17. ロルの実力
17
数日後に港町のブルグを出発し、東に進み続けて二週間ほど経過した。途中の街にはほとんど立ち寄らないでまっすぐ進んでいるにもかかわらず、最初の目的地であるガロン帝国までは道半ばといったところだ。
この世界の旅には、魔物と盗賊という二つの危険がつきまとう。
魔物については多くの場合、高価な魔粉末を惜しまなければ回避できる。この世界の街道は基本的に、弱い魔物が出現する場所を選んで通っている場合が多いからだ。
しかし盗賊についてはそうもいかない。街や関所から離れるほど盗賊に襲われる危険性は高まる。一応襲われた時の為に馬車には槍が置いてあるのだが、正直これを持って戦うのは無理だろう。
なので万が一襲われたら、速攻で扉を使って逃げる心構えだった。不意の一撃で殺されない限りは、口をふさがれようが手足を縛られようが地面や壁に扉を作ればいいだけだからな。この能力は戦いには使えないかもしれないが、逃げるだけならほぼ無敵だ。
◆
その夜は森の中の小さな川沿いに馬車をとめて野宿をしていた。いつものように俺は一人で毛布に包まり、リースとロルは別の毛布で抱き合って眠っているはずだった。
真夜中、耳元でぼんやりと声がする。
「……様、ご主人様」
「……?」
ぼうっと意識を覚醒させると、目の前にとても良い匂いのする犬耳があった。反射的にそれを甘噛みしてしまう。
「きゃ……! ご、ご主人様、目を覚まされましたか」
「……リースか。どうした?」
真っ暗でほとんど何も見えなかったが、何とか目を凝らしてみると、リースが俺に覆いかぶさるようにして顔を近づけていることがわかった。なんだろう。夜這いか?
「落ち着いてお聞きください。盗賊です」
「……盗賊?」
盗賊っていうと、あれか。いわゆるファンタジーに良く出てくる、短剣が得意で素早さの高い……
「今、ロルが撃退に向かいました」
「……なに?」
一気に目が覚めた。ロルが? 一人で?
「どうして……俺に相談せず行かせた」
「何者かが馬車に近づいてきて、すぐに離れていきました。その時点でロルが気配に気づいたのですが、私が止める間もなく、そこにあった槍を持って出て行きました」
ロルの奴、行動が早すぎる。何を考えていやがる。
「ロルは大丈夫なのか?」
「前に話した通り、ロルは優秀な戦士です。心配は無用でしょう」
「しかし大勢に襲われては……」
「もう始まったようです」
盗賊との戦闘が始まった――そう聞いて、心音が速まるのを感じた。ロルがたった一人で盗賊と殺し合いだって? 何の冗談だ。
じっと耳をそばだててみたが、周囲からは特に何も聞こえなかった。しかしリースはぴんと犬耳を立て、ある方向に向けていた。
「人々が慌てて走り回っている音が聞こえます」
「……ロルは無事なのか?」
「気配も隠せないような連中にあの子が後れをとるはずがありません。それに万が一つにもロルがやられましたらすぐにお知らせするので、御力を使って逃げてください」
あの小さなロルが一人で盗賊相手に立ち回っているなんて、まったく想像できなかった。しかしリースはロルの実力を信頼しているようで、加勢に向かう様子も見せず、俺をかばうような体勢のままでじっと耳をそばだてていた。
どれくらいの時間が経ったか。体感では数時間は経過したように感じたが、実際には数分のことだろう。突然リースがほっと息をついた。
「どうやら終わったようです」
そう言って、リースがランタンに明かりを灯した。真っ暗だった馬車の中がぼんやりと照らされる。するとすぐに、パタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「姉さま、終わったよ! あ、ご主人様」
馬車の外でロルを迎えると、俺の姿に気がついた彼女は慌てて槍をおきひざまづいた。
「ご主人様の槍を勝手に使って、ごめんなさいです」
「怪我はないか?」
「はい。暗かったし、相手は人間ばかりだったから反撃される前に倒しちゃいました」
聞けば犬獣族は基本的に人間より夜目が利き、さらにロル達の種族は特に夜に強いらしい。そのためこの暗闇の中ならば、間違いなく一人で撃退する自信があったそうだ。
「何人いた? 逃げた者は?」
「えっと、全部で4人倒したよ。逃げた人はいなかったと思うから、全員倒したと思う」
「そうか。とにかく無事でよかった」
「ご主人様。血がつくかもしれないからあまり触らないほうが……あっ」
遠慮するのも構わず、ロルを抱き寄せてやる。胸の辺りまでしかない小さな身体は簡単に捕まえることができた。
「よくやったぞ、ロル」
「……えへへ」
銀色の短髪をなでながら褒めてやると、ロルは嬉しそうにはにかみ、尻尾をぶんぶんと振り回していた。
しかし盗賊4人を一蹴できるほどにロルは強かったのか。確かにリースからは優秀な戦士だったと聞いていたが、正直ここまでとは。
「盗賊たちの死体はどうしてある?」
「賞金首かどうかはわからなかったから、そのまま打ち捨ててあります。放っておけば魔物たちが処理しちゃうと思うけど」
盗賊は国や冒険者ギルドによって賞金をかけられている場合がある。なので死体を街まで持っていけば金になる可能性もあるのだが、正直気持ち悪いのでやめておこう。
「ご主人様。ロルを綺麗にします」
「あぁ、頼む」
やがてリースが水とタオルを持ってきたので、ロルの身体を拭いてもらう。その間俺はロルが使った槍の手入れをすることにした。槍の穂先を明かりで照らすと、べっとりと血のりが付いている。それを見て、本当に盗賊を殺してきたんだなと実感してしまった。
身体を綺麗にし、服も着替えたロルを馬車の中で正座させる。
「さて、それじゃあ事情を聞かせてもらおうか」
低い声で威圧するように言うと、ロルがびくりと表情をこわばらせた。
「えっと、ごめんなさい。武器を勝手に使って、しまいました」
「そうじゃない。どうして俺に相談せず、一人で撃退しようとした? 無事だったから良かったようなものだが、下手したら死んでいたぞ」
事前に二人と話していた中では、もし盗賊や魔物に襲われて勝てそうにないと俺が判断すれば、扉を使って逃げることにしていた。馬車は捨てることになるが、命には代えられない。
おそらく今回俺が起きていれば、集団に襲われていることがわかった時点で即逃げていただろう。
「あの、その、私は……ご主人様を……うぅ……」
ロルは尻すぼみに声が小さくなってしまい、最後には黙りこんでしまった。黒い犬耳がへこたれて見るからに落ち込んでいる。
「ご主人様。お叱りならば私に」
ロルの答えを待っていると、リースが庇うように身を乗り出してきた。
「ロルはご主人様を守りたかっただけなのです。あの程度の賊が相手なら、夜で視界が悪いことも考えればロルが負けるはずが無い。私もそう判断して強く止めませんでした」
実際危なげなく撃退したみたいだし結果オーライではある。ロルの実力を把握していなかったことは俺のミスだろう。だが相談することなく危険な行為をしたことは叱っておかないと、いつまた無茶をするかわからない。
「盗賊を撃退してくれたことは感謝している。よくやってくれた。だが次からは俺に相談する前に危険なことをするのはやめろ。下手したらロル、お前を失うところだったんだぞ」
「……ごめんなさい」
「リースも気を付けろ」
「申し訳ございません」
「二人とも、明日の晩まで飯抜きだ。反省しておけ」
「えっ……」
ロルは今度こそ本当に泣き出しそうになってしまった。しかしなんとか踏みとどまると、結局はリースと共に何も言わずに頷いた。
まあ、叱るのはこれくらいにしておこう。今回はロルのお陰で助かったわけだし。
しゅんとうなだれるロルの小さな肩を掴み、ぐいっと抱き寄せて横になる。
「ふぇ……?」
「もう一つ命令だ。今日はこのまま寝ろ」
「あっ……あの……」
突然抱きしめられ、目を白黒させるロルだったが、すぐに腕の中でしおらしく身体を丸めた。リースが微笑みながらランタンの明かりを消す。
「リースもこっちにこい」
「かしこまりました、ご主人様」
盗賊に襲われた恐怖を誤魔化すように、その夜は二人を抱きしめたまま眠った。
2章終了時点
ポイント 約8,000
印数 17/23
扉数 4/5
主な扉の一日平均利用者数
ブルーレン東市場-西市場 約300人




