24. 冒険者
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結局、翌日の朝にはタタールを出発することになった。ここにも拠点を作っておきたかったのだが、急な出発になってしまったので、とりあえず人目につかない街の外れに印だけは設置しておいた。時間を選んで使えば問題ないだろう。
出発前、ギド爺さんから護衛の冒険者達を紹介された。全部で3人いたが、その中に犬獣族の女性がいた。名前はフィズ。金髪でガタイのいい女性で、同じ種族であるリース達とは毛並みというか、犬種が違うように見えた。なんというかシベリアンハスキーとゴールデンレトリバーくらい違うという感じだ。
そのフィズに奴隷商人だと名乗って挨拶をすると、
「……犬獣族の奴隷を扱っているのか」
と言われて舌打ちされた。どうやらリース達を奴隷として扱っているのが気に喰わなかったらしい。
まあ同族を奴隷にしているような人間にそのような感情を抱くのは仕方ないかと、その場では愛想笑いをしておいた。
しかしなぜかリースとロルが憤慨した様子でフィズに詰め寄っていった。そして何やら二人がかりでフィズを説得した結果、彼女は困ったような表情でやってきて頭を下げた。
「先程はすまなかった。よろしく頼む」
その後ろでドヤ顔のリースとロル。この姉妹、一体何を吹き込んだのだろうか。
◆
タタールを出発してギドの村へと向かう。道中はこれまでと同様に、不毛な原野が延々と続いていた。しかし今回はギド爺さんの一団と俺達だけだったので、来る時のキャラバンと比べると随分と小規模だ。
旅自体は順調だったのだが、途中に何回かラージアントの襲撃にあった。一度など数十匹の大群に囲まれてしまい、割とやばいと感じたが、護衛の冒険者達があっという間に蹴散らしてしまった。とくに犬獣族の冒険者フィズの戦いっぷりは、素人目に見ても圧倒的だ。
「フィズはすごいな」
「はい。フィズ様はランク5の冒険者だとおっしゃっていました。冒険者の中でもかなりの使い手のようです」
隣にいたリースがそう説明してくれた。魔物だけじゃなくて、冒険者にもランクがあるのか。どうやって決めているんだろう。やっぱり昇級試験みたいなのがあるのだろうか。
馬車の前では、戦闘態勢を取ったロルがじいっと戦いを見つめていた。今回は冒険者に任せて、俺の傍を離れないように命令している。ロルとしては冒険者たちと一緒に戦いたかったようだが、万が一があるので我慢してもらっていた。
「ロルから見ても、フィズさんはやっぱり強いのか?」
ロルはフィズに視線を向けたまま、こくりと頷く。
「うん、かなり。戦ってみないとわからないけど、たぶん父さまと同じか、それ以上……」
ロルが言うなら相当なものだ。
前に盗賊を一蹴してからというもの、ロルには何度か魔物を撃退してもらっているが、少なくとも街道に出るようなランクは相手にならなかった。それにランク3のラージアントが相手であっても、囲まれなければ問題なく戦えると豪語していたのだ。
しかし、父さまか。
「ロル達の親父さんは、随分強かったんだな」
「もちろん! 大森林の魔物にも全然負けなかったんだから。ねえ姉さま!」
リースもまた、少し懐かしそうに目を細めた。
「父様は村一番の戦士でした。時折大森林から出てくる強大な魔物にもひるまず、仲間の戦士達と協力して果敢に撃退してくれていました」
「人間たちが襲ってきたときも、私たちを守ってくれたんだよ! だけど……」
突然ロルのトーンが落ちる。まあ大体予想はつく。おそらく殺されてしまったんだろう。二人が奴隷として捕まった時、村人の多くは殺されたと言っていたし。
「ロル、強くなりたいか?」
「……うん」
「それならフィズに稽古をつけてもらうか」
「えっ?」
正直なところロルが冒険者並みの戦闘力を持ってくれれば護衛を雇わずに済む。もともと素質はあるみたいだし、なんとか伸ばしてやりたい。
「同じ犬獣族なんだし、頼めばやってくれそうだろ。ロルさえよければ頼んでくるが、どうする?」
キョロキョロと視線を動かして戸惑うロル。しかしすぐにぴんと犬耳を立てて頷いた。
「お、お願いします!」
「よし。リースはどうする?」
「私ではおそらく、フィズ様の稽古相手にもならないと思いますのでやめておきます」
リースが稽古相手にもならないとなると、俺はもっと無理だな。それじゃあロルだけで――
「ご主人様。ぜひ私もフィズさんに教わりたいのです」
そう言って話に入ってきたのはエルフのアーシュだ。馬車の中に避難させていたのだが、話は聞いていたようだ。
「アーシュ。お前、戦えるのか?」
「はい。里では魔物討伐の戦士として働いていました。自信はありませんが、高ランクの冒険者の実力というものを体験してみたいと思います」
お姫様のように華奢な身体だというのに、戦士として働いていたと言われて少し意外だった。しかし断る理由もなかったので一緒に頼んでみることにした。
「かまわないぞ。金もいらない。どうせ暇だからな」
そんな男らしい返事で、フィズは稽古の依頼を快諾してくれた。
◆
その日の夜。夜営の準備が終わった後、周囲に明かりを灯した簡単なリングが用意された。みなが酒を飲みながら観戦する中で、ロルとアーシュは順番にフィズに挑んでいく。
結果はなんというか、よくわからなかったというのが感想だ。
というのも、俺にはさっぱり見えなかったのだ。二人とも、フィズと交錯して打ち合ったと思ったら、次の瞬間には身体が宙に浮き、地面にたたきつけられてしまっていた。瞬きしていたら見逃しそうなくらい、あっという間にやられてしまった。
ロルがあそこまで言うのだから強いとは思っていたが、正直ここまで一方的とは思わなかったな。
その後も二人は何度も挑んでいったが結果は全敗だった。途中からはフィズがアドバイスしながら戦ってくれたので、良い訓練になったようだ。
小一時間ほどの稽古が終わると、ロルとアーシュはぐったりと地面に倒れ込んでしまっていた。リースに二人の介抱を頼み、俺はフィズに礼を言いに行く。
「稽古にもならない奴隷をけしかけてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、二人とも悪くないぞ。リョウ殿はなかなか骨のある奴隷をお持ちだ」
それがフィズの感想だった。
近づいてみてわかったが、あんなに動いていたというのに、フィズは息切れひとつしていなかった。冒険者ランク5という称号は伊達ではないらしい。