20. 原野キャラバン
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ガロン帝国からはワインを輸入することにした。30kgほどの樽6個を金貨1枚で仕入れ、3日に1度程度の割合でブルーレンに輸送し、金貨2枚でバフトットに売る。魚に比べたら利益率は微妙だが、まあこんなもんだろう。
ワインを帝国で買い付ける役割はリースと牛獣族のサラに任せる。最初の数回は俺も付き合うが、その後は二人に、そして最終的には全てサラに任せてしまうつもりだ。アーシュでないのは、エルフは帝都内を歩かせない方がいいという判断である。
またサラとアーシュにもリース達と同じようにアモスさんのところには通わせるし、加えてサラにはもう一つ仕事を任せることにした。
「えぇと、帝都の調査ですかぁ?」
5人で晩飯をとっているときに仕事について切り出すと、サラは要領を得ないといった表情で聞き返してきた。
「そうだ。帝都には扉を2,3箇所設置するつもりなんだが、この街はあまりにも広すぎる。サラには市場や広場を回ってもらって、人の流れを調べて欲しいんだ」
「よくわかりませんが、帝都を見て回ればいいのですかぁ?」
「そんな感じだ。人が多いところを調べて、実際に行ってみた感想を教えて欲しい。帝都内で流行っているものや人々が話題にしている噂も集めてくれ。必要なお金は用意する」
奴隷商人のザリッヒから聞いた話によれば、人族の所有物である奴隷は、制限はあるもののちゃんとした帝国民として扱われるようだ。治安も悪くないようだし、奴隷が一人で帝都内をうろついてもそこまで危険はないだろう。
なので牛獣族のサラに帝都内の調査を任せることにした。ワイン取引についても、半分はサラが帝国をうろつくための口実だな。
「もしかして、屋台で買い食いもしていいんですかぁ?」
サラがキラキラとした瞳を向け、そんなことを言ってきた。どうもずれているような気がするが、まあいいか。
「そうだな。旨そうなものがあれば買って帰ってくれ。皆で食べよう」
「わかりましたぁ。がんばります!」
嬉しそうに返事をするサラ。そのまま食べる途中で宙に浮いていたスプーンを口に運び、おいしいと歓声をあげていた。ちなみに今日の晩飯は羊肉を煮込んだシチューである。
「ご主人様。次はどこを目指すのでしょうか」
サラへの話が終わったのを見て、隣で姿勢良く食事をとっていたリースが質問してきた。澄ました顔だが、リラックスしているのか犬耳がへたれている。可愛い。
「次は南だな。ゲルルグ原野にあるというタタールという街に向かう」
「ゲルルグ原野……タタールですか」
「そうだ。誰か行ったことはあるか?」
聞いてみたものの、四人ともきょろきょろとお互いを見渡すだけだった。みな帝国周辺の出身なので、誰か一人くらい行ったことあるかと思ったが。
「誰も行ったことないのか」
「ご主人さま。普通は集落の外に出る機会など滅多にありません。狩りに行くときくらいでしょうか。勿論、冒険者か商人は別でしょうが」
「そうなのか?」
「はい。私達も奴隷として捕まるまで、ナスル村から出たことはありませんでした」
リースの言葉に、隣で口いっぱいにパンとシチューを頬張っていたロルもうんうんと頷いていた。
「私も身売りされるまで村から出たことはありませんでしたぁ」
そう言うのはサラだ。彼女は先程からテーブルに盛られたパンと目の前のシチューを休みなく口に運んでいる。その豪快な食べっぷりの隣ではエルフのアーシュが、控えめにサラダをつまんでいた。そのアーシュが発言する。
「原野の噂なら聞いたことがあります。作物の育たない不毛な大地で、強力な魔物が多いそうです」
アーシュの言うとおり、ゲルルグ原野には強力な魔物が多い。そのため魔粉末の原料となる魔物の核――魔核の採取地として有名だそうだ。
ここで魔物について、これまでに分かっていることを説明しておこう。この世界で魔物というと、死ぬと魔核を残すものをそう呼ぶ。魔核以外の部位は倒すと消滅してしまうため、魔物から得られるものはこの魔核しか存在しないようだ。
魔物にはランクがあり、ランクが高い魔物の魔核を魔粉末にして焚くことで、ランクが低い魔物を追い散らすことができる。そのためランクの高い魔物の魔核ほど高値で取引されていた。
これまで通ってきた街道の多くはランクの低い魔物しか出現しない。そのような場所を通って街道が造られているからである。そのため高価な魔粉末、例えばゲルルグ原野産の魔粉末を使うことで、魔物の出現を押さえてこれた。
実際に街道を通って西方諸国を移動するだけなら、そこまで危険は多くなかった。途中多くの商人や旅人とすれ違ったし、ブルーレンから帝都に来るまでに襲われたことも、ロルが撃退した盗賊の一件を除けば数えるほどしかなかった。
しかしゲルルグ原野の魔物たちは、同じゲルルグ原野の魔物の魔粉末は効かない。そのため原野では襲われることがほぼ確実で、これまでよりもずっと危険な旅になると予想された。そこで今回はある方法でタタールに向かおうとしていた。
「アーシュの言う通り、ゲルルグ原野には魔物が多い。だから次は単独移動じゃなくて原野キャラバンに参加するつもりだ」
「原野キャラバン、ですか」
原野キャラバンとは、危険なゲルルグ原野を越えるために複数の商人が固まって移動する集まりである。主な目的は金を出しあって魔物を撃退する冒険者を大量に雇うことだ。
「原野キャラバンには奴隷商人として参加する。だからお前たちは売り物だと説明するはずだ。本当に売るつもりは無いが、それっぽい演技はするように」
「かしこまりました」
リースが返事をし、他の三人もしっかりと頷いていた。原野キャラバンは帝国の最南端に位置する辺境都市が起点となる。早速明日には帝都を出発することにしよう。
◆
帝都から10日ほど旅をして帝国南端の辺境都市にやってきた。そこで原野キャラバンについて調べると、3日後に出発する隊があることがわかったので、すぐに代表である男に参加したい旨を伝えに向かう。
「お初にお目にかかります。リョウと申します」
「アルフレッドだ。紹介状は読んだ。ザリッヒ商会の当主が身分を保障するならば、何の問題も無い。キャラバンへの参加を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
帝国の奴隷商人であるザリッヒに書いて貰った紹介状をみせると、二つ返事で参加を許可された。ザリッヒは帝都でも有数の奴隷商だと弟のヨリッヒから聞いていたので、キャラバンに参加するために紹介状を書いてもらっていたのだ。
やはりこういう交渉には、地元の有力者に一筆書いてもらうのが一番である。
「負担してもらう費用は荷物と人の量で決めているのだが、リョウ殿は何をあつかっているのかな?」
「奴隷でございます。馬車一台に乗せて、タタールまで運びたいと考えております」
「はは! 性奴隷か? タタールは荒くれ者の街だから需要が多いはずだ。なかなかいいところに目をつけたな」
褒められてしまった。売る気は全くないのだが。
「我が隊は腕利きの冒険者を多数雇っておるから、安心したまえ」
「ありがとうございます。私は初めてゲルルグ原野に向かうのですが、アルフレッド殿のキャラバンに参加できるのならばもう心配はありません」
「それでは費用について、金貨2枚お願いしたいがよろしいか?」
「わかりました」
すぐに金貨を差し出すと、代わりに複雑な模様が刺繍された毛織物を渡された。
「これが参加者の証だ。3日後の朝に南門から出発する。その際持ってきてくれ。長旅になるから準備は入念に整えておくように」
「はい。それでは、よろしくお願いいたします」
◆
「ご主人様。今回は一人で移動するのでないのであれば、これまでのようにブルーレンには戻られないのでしょうか」
その日の晩飯で、皆にキャラバンの出発日時が決まったことを報告すると、リースが質問してきた。集団で移動するなら、扉を使って移動するのは控えたほうがいいだろう。
「そうだな。晩飯をキャラバンの連中と取るかもしれないし、基本的には戻らないと考えていてくれ」
「かしこまりました。それともう一つ、ずっと馬車にいる奴隷を一人決めてはいかがでしょう。その者を商品だと説明しておけば、問題も少なくなるかと思います」
なるほど。たしかに全員を商品だと言い張る必要性などどこにもない。仕事や学校で抜けることもあるだろうし。
「そうするか。それじゃあ、誰をその役にしようか」
「それならエルフである私がよいかと思います」
アーシュが率先して手を上げてきた。貴重なエルフなので、わざわざタタールまで売りに行くのもありそうな話だ。奴隷としての自分の価値をわかっているな。
「よし。それじゃあアーシュはタタールに到着する間、常に馬車に居るようにしてくれ」
「わかりました」
「どうせ馬車の中身は最初以外見られないだろうが、リースとロルも仕事と学校のとき以外はできるだけ馬車に居るように。サラは帝都の調査を優先だ」
「かしこまりました」
「はい!」
「わかりましたぁ」