26. 依頼
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バフトットとの商談を終えて拠点に戻ると、リースたちは学校に行って不在だったので、一人のんびりとギドの村を散歩することにした。
ギドの村は悪名高い竜の巣の麓にある。そのため村の中からは、それらを構成する山々を遠目に見ることができた。あの山脈の奥深くには、多くの竜族が住むと言われている。空をも燃やすという伝説のレッドドラゴンや、見ただけで毒気にやられてしまうグリーンドラゴン、そして山脈の気候を支配するというブルードラゴンなど、聞いただけでテンションの上がる竜族が大量に生息しているらしい。
せっかく異世界にトリップしたんだし、ドラゴンにも一度くらいお目にかかりたいものだ。まあ実際に目の前にきたら、速攻で扉を開いて逃げるだろうが。
「あれは……」
ぼうっと山々を眺めていると、大柄な女性が山から下りてきた。金色のロングヘアーに力強い白の犬耳。冒険者フィズだ。タンクトップのようなシャツに太ももを露出した短いパンツ、そして急所のみを保護する程度の軽鎧を着ただけのラフな格好をしている。どうやら狩りに行っていたらしく、肩には大きな鹿を担いでいた。
暇だったので、近くまで来たのを見計らって声を掛ける。
「フィズさん。こんにちは。それは鹿ですか?」
「あぁ、リョウ殿。こんにちは。探索をしていたら旨そうなのを見つけたのでな、獲ってきた」
「すごいですね。さすがです」
「あはは! たいした獲物じゃあないさ」
謙遜ぎみに笑ってみせると、牙のような八重歯がのぞき見えた。冒険者といえば無骨で荒々しいイメージが強かったが、フィズはかなり砕けた性格をしていて話しやすい。冒険者としての実力も折り紙つきだし、なかなか良い人と知り合ったな。
「そうだ、よければ肉を貰ってくれないか」
「それはありがたいです。ぜひ」
「解体したらすぐに持っていく。そっちの家で待っていてくれ」
そう言って、フィズはギド爺さんの屋敷の方に行ってしまった。あの人ならシカの解体など一瞬で終わらせてしまいそうだ。護衛の件でも話がしたかったし丁度いい。
急いで借家に戻り、客を迎える準備をする。お湯を沸かしながら、茶器やお茶請けのパンなどを自分で用意していると、リース達がブルーレンから戻って来たので途中から交代してもらった。
◆
ようやくばたばたと準備を終えた直後に、フィズが鹿肉を手に訪ねてきた。わりと生々しく骨の残ったバラ肉だったが、サラが嬉しそうにそれを受け取り、キッチンへ持っていく。
「わざわざ持ってきていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。もてなしてもらえるとは思っていなかった。悪いな」
「貴方が来ると奴隷達、とくにロルが喜ぶのでいつでも歓迎ですよ」
ロルに視線をやると、ニコリと可愛らしい笑顔を返してくれた。稽古をつけてもらった夜から、ロルは毎日のようにフィズに挑んでいる。結果は全敗のようだが、負けるたびに強くなっているとフィズが言っていたので、なにか掴みつつあるのかもしれない。
フィズがロルに小さく手を振った後、お茶を一口飲んでから喋り出す。
「私は奴隷商人が嫌いだったのだが、リョウ殿は違う。奴隷をちゃんと人として扱っている事が素晴らしい。私が見てきたのは、家畜同様に扱われる同胞ばかりだったからな。奴隷商人が皆そうであればいいのだが」
奴隷を人として、か。
この世界に人権なんて言葉は無いし、あったとしても奴隷にその権利はないのだろう。奴隷は物扱い、貧民はごみ扱い。それがこの世界の常識である。俺もまあそんなものだろうと思って深く考えていなかったが、心を痛めている人もいるんだな。
「リョウ殿。ロル達はラーシャーンで売りに出すのか?」
フィズは真剣な表情でそんなことを聞いてきた。一瞬なんのことかと思ったが、そういえば俺は奴隷商人ということになっているんだった。嘘を取り繕うのも面倒だし、少し事情を説明するか。
「いえ、実は私、奴隷商人ではないのです」
「えっ……そうなのか?」
フィズの表情が緩まる。なんだろう、なにか覚悟したような顔だったのが、露骨に気が抜けていた。
「えぇ。私はラーシャーン砂国を目指して旅をしておりまして、彼女達は奴隷ですが、私の旅の仲間でもあります。勿論売り物ではありません」
「そうだったのか。それで最初ロルたちに怒られたのか」
最初に会った時、俺を見て舌打ちしたフィズに対して、リースとロルが詰め寄っていた。あの時はどうも、いかに素晴らしいご主人様かを力説されたらしい。その時は、売られるまでの仮の主人なのに随分と人望があるのだなと思ったそうだ。
「その件では二人が失礼なことを言ったようです。申し訳ございませんでした」
「いや、私こそ偏見で侮蔑してしまった。許してくれ」
共に頭を下げ、この件は終わりだ。フィズがこほんと咳払いを入れる。
「しかしラーシャーンというと、ここからさらに南に行くのか」
「えぇ。あまり人々の交流はないそうですね」
「そうだな。タタールの冒険者ギルドでもこの辺りまでの依頼しか出ない。わりに合わないからな」
わりに合わない、か。そんなに過酷なのか。
「南の集落に向かうには、ここから岩石地帯と大砂漠を合わせて二ヶ月以上かけて越えなければならないと言われている。しかもはっきりとした地理がわかっていないので、帰れる保証すらない危険な旅だ。だから冒険者も依頼を受けたがらない。道中の岩石地帯ではゲルルグ原野と同ランクの魔物も出るというし、並みの実力では護衛も難しいだろうしな」
まじか。それならやはり、フィズに金を積んで頼むしかないか。
「しかしリョウ殿なら問題あるまい。ロルとアーシュの二人がいれば護衛としては十分だろう」
と思ったらフィズは当たり前のようにいってきた。あの二人でなんとかなるのか? ぼこぼこに負けてたような気がするけど。
「えっと、フィズさんには歯が立たなかったように見えましたが」
「自分で言うのもなんだが、それは相手が悪い。私はランク5だ。ランク5はタタールでも数人しかいないからな」
なるほど。フィズが強すぎるだけか。リースたちも感心していたくらいだし、こんなに強い冒険者がポンポンいるわけないと。
「それでは、ロルとアーシュなら岩石地帯の魔物も撃退できると」
「あの二人は今のままでもランク3程度ならすぐになれる。もちろん絶対とは言い切れないが、今回は討伐するのではなく追い払うだけでいいのだし、あの二人のうちどちらかがいれば大抵の魔物なら撃退できるだろう」
ロルはともかく、アーシュも結構強いのは嬉しい誤算だな。
「まあ心配だったら、出発するまでの間に私が色々と仕込んでおこう」
「それはぜひお願いします。勿論お礼も支払いますよ」
「いえ、気になさらず。半分趣味みたいなものなので、活きのいい者をしごくのはね」
フィズがそう言ってにやりと笑う。みるとロルは張り切って鼻息を荒くしていたが、アーシュは微妙そうに苦笑いしていた。まあがんばってもらおう。
ついでなので、リースとサラについても手ほどきを受けてもらうことにした。素人相手ではフィズにとって旨味が全くないので、さすがに稽古料を受け取ってもらったが。
そのまま後もしばらくの間雑談していると、あることを思いついたので聞いてみる。
「ところでフィズさんは雨季が過ぎるまでこの街にいるのですよね。今回はその為に護衛を?」
「あぁ。タタールは雨季の間は暇だからな。いい機会だから竜の巣に挑んでみるかと考えていたら、ギド爺さんが護衛を探していたので便乗して依頼を受けたんだ」
「竜の巣に挑んでどうするのですか? ドラゴンでも倒そうと?」
竜の巣は大陸の西域に位置し、北に西方諸国、東にゲルルグ原野に面している。その名の通り竜――ドラゴンが生息するというこの場所は、バフトットいわく最も危険な地域だそうだ。
ギドの村ではまだ強力な魔物は出現しないが、奥に入ればワイバーンをはじめとするランク5を超える魔物がぞろぞろと出現してくる。そしてその先の深層に住むのは伝説の竜の眷属達だ。そこまで行って生きて帰った者は、伝説の冒険者であるドラン国の竜王くらいだそうだが。
「勿論だ。私はドラゴンを倒す勇者の物語に憧れて冒険者になったのだからな。それに三大魔域の攻略はすべての冒険者に課せられた目標でもある。本当はもっと三大魔域に挑む冒険者が増えなければいけないのだ」
そんな目標があるのか。
実際には冒険者のほとんどが街のギルドを拠点として、護衛や魔物討伐の仕事に従事しているはず。三大魔域の攻略とは挑戦することですら一部の冒険者にしか許されないのだろう。
「それではフィズさんは雨季の間は竜の巣に通うということですよね」
「そうなるな」
「それならば、一つ依頼があるのですが」
「依頼だと?」
「はい。竜の巣を探索する際、金属を含んでいそうな岩石を持って帰ってきて欲しいのです」
どうせ竜の巣に挑むのならば、ついでに金鉱石や銀鉱石を探してもらおうという魂胆だ。フィズならばこれまで調査されていない場所までいけるはず。鉱脈を発見するまでいかなくても、今後探索するための試験的な調査としては十分だろう。
「金属か。鉄鉱石くらいなら見かけたことがあるが」
「地図を作成してもらいながら、できるだけ色々な地点で採集していただければと思います。もちろん報酬は支払いますよ」
「しかし、リョウ殿はすぐにラーシャーンへ出発するのでは?」
「えぇ。ですから採集した岩石の分析はギド爺さんに頼んでおこうと考えています。フィズさんがよければ、これからギド爺さんに相談しようと思うのですが」
ついでに報酬の受け渡しもギド爺さんに任せてしまおう。あの人はああみえてもこの村の取り纏めだし、信頼はできるだろう。
「構わないぞ。元々竜の巣には挑むつもりだったし、それで報酬がもらえるならちょうど良い」
「それなら、すぐに向かいましょう。リース、少し出てくる」
「かしこまりました。お供はいかが致しましょう」
「それじゃあ、ロルとアーシュ。ついてこい」
「はい!」
「わかりました」
ロルとアーシュを連れ、フィズと一緒にギド爺さんの屋敷に向かった。
◆
地質調査の話を相談すると、ギド爺さんは二つ返事で了承してくれた。
「がはは! わしもそろそろ金鉱脈を見つけて一攫千金を狙いたいところだったのだ」
「それではギドさん、フィズさんが持ち帰った鉱石の分析はお任せします。報酬については私が負担しますが。そうですね。どれくらいが相場なのでしょうか」
冒険者ギルドで依頼を出したことは無いので、さっぱり相場が分からない。ただタタールとギドの村の往復で金貨2枚と考えると、かなり高そうな気はするが。
「竜の巣のどのあたりまで行くかによるな。ワイバーンが出現する中域まで行くのであればかなり高額になるはずだ」
「フィズさんはワイバーンとやらには対処できるのですか?」
「討伐しろというのでなければ、なんとでもなるさ」
隣に座るフィズさんに聞くと、自信満々に答えてくれた。
「それでは中域までお願いします。依頼内容は竜の巣東域の地形を調べながら、金属を含む岩石を収集して持ち帰る。報酬は……そうですね。雨季が終わるまでで金貨20枚でどうでしょう」
「十分だ。引き受けよう」
話はすぐにまとまった。前金として金貨5枚をフィズさんに渡し、残りはギド爺さんに預かってもらい、仕事が完了したら渡してもらうことを契約しておく。
雨季が終わるまでは3ヶ月程。できればそれまでに鉱脈を見つけて欲しいが、どうだろうな。