28. 砂国
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岩石と砂が続く岩石地帯をひたすら南下した。どれだけ進んでも変わらない茶色い風景と時折襲い掛かってくる魔物を皆で撃退し続けて一ヶ月。ようやく岩石砂漠が終わり、細かい砂ばかりの砂砂漠にたどり着いた。
そこからもひたすら真南に一ヶ月ほど進み続け、ようやくギド爺さんが言っていた大きな川にたどり着いた。そこからはその川に沿って進むと、ようやくラーシャーン砂国に到着した。ギドの村を出発してから実に三ヶ月近く経過していた。
ラーシャーン砂国の首都ラーシャーンは砂漠に囲まれてはいたが、大きな湖に面しているためか思ったよりも緑が多かった。途中の川沿いにはいくつも麦畑があったし、種類がよくわからないが様々な作物も栽培されていた。通りを歩く人々は色とりどり染色された服を着ているし、文化レベルも西方諸国と比べて遜色がないように見えた。
ラーシャーンには街を守る城壁も無く、自由に入国することができたので、早速ギド爺さんの古い知り合いらしいネフェルという商人を訪ねることにした。
◆
「ギドの紹介状ですか。いや、懐かしい。ギドは元気ですか?」
ネフェルは猫獣族の男だった。大きめの猫耳と細い灰色の尻尾以外は、普通のダンディーなおじさんである。どうもギド爺さんが若い頃にラーシャーンを訪れた際の知り合いらしく、ギドの名前を出して手紙を渡すと、とても懐かしそうに目元を緩ませていた。
「はい。ネフェルの小僧をよろしく頼むと何度も言われました」
「あはは! ギドさんは楽しい方でしたな。あの方の友人ならばリョウ殿も私の友人です。ようこそラーシャーン砂国へ。こちらにはしばらく滞在されるのですか?」
「えぇ。ゆっくり砂国を見物しながら仕入れる商品を考える予定です。そのためしばらくの間拠点とする物件を探しておりまして。できれば倉庫も備え付けてある大きめの屋敷がよいのですが」
「それならいい物件があります。すぐに案内しましょう」
ネフェルに紹介された物件はなかなかの豪邸だった。中心部から離れた郊外にあるものの、数十の部屋を持つ二階建て母屋に加え、井戸や倉庫、ラクダをつなぐ小屋も設置されており、敷地の周囲は日干し煉瓦の塀で囲まれていた。近くの川から水も引かれていて、少し荒れてはいるものの中庭もある。
話を聞けば最近まで栄えていた商家が破産して差し押さえられたもので、高価な調度品は持っていかれているが、最低限の家具はそろっているとのことだ。
これはいい。ナイスな物件だ。
「この物件ですがホル・アハ宝貨300枚でいかがでしょう」
「申し訳ありません。こちらには着いたばかりで、ユーチラス金貨しか持っていないのですが」
そう言ってユーチラス金貨を取り出す。ネフェルはそれを手に取り、じろじろと眺め出した。
「そういえば北の民は金貨を用いるのでしたね。久しく会っていないので忘れていました。この金貨ならば半分の150枚で結構ですよ」
「それならば、ぜひお願いします」
即決で金貨150枚を支払い、屋敷を手にいれた。普通に安い。
「それではなにかありましたら、どうぞ当商会をお尋ねください」
そう言い残して、ネフェルと付き人たちは帰っていった。それを見送りリースたちと一緒に屋敷に入る。全員でもう一度部屋を見て回り、一通り敷地内を探索したあと、皆を前に言う。
「さて。いい物件も手に入ったし、これから大砂漠を越える準備もしないといけない。しばらくはここを拠点に動くことにしよう。早速、掃除していってくれ。内装で足りないものがあれば用意するから遠慮なく言え」
「ご主人様。一つよろしいでしょうか」
「なんだ、リース」
「出来うるならば新しい奴隷を雇っていただきたいのですが」
「奴隷か」
「はい。この規模の屋敷を維持するのであれば、我々だけでは難しいと思います。ブルーレンと帝都の屋敷もありますので」
現在奴隷は犬獣族のリースとロル、牛獣族のサラ、そしてエルフのアーシュの4人だ。このうちリースとロルはブルーレンの拠点を、アーシュとサラは帝都の拠点をメインに管理させている。4人とも朝方にはそれぞれの街で取引があるし、何日かに一度はアモスさんの学校にも行かせている。そうなると確かに、ここ屋敷の管理までは手が回らないか。
「それじゃあ奴隷を仕入れてくるか。何人くらい欲しい?」
「3人も居れば十分かと」
「わかった」
3人なら帝都の相場だと金貨90枚くらいだろうか。どうせならラーシャーンで探してみよう。
◆
早速ヒエル商会に向かい、ネフェルから奴隷を扱っている商店を聞いて紹介状を書いて貰った。それを持ってラーシャーン内の奴隷商人を訪ねる。
「ようこそ。奴隷商人のケルンと申します」
「リョウです。よろしくお願いします」
「ネフェルからの紹介状は拝見しました。北のタタールからお越しになったとか」
「そうですね。正確にはタタールよりさらに北に向かった、ブルーレンという街からきました」
「聞いたこともありませんな」
「ラーシャーンからだと順調に行っても半年以上かかりますからね」
実際、ブルーレンを出発してからそれくらいは経過している。休み無く移動してこれだし、ブルーレンから帝国までは街にほとんど寄らずに移動したことも考えると、のんびり行けばもっとかかるだろう。
「それはそれは、よくお越しくださいました。ラーシャーンに数ある奴隷商の中から我が店をお選びいただき光栄でございます。さて、今日はどのような奴隷をお求めですか」
「その前に少し、この国の奴隷制度を教えていただけますか。北の国々とは違うこともあるでしょうから」
「なるほど。わかりました」
ケルンはそこから、砂国の奴隷制度について滔々と語ってくれた。扱いや禁止事項など基本的な内容は西方諸国と似たようなものだったが、唯一奴隷を証明する方法だけが大きく異なっていた。
「奴隷には主人を示す印をつけさせていただきます」
「印、ですか?」
「えぇ。体のどこかに焼きごてを押し付けて、所有権を示す印をつけるのです」
焼きごてって、まじかよ。それ超痛そうじゃん。
「それは体に……傷をつけるということですか?」
「そうなりますな。激痛で失神する奴隷もいますが、一度つければ二度と消えないので安心です」
安心するポイントがなんか違う気がする。西方諸国よりも遥かに過酷だ。あっちは取り外し可能な首輪をつけるだけだったのに。
「北の国では奴隷に対し首輪をはめるだけでした。私自身あまり手荒なことはしたくありません。なにか別の方法はないのでしょうか」
「それなら体の一部にタトゥーを彫ることでも同じ意味があります。こちらなら彫る印の大きさにもよりますが、焼き印よりは苦痛が少ないでしょう」
タトゥーか。結局身体を傷つけるという点では同じだが、そっちの方がマシか。
「どれくらいの大きさのものを彫ればいいのでしょう」
「奴隷であることが判断できればいいので、文字を一文字でも構いません。ただし場所はいつも露出しているところであることが要求されます。たとえば腕などでしょうか」
腕に一文字か。それなら大丈夫そうだな。
「わかりました。それでは買ったものには左手にタトゥーを、文字はこのようなものをお願いします」
机の上にKという文字を書いてみせる。苗字の方のイニシャルだ。
「かしこまりました。それでは奴隷を連れてきましょう。どのような奴隷をご所望ですか?」
「えっと、どのような種族がいるのでしょうか」
「種族でございますか。そうですね、ご存知の通りラーシャーン砂国の主要民族は猫獣族です。王族も猫獣族ですし、国民の半分はそうですから奴隷もやはり猫獣族が一番多いです。ついで人族とドワーフが多く、少数派がダークエルフといったところでしょうか」
王族は猫獣族なのか。猫の王様……少し見てみたい気がする。
「奴隷として買うと、なにか世間的にまずい種族はおりますでしょうか」
「そんなものは無いでしょう。奴隷の種族など気にする人はいないと思います」
「そうですか」
どうやら猫の国といっても、猫獣族の奴隷は普通に売っているらしい。それならやはり一人は欲しいよな。猫耳は。
ちなみに似たような種族である妖精猫族との違いは、猫髭の有無だそうだ。猫髭が有れば妖精猫族、無ければ猫獣族。
「それでは年の若い処女が良いのですが、相場はどれくらいでしょう。あ、できればユーチラス金貨で支払いたいのですが」
「構いませんよ。そうですね、性奴隷としての用途となりますと器量が良いほうがいいでしょう。そうなると猫獣族で金貨15枚程度。人間、ドワーフが20枚程度。ダークエルフが30枚程度でしょうか」
帝都の半分ほどの値段だ。ネフェルとの商談でもそうだったが、確かにこの国ではユーチラス金貨の価値が高いようだ。これなら余裕で三人買えるな。
「それならそれぞれの種族の中で最高級の者を連れてきてもらいますか」
「わかりました。少々お待ちください」
連れてこられたのは、猫獣族、人族、ドワーフ、ダークエルフが2人ずつだった。それぞれ出身や奴隷に落とされた理由、それに特技などを質問して、人族以外の各種族1名ずつを指名した。値段は三人で金貨50枚だ。