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27. アーシュと月夜

27


 ギドの村を訪れて10日ほど。フィズによる訓練もある程度形になったので、いよいよ砂国に出発することにした。


「それではギドさん、お世話になりました」

「気をつけていけ。砂国に着いたらヒエル商会のネフェルを訪ねるんだぞ」

「はい。フィズさんも、ご武運を祈っています」

「まかせておけ。雨季が終わればタタールに戻っているはずだ。帝国に帰るときには訪ねてくれよ」


 二人に見送られ、馬車と交換したラクダと共にギドの村を出発した。村は竜の巣の麓にあったので比較的緑も多かったが、南に半日ほど進むと、景色はこげ茶色の砂と岩に覆われた岩石地帯へと変わってしまった。


 ラーシャーン砂国まではこの不毛な岩石地域を一か月ほど進み、そこから大砂漠をさらに一か月ほど進む必要がある。しかもその間、集落は存在しないらしい。過酷な道のりとなるので物資を大量に用意する必要があるそうだが、俺には能力があるのでその点は問題は無かった。


 岩石地帯を進んでいると何回か魔物に襲われた。それは虎のような獣型だったり、岩のようなダンゴ虫だったりと色々だ。しかしゲルルグ原野のラージアントと違ってほとんどが単独行動だったので、ロルとアーシュを中心に危なげなく撃退した。フィズから戦闘訓練を受けておいた成果だろうか、二人の動きはキャラバンでみた冒険者並みに感じた。


 夜中はロルとアーシュが現地に残り、他のみんなは拠点に戻って休むことにしている。その代わり昼間はロルとアーシュが交代で休む。ロル、アーシュ、その他の三組でローテーションを組んで進んだ。



 岩石地帯に入って10日ほど。その日はブルーレンの自室で寝ていたのだが、夜中に目が覚めたので、見張りをしているはずのロルとアーシュの様子を見に行くことにした。


「あら、ご主人様。どうされました?」


 地下室の扉をくぐって岩石地帯に移動すると、すぐにアーシュが気が付いて声を掛けてきた。彼女の膝には、ロルが気持ちよさそうに寝息をたてていた。


「なんだ。ロルの奴、寝てるじゃないか」

「えっと。申し訳ありません。起こしましょうか?」

「アーシュ一人で大丈夫なら問題ないが」

「大丈夫です。それに魔物が出れば、ロルちゃんはすぐに戦闘態勢に入りますので」


 アーシュがくすりと唇を緩ませる。エルフ特有の絹の様に白い肌。そこに浮かぶ真っ赤な唇が色っぽく動いた。ロルを見下ろしながら、星明りを受けて輝く金色の髪をそっとかき上げる姿は、思わず見入ってしまう美しさだ。


「星明りだけでも結構明るいんだな」

「今日は月も出ていますからね……ご主人様、寝付かれないのでしたら、どなたかに添い寝してもらってはいかがですか? 寝ておかないとお体に響きますよ」


 速攻で心配されてしまった。アーシュはこんな感じで割と細かいことに気がつく奴だ。なんというか、頭の回転が速い印象だ。


「まあそう言うな。眠くなるまで、たまにはゆっくり話してもいいだろう」

「私とですか? それは構いませんが……ロルちゃんが起きてしまいますので、あちらで話しませんか?」


 アーシュは近くにあった岩の上を指差した。ロルをやさしく寝かせておいて、二人で岩によじ登る。ここなら周囲を見渡せるので、魔物が現れればすぐに動くことができるだろう。


 てっぺんに腰かけると、すぐにアーシュが横に寄り添ってきた。優しい笑顔と共に、ふわりと野ばらのような甘い匂いが香る。


「さてご主人様。何をお話ししましょうか?」

「そうだな。アーシュの故郷の話でも聞かせてもらおうか」

「えっ……」


 彼女は少し驚いた表情を見せる。何かまずかったか?


「ん。話したくなければ無理強いはしないが」

「……いえ、奴隷の過去に興味を持つなんて、やっぱりご主人様は変わっておられますね」


 これまでの奴隷達にも基本的に聞いてきたからな。エルフの里の話も気になるし、結構興味ある。


「褒め言葉として受け取っておこう」

「ありがとうございます」


 アーシュはくすりと微笑むと、視線を空に向けゆっくりと話し始めた。


「私の里はイシリオンと呼ばれていました。大森林の奥にあるエルフの隠れ里のひとつです。美しい湖と恵みの森に囲まれた静かな村で、私は家族と一緒に、大森林の魔物を恐れながらも平和に暮らしていました」


 エルフの隠れ里か。俺の扉と似たようなやつも気になるし、一度くらい行ってみたいものだな。


「しかしイシリオンは他のエルフの里と同じく、とても閉鎖的でした。他種族との交流は一切無く、他のエルフの里と年に数回交流があるくらいです。私はあの、鬱々とした里の雰囲気があまり好きではありませんでした」

「里の外に出ることは禁止されていたのか?」

「勝手に外に出れば掟により罰せられます。若輩の私が里の外に出るためには、戦士として認められるしかありません。そこで私は強くなろうと戦士の訓練を受けることにしました」

「戦士の訓練か。だから結構戦えるのか」

「はい。でもフィズさんには足元にも及ばないし、ロルちゃんにもかないませんけどね」


 そう言って照れくさそうに笑うアーシュ。しかしフィズは、アーシュの強さは並みの冒険者くらいはあると言っていた。俺から見れば十分に強い方だ。


「やがて私は戦士になって、里の外に出る許可が得られました。しかしその任務は里の周囲の魔物退治だったり、他の里に行く使者の護衛だったりと、相変わらず森の外にはいけませんでした。そもそも他種族と接触することすら禁止されたままだったのです」


 里を守る戦士というのは結構高い身分らしい。それにもかかわらず他種族との接触が禁止されているとは、エルフというのはよっぽど閉鎖的なんだな。


「私はどうしても外の世界が見てみたくて、あるとき仕事を抜け出し大森林を出ました」

「それってまずいんじゃないの?」

「えぇ、ばれたら重罪です。実際に里には戻っていないので、おそらく私は死んだことになっていると思いますよ」


 あっさりしてんな。両親悲しむぞ。俺が言えたことじゃあないが。


「大胆なことをしたもんだ」

「はい。ですが、その価値はありました。大森林を抜けた先の平原ではじめて地平線というものを見ました。その時私は、胸から湧き出る感動を抑えきれず泣いてしまったくらいですから」


 感動しすぎだろ。よっぽどエルフの里が嫌いだったのか、それともアーシュ自身が旅好きな性格なのか。これまでのアーシュの話を聞いているとおそらく後者かな。


「それじゃあ奴隷として捕まったのは、その後か」

「はい。大森林を出てすぐですね」

「その捕まったというのは何があったんだ? 話を聞いていると、お前はエルフの中でも結構強いほうなんだろうが」


 そう聞くと、アーシュはばつの悪そうに答えた。


「いえ……恥ずかしながら、初めて出会った外の人達との交流に浮かれてしまい、初めて飲んだ酒に酔っ払ってしまって……」


 おい。なにやってんだよ。いきなり酒を飲んで前後不覚になるとか、都会の大学に進学したての田舎学生かよ。


 と思ったが、普通に田舎者だった。


「それはアーシュ、言っちゃ悪いが……」

「言わないでください。私が愚かだったということくらい、わかっています。本当に何度死のうと思ったことか……」


 がっくしとうなだれるアーシュ。その肩をポンとたたいてやると、潤んだ瞳で顔を上げてきた。


「まあとにかく、その後俺に買われたわけだ」

「はい。奴隷商人に私を売った男には『お前は金持ちの変態の慰み者になるのだ』と言われていたので、正直最初はご主人様が怖かったです」


 間違いじゃないな。変態かどうかは別として、慰み者になっているのは間違いないし。


「ご主人様」

「ん?」


 アーシュが姿勢をただし、頭を下げてきた。


「私を買っていただき、本当にありがとうございます」

「なんだ? 突然」

「私は外の世界を見るために里を飛び出しました。すぐに捕まってしまいましたが、もし捕まらなかったとしたら、せいぜい帝都くらいまでしか行けなかったと思います」


 確かにエルフが一人でガロン帝国を抜けるのは難しいだろう。なにしろあの国は亜人と獣人にはとても厳しい国家だからな。


「岩の上にある街や噂に名高い竜の巣、そしてこの荒涼とした岩石地帯。この旅で出会った人々と各地で目にする素晴らしい景色に、私の心は常に高鳴っています。もしもご主人様に買われなければ、世界がこんなにも広いことは知らないままでした。本当に感謝しています」


 そう言って微笑むアーシュ。月明かりに照らされて、真っ白な肌が輝いて見えた。きらきらとした蒼の瞳で見つめてくるアーシュは、純粋無垢でとても可愛らしかった。


「まあ、その分こき使っているからな」

「えっと、私は嫌いじゃありませんよ。夜のご主人様も」


 アーシュがすっと身を寄せ、瞳を閉じ、唇をほんの少しだけ突き出してきた。顔を近づけてすき間に舌を差し込むと、優しくなめ返してくる。


「んっ……」


 蹂躙するように激しく中に入り込むと、暖かい吐息を感じた。そしてとろけるような舌を余すことなく撫でまわしてやる。


 ゆっくりと顔を離すと、アーシュはいたずらっぽく微笑んでみせた。


「どうかこれからも、他の皆さんと一緒に可愛がってください」


3章終了時点


ポイント 約20,000

印数   21/30

扉数   9/10


主な扉の一日平均利用者数


帝都ダリウス広場-中央広場 約1000人

帝都ダリウス広場-ザルン市場 約800人

帝都ダリウス広場-東門 約600人

ブルーレン東市場-西市場 約300人



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