いで二日かけて峠を越えないといけないし、通行税も支払わなければならない。さらに賄賂も必要になるだろう。
それらを全部とっぱらって、宿代だけで輸送できてしまう。労力的にも費用的にも圧倒的に安上がりだ。この能力、思ったよりも便利かもしれないな。