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25. 麓の村

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 長く続いたゲルルグ原野の景色が途切れ、うっすらと木々に覆われた山脈地帯が見えてきた。これが竜の巣の東端だそうだ。さらにそこから山脈地帯と原野との境界線をなぞるように南下していくと、ギドの村にたどり着いた。タタールを出発して1週間ほどの旅だった。


 村ではしばらく、ギドの屋敷で世話になることになった。到着した日の晩、護衛の冒険者達と一緒にご馳走になっていると、ギドから今後について聞かれる。


「ラーシャーンへはすぐに出発するのか?」

「いえ、少しここに興味があるので見て回ってからにしようかと思います。よろしいでしょうか」

「もちろんだ。それなら奴隷もいるようだし、空き家を一つ貸してやろう。出発まで自由に使うがいい」

「ありがとうございます」

「冒険者らはどうするつもりだ?」


 ギドが冒険者たちに話を振る。3人のうち2人は明日にでもタタールに戻ると答えたが、フィズだけは村に残ると答えた。


「どうせこれから雨季で、タタールに戻ってもつまらないからな。しばらくこの村で魔物狩りをさせてもらいたい」

「それは助かるぞ。よろしくな、フィズ殿」


 ギドが歓迎していた。この街は竜の巣の麓にある為、雨季になっても魔物が頻繁に出現するそうだ。普段は街の男衆が撃退するらしいが、冒険者が居ればなおのこと安心だろう。


 俺としてもフィズにはラーシャーンに行く際の護衛を頼みたかったから好都合だ。しばらく滞在すると言うなら今度ゆっくり相談してみよう。



 次の日からギド爺さんに村を案内してもらった。ゲルルグ原野の端に位置するというこの村は竜の巣から流れ出る川沿いに形成されており、周囲にはこれまで原野にはあまり見られなかった背の高い木々が繁茂していた。


 村の人口は300人ほど。多くは鉄鉱山の採掘と鉄の製錬に携わっているが、小麦などの作物も自給自足できる程度には作っているそうだ。ギド爺さんの話によれば小麦でビールも造っているが、あまりうまくいっていなくて村の女衆から怒られているらしい。


 出現する魔物についてはランク2程度が頻繁に出没する。村で生産している鉄製の武具を身につけた男衆が撃退しているが、やはり素人なので死者も多いそうだ。過酷な環境にも負けずにたくましく生活しているなというのが、ギド爺さんの村の印象だった。


「この鉄はタタールに輸出しているのですか?」

「あぁ。武器や防具にまで加工してタタールの冒険者に売ることも多いな」

「それではこれ一つでどれくらいの値段でしょう」


 保管倉庫にあった製鉄済みのインゴットを手にとってみた。片手で持てる大きさの割に結構重く、10kgはありそうだ。


「インゴットのままなら、木箱に4つ入れて金貨1枚というところだな」

「なるほど。それなら大体インゴット一つは銀貨10枚ですか」

「コリウス銀貨ならな。ラース銀貨なら倍の20枚だな」

「ラース銀貨?」


 なんだそれ。聞いたことない。


「ラーシャーンで流通している銀貨だよ。ラーシャーンではユーチラス金貨はホル・アハ宝貨、コリウス銀貨はラース銀貨、ドニー小銀貨はジェト銅貨に取って代わるから気をつけたほうがいいぞ」


 うむむ、面倒くさい。新しく貨幣価値を覚えなおさないと。というか、こっちの金貨や銀貨は砂国に行って使えるのか?


「えっと、西方諸国の貨幣はラーシャーンで使えるのでしょうか」

「そうだな。今ラース銀貨だと倍だと言ったのは、正確にはホル・アハ宝貨とユーチラス金貨の交換比率が大雑把には2対1という意味だ。あの国では宝貨と金貨の交換しかやってくれない。少なくとも俺が昔行ったときはそうだったな」


 ちなみに砂国における両替比率は宝貨1枚が銀貨40枚、銀貨1枚が銅貨10枚というように、西方諸国のそれと変わらないそうだ。


「お詳しいですね。ギドさんがラーシャーンに行った時の話をもっと聞きたいものです」


 そう言うと、ギド爺さんはすこしバツの悪そうに答える。


「若いころに一度行っただけだぜ。砂国自体はいいところだったが、道中の砂漠で死にかけたから二度と行きたくない」

「そうですか。しかし、それならどのように辿り着いたのかだけでも教えていただければ」


 ラーシャーンはここから南にあることは知っている。だがそれだとあまりにもアバウトなので、行ったことがある人から話を聞けると安心だ。


「構わんぞ。このあと屋敷で話してやろう。それより今は鉄だ。結局買うのか、買わないのか?」

「それじゃあ一箱だけ、ユーチラス金貨1枚でいただくことにします」

「いいだろう。重たいが持って帰れるか?」

「なんとか、がんばります」


 そう言ってはみたものの、あまりに重くて一人では持てなかったのでリースとアーシュに運ばせておいた。あれは魔粉末と一緒に、明日会う予定のバフトットに見積もってもらおう。


 それからロルを連れてギド爺さんの屋敷に向かう。その場で簡単な地図を描いてもらいながら、ラーシャーン砂国への道筋を説明してもらった。


 曰く、この先に広がる岩石地帯をひたすら南下し、小さな川を三つほど越えれば大砂漠にでる。その後も南下し続けると、とても渡りきれないほどに巨大な川にたどり着くから、あとはその川に沿って下ればいいらしい。デカイ街があるはずだから、そこがラーシャーン砂国の首都ラーシャーンだそうだ。


 わりと適当な説明だったが、それよりもギド爺さんから指摘されたのが、この先馬車が使えないという点だ。ゲルルグ原野までは問題なかったが、岩石地帯からは足元を取られてしまいまともに進まないらしい。


 確かによく考えれば砂漠で車輪は無謀だ。馬車は諦めるか。


「それなら、村にいるラクダを馬車と交換してやろう」


 ギド爺さんは馬と馬車のセットをラクダ2頭と交換してくれると言ってきた。ラクダ1頭に水と食料を満載しておけば、奴隷をつれていたとしても一ヶ月は持つとのことだ。途中には川もあるから、もう1頭には交易品の鉄を乗せてもなんとかなるだろうと言われた。


 まあ俺には能力があるから補給に関しては心配ないのだが、確かにこの先は馬よりもラクダの方が便利だろう。ありがたくギド爺さんの申し出を受けておいた。




「魔粉末はこの量で金貨1枚、鉄インゴットは4つで金貨2枚と言ったところでしょうか」


 次の日の午前中。魚とワインの取引が終わった後の商談で、バフトットに鉄と魔粉末の値段を聞いてみたら、このように言われた。両方とも倍値で売れるようなので、大量に扱えば十分な儲けになりそうだ。


「なかなか良い値段ですね」

「両方ともタタール産でございますので。あそこの魔粉末と金属類の質の良さは有名です。まとまった量が手に入るならば、もっとお願いしたいのですが」

「そうですね。鉄のほうなら何とかなるかもしれません。また持ってきます」

「よろしくお願いいたします。それとリョウ殿。魚の納入量を倍に増やすことを考えていただけませんか?」

「魚を?」


 聞けば、ブルーレンではいま魚食が流行しているらしい。ランカスター商店が売る新鮮な魚が評判となり、塩付けや干物も飛ぶように売れる状態なのだそうだ。いまなら倍に増やしても同じ値段で売れるだろうとバフトットが説明してくれた。


 ブルーレンにはたまにリース姉妹を市場にやって情報を集めている。ランカスター商店の鮮魚の出処は不思議がられているが、それに対してさまざまな噂が存在するらしい。


 曰く無限に海魚を産み続ける魔物がいる。曰くランカスター商店は山奥に巨大な生簀を作りだした。曰くランカスター商店の当主は、市場に開けられた穴を作った魔法使いである――


 どうもこれらの噂の背後には、目の前にいる胡散臭い妖精猫族ケットシーの影を感じる。特に最後の対象が具体的なあたりが。この男、もしかしたら自分で噂をばらまいているのかもしれない。


 それはともかく、今のところブルーレンでは俺の存在は気付かれていない。二ヶ月以上も取引をしてこれならば、魚の納入を増やしても大丈夫だろう。


「わかりました。明日からすぐにというのは無理ですが、できるだけ早く対応します」

「ありがとうございます」


 魚取引の規模が倍になると、一日に金貨4枚ほどの収入になる。やはり食品系は継続的に儲かるのが大きい。魚は港町だとほとんどタダみたいなものな事も効いているわけだが。


 安く仕入れて高く売る。商売の基本だな。

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