21. 研究者
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3日後。キャラバンの集合場所である南門に行くと、多くの人が集まっていた。見た感じ100人は居そうだ。そのまま出発の時間まで待っていると、やがてリーダーのアルフレッドが皆に号令を掛け、ぞろぞろと行列が進み始めた。タタールまでは20日ほどの日程で、途中水場にはよるが人里は一切無いとのことだ。
ぞろぞろと列をなして進む馬車やラクダの中には、武装した冒険者の姿も多く見えた。目に付いただけで10人はいる。これなら確かに多少魔物が現れても大丈夫だろう。
「キャラバンというのは初めてだが、結構規模が大きいんだな」
荷台に座っていたアーシュに話しかける。彼女は金色の長髪を風になびかせながら、その美しい蒼色の瞳を荒涼とした大地の地平線に向けていた。
アーシュがこちらに向き直り、質問に答える。
「そのようですね。私の故郷の近くでも、たまにこのような隊商を見かけましたが、ここまで大規模では無かったです」
「アーシュの故郷というと、大森林か」
強力な魔物の住処としては竜の巣、暗黒大陸、そして大森林の三つが有名である。これらは三大魔域と呼ばれ、古くから西方諸国の人々に恐れられていた。
「はい。生息する魔物が強力なため、大森林の奥にはエルフ族でも近づけません。しかしそのような強力な魔物でも撃退してしまう冒険者がいるのも事実です。ただ、そのような冒険者は大変希少なのでしょう」
ようするに大森林を抜ける隊商は、護衛ができる冒険者が少なすぎるから小規模だと。
確かにゲルルグ原野は三大魔域に含まれていない。出現する魔物を撃退できる冒険者も多いので、このような大規模なキャラバンも組みやすいのだろう。
「昔読んだ本にも、ゲルルグ原野の魔物はランク3程度とかかれていました。これだけ多く冒険者を雇っていればそれほど危険な場所ではないのかもしれません」
冷静な声で説明してくる。アーシュの奴、可愛い顔してなかなか詳しいじゃないか。
しかしランク3と言われても、全然ぴんと来ないな。ゴブリンを蹴散らした俺の馬とどっちが強いんだろう。
「それはもちろんランク3の魔物です。馬が勝てるのはランク1だけでしょう。一般人でも武器を持てば戦えるのがランク2まで。訓練した冒険者なら倒せるのがランク3。一流の冒険者のみが戦えるのがランク4で、ほんの一握りの冒険者のみが対抗できるのがランク5だと言われています」
そういう分類なんだ。少しイメージと違った。それはともかく、ゲルルグ原野に出現するのは訓練された者なら倒せるランク3程度なら、多少の防衛力を構成すれば集落くらい維持できそうな気がする。
「ランク3程度しか出ないなら、原野にはもっと集落があってもおかしくないと思うが」
「エルフの里の周囲にもそれくらいの魔物は出ましたが、戦士たちで撃退していました。確かに少し不思議ですね」
「農作物が育ちづらいというほうが原因なのかもしれないな」
「いや、違いますよ。旦那」
「えっ?」
アーシュと話していたつもりだったから、不意に聞こえたダミ声に驚いて声を上げてしまった。見ると馬車の隣を、大きな荷物を担いだローブの男が歩いていた。
だれだ、こいつ。
「失礼。なかなか面白そうな会話をしていたので、つい声をかけてしまいました。お話されていたのは、ご家族の方ですか?」
「いえ、今回タタールに売りにいく奴隷のエルフです。中々知識を持っておりますので、話し相手にしていたのです」
「なるほど。あ、申し遅れました。私はヴィエタと申します。今回は護衛として参加しています」
「リョウです。見ての通り奴隷を扱っております」
とりあえず自己紹介をしておく。しかしこのヴィエタと言う男、見たところ冒険者という感じではなかった。なんというか身体の線が細く、とても戦いを生業としているようには見えなかったのだ。種族は人族のようだが、ローブに隠れてよくわからない。
「それで先ほどの話なのですが、なぜゲルルグ原野に集落がないか、ですよね」
「そうです。理由をご存じなのですか」
「勿論です」
ヴィエタは嬉しそうな表情でうなずいた。
「ゲルルグ原野で農作物が育たないという噂がありますが、あれは嘘です。確かに育つ種類は少ないですが、農業も行われております。根本的な原因はラージアントの存在です」
「ラージアント?」
「はい。ゲルルグ原野に住む魔物の一種で、ランクは3です。実際に中堅以上の冒険者ならば倒すのは容易です。しかし問題は巣を作られてしまうと、その地に定住することが困難になってしまうのです」
ラージアントは通常の蟻と同じように、地中に巨大な巣をつくり、周囲に展開して食料を集める習性を持っている。それゆえに堅牢な集落を作ったとしても、内側にラージアントの巣穴ができてしまえば壊滅してしまうため、なかなか人が住みつかないそうだ。
「唯一タタールだけは、街の特殊な立地と強力な冒険者達によってラージアントを撃退することに成功しています。それどころか、原野に現れる魔物の魔核を特産にしているくらいです」
「なるほど。よくご存知ですね」
「これでも魔物や魔核については、色々と調べていますので」
「というと、研究者の方なのですか?」
この世に研究者という概念があるのかはわからないが、ランク付けがされているならばその類の概念は普通にありそうだ。そう思って聞いてみたのだが、どうやら図星だったようで、ヴィエタは周囲を気にするそぶりを見せた後、少し小声で言ってくる。
「はい。その通りです。今回は研究の為にラージアントの魔核が大量に必要になったので、タタールへ買い付けに行くところなのですよ。あそこで買うのが一番安いし、護衛で金も稼げますしね」
「もしかして、あまり戦いは得意ではないとか」
「……」
態度がおかしいので聞いてみると、ヴィエタはバツの悪そうに小さく頷いた。冒険者として護衛に雇われているのに、実は戦闘はからきしの学者ですとなれば、あまり体面が良くないだろう。
「ご心配なく。黙っておきますよ」
「ありがとうございます」
「その代わりと言ってなんですが、どのような研究をされているのか聞かせてもらってもいいですか?」
「おぉ、珍しい。商人の方は普通、研究者というと毛嫌いする方が多いものなのですが」
そうなのか。聞いたことないが、なぜだろう。金にならないことを続ける狂人だとでも思っているのだろうか。
「わかりました。お話ししましょう。私が専門に研究しているのは魔核の分類についてなのですが……」
その後、魔核のランク付けの方法や各地の魔物の伝説や特性など、色々な話を聞いた。最初のほうは俺とアーシュしかいなかったのだが、途中からは学校から帰ってきたリースたちもこっそりと加わり、ヴィエタ先生の魔物講座を皆で聞いていた。
奴隷たちの中では特にロルとアーシュが興味深そうだった。魔物との戦闘経験があるロルはうんうんと頷きながら聞いていたし、アーシュのほうは時々質問をはさみながらすべての話に興味津々だった。
「それでですね。最近考えているのは魔核の利用についてです。そもそも魔核というものは、魔粉末にして魔物よけに使う以外、宝石や薬としての利用しかありませんでした。しかし最近、面白い現象を見つけたのです」
「面白い現象ですか」
「えぇ。これを例に説明しましょう」
そう言って取り出したのは、土色をしたビー玉のような球だった。
「これはラージアントの魔核です。これを握りこんで、少し振ってみてください」
手渡された魔核を、言われたとおり掌で握り締めて振ってみる。しばらくして止めてみると、なにやら魔核からもぞもぞと振動が伝わってきた。
「これは……動いているのですか?」
「そうです。ラージアントの核は、振動を溜め込む性質があるのです。これは昔から冒険者の間では常識なのですが、魔物と縁の無い者にはあまり知られていません」
馬車の中に目を向けると、アーシュが思い出したように言ってきた。
「そういえば大森林にいるワーム族の魔核も、ぶるぶる震える時がありました」
「そうですね。大森林のクロウワームも同じような性質があります。他にも熱や炎を溜め込む性質、水や冷気を溜め込む性質、風や光を溜め込む性質を持つものなどが知られています。私の研究ではこういう現象が魔物自体の性質やランクに関係しているのではないかと考え、分類しているのです」
話を聞く限りかなり便利そうに感じる。特に水や光を溜め込むものがあるなら生活に利用されていてもいいと思うが。
そのことを質問すると、ヴィエタは首を横に振った。
「残念ながら溜め込むと言ってもごくごく微量で、しかも大変不安定なのですよ。たとえば水を溜め込む性質をもつ魔核としてマンタレイの核が知られていますが、あれは掌一杯程度しか蓄えられない。それも時間と共に少しずつ染み出てくるだけ。それなら水筒でも持ったほうが効率的です」
どうやら性能が微妙らしい。だからもっぱら粉末にして魔物除けとしてのみ利用されているそうだ。
「話を戻しましょう。このような現象自体は前から知られていたのですが、私は溜め込む性質を利用できないかと考えて、試行錯誤していました。そして最近、このようなものを作り出すことに成功したのです」
取り出したのは茶色のサイコロだった。大きさは子供のこぶしくらいだろうか。手を出してくれといわれたので差し出すと、ヴィエタはそこにサイコロをおいてきた。
ヴィエタはおもむろにサイコロの上面をぽんとたたいた。すると突然掌に衝撃のようなものを感じ、次の瞬間サイコロは勢いよく飛び上がった。
「……おお!?」
それは1メートルほどの高さまで放物線を描いてから、地面に落ちた。ころころと転がったそれをヴィエタが拾い上げ、ニコニコと楽しげな笑顔を向けてくる。
今の現象、掌をバンと叩かれたような感触があった。それでサイコロが飛び上がったということは……
「これは、衝撃を打ち出したのですか?」
「そのようなものです。これはラージアントの魔核をある方法で加工したものなのですが、振動を流出することなく溜めて、方向性を持たせて一気に放出させることができました。まあまだ不安定ですし、大した威力もありませんけどね」
いやいや。これは結構、凄いものじゃないのか?
振動を溜め込み、さらに方向性を持たせて放つ。これはすなわち振動を制御する方法を見つけたということだ。
たとえば元の世界における電気というものは、太古から雷や静電気という形で認識されていた。しかしそれらを制御する方法を見つけたのは近代になってからであり、それまではほとんど利用されていなかったはずだ。
それと同じように考えると、このヴィエタの発見は革新的ではないのか。
「ヴィエタさん。これは大変面白いものだと思います」
「おぉ! そう言っていただけると嬉しいです。人に説明しても、中々理解してくれないもので」
「そういえばタタールには魔核の買い付けにいくのだといっていましたが、それはこの研究のためですか?」
「はい。実験のために大量の魔核が必要なのですが、帝都で買うと高いですからな。こうして直接買い付けにきたのです」
「それなら、ぜひこれを足しにしてください」
懐に入っていた金袋をそのまま渡す。たしか金貨10枚くらいはいっていたはずだ。受け取ったヴィエタが中身を確認して息を呑む。
「こ、これは……こんなにいただきましても返すあてが……」
「いえ、返さなくても結構です。これで研究を進めてください。それに私に協力できることがあれば、ぜひ相談ください。帝都の南地区にてリョウという名前で探してくだされば、連絡がとれると思いますので」
「リョウ殿……」
「ぜひ、この研究を完成させてください。応援しています」
ヴィエタの両手を掴み、力をこめて激励しておいた。あわよくば、この研究で大儲けできるかもしれないという下心は隠したまま。