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16. 目標

16


 取り引きと受け渡しの細かい点を決めて契約書を作り終えると、バフトットが以前のお返しにと茶をごちそうしてくれた。聞けば掌に収まる程度の小袋で1個で金貨1枚という、ばかげた値段のする高級品らしい。


「これは……美味しいですね」


 家で入れたものより随分と美味しくて、驚いてしまった。淹れ方を間違っていたのだろうか。


「クー国産のお茶は高級品ですから、混ぜ物をして量をかさ増しして売る業者も多いのですよ。これは信頼のできるところから買いましたので」


 それじゃあ、うちの茶葉は混ぜ物が入っているのか。変なものじゃなければいいが。


 この世界では、茶というものは東方の国々でしか採れない。それなのに西方諸国では嗜好品として非常に人気が高いため、高級品の一つとして知られていた。ブルーレンではこの茶葉のように、元の世界とは随分と価値が違う商品が存在する。ついでなので、この辺りで扱われている高級品について聞いてみた。


「西方諸国で高価な交易品といえば、お茶の他になにがあるのでしょう」


 バフトットが猫耳をピクリとさせてから答える。


「そうですね、お茶以外で高級品といえば、神獣核、宝石類、絹織物、それに香辛料あたりでしょうか」


 神獣核というのは最上級の魔物の核で、最も有名なものはドラゴンのそれである。神獣核は宝石や薬などに利用されるが、ほとんど流通がないため、他と一線を画す高級品だそうだ。


 しかしこの神獣核を扱うことは難しいだろう。そもそも俺の能力は明らかに戦闘向きじゃないし。


 次の宝石類は元の世界と同じと考えていいようだ。ダイヤモンド、エメラルド、真珠などである。この世界では神獣核も宝石として扱われているが、それでも人気は高いらしい。


 もしもこの宝石類を安く輸入できれば大儲けできるかもしれない。問題としては、宝石類はどこにいっても高級品だということだろうか。


 絹織物については、お茶と同じく東方でしか生産されていない。しかし上流階級における絹織物の人気はすさまじく、時に宝石以上の値段で取引されるらしい。


 お茶と同様に絹織物を扱うとすれば東方に買い付けに行くしかないだろう。ただ東方商人という東の国々の商人が輸入を独占しているらしいから、競争は避けられないとのことだ。


 そして最後が香辛料である。


「香辛料は美食家の貴族の間で大変な需要があります。一方で調味料としての役割のほかに薬としても有用ですので庶民の間でも珍重されており、また冒険者や旅人には塩の代わりに肉や魚の保存に使われています。このようにあらゆる層に需要があることに加え、それ自身が保存性がよく貴重であることから、一部の国では通貨として利用できるほどの高級品です」


 バフトットの説明は俺の知っている香辛料のそれだった。おそらくコショウやチョウジのことだろう。


「香辛料はどこで採れるのでしょう」

「南部諸島が原産だと言われております。ですがあまりに遠すぎるので、誰も確認したことがありません。ブルーレンで見かけるものはすべて、東方商人から買い付けられたものです」


 遠すぎるか。遠いだけなら、一度行ってしまえば『扉の管理者』を使えば移動は自由だ。香辛料は農作物だし、宝石などと比べて現地で買い集めることも容易だろう。俺の能力と相性がいいかもしれないな。


「南部諸島とやらに行くには、どうすればいいのでしょう」

「南部諸島……ですか」


 バフトットは小さく考え込んだ後、答えてくれた。


「三つほどルートが知られていますが、どれも大変危険です。一つ目は東の大森林を抜けるルートです。しかし大森林は竜の巣、暗黒大陸と並ぶ三大魔域の一つ。踏破には神獣核クラスの魔粉末か、強力な冒険者が必要でしょう。二つ目は北東のカルカル高地を越えてクー国に入るルートです。このルートは多くの東方商人に利用されていますが、常に諸民族が争っている地域なので土地の者とコネでもなければ抜けるのは難しいと思われます」


 どちらも危険そうだな。大森林なんか踏破に神獣核が必要とか、ムリゲー過ぎるだろ。


「どちらも難しそうですね。三つ目はどうなんでしょう」

「三つ目は南のゲルルグ原野を越えて大砂漠に入り、そのまま大砂漠を東に横断するルートです。伝説の旅人ルーマ・ルーが踏破したと伝わっています。彼の残した記録によれば大砂漠には生き物が生息していないそうなので、魔物や盗賊を心配する必要が無いようです」


 魔物や盗賊の心配がない、か。なんか楽そうに聞こえるが。


「大砂漠のルートが一番安全そうに聞こえますが」

「いえ、このルートを使って南部諸島に辿り着いた者など、実際には聞いたことがありません。あまりにも遠すぎるのです。ゲルルグ原野にはタタールという街があることが知られていますが、その先の土地は全くの未開地で、人々の交流もありません。知られていることといえば、ラーシャーン砂国という砂漠の中に巨大な湖と白亜の王宮を持つ国があるということだけ。それすらもおとぎ話だという噂もありますが」


 おとぎ話と言われるほどに遠い国を経由していくルートか。確かに砂漠を横断するのは大変そうだが、俺の能力を使えば補給し放題なわけだし、問題は少なそうに思える。正直、強力な魔物や人同士の争いに巻き込まれるよりはずっとましだ。


 俺の能力を使って交易するなら、安く手に入る土地で仕入れて、高く売れる土地で売るのが一番だ。その為には出来るだけ離れた地域で交易した方がいい。商品の出処も分かりづらくなるしな。


 今後は香辛料を仕入れるために、ゲルルグ原野と大砂漠とやらを抜けて南部諸島を目指すことにするか。旅の途中で拠点や奴隷を増やしながら交易をつづけて、最終的には香辛料でぼろ儲けする。とりあえずこれを当面の目標としよう。





 3日後の朝、俺は港町ブルグに来ていた。この取引の為に借りておいた倉庫の前で、先日市場で会った漁師の男と待ち合わせる。ちなみに男の名前はカールと言うそうだ。


「旦那。今日獲れたての魚だ。言われた通り籠で6個分用意したぜ」

「ありがとうございます。この籠は明日の朝にお返ししますね」

「あぁ。それじゃあ全部で銀貨10枚……本当にいいのか?」


 いざ銀貨を渡すと、心配な顔をされた。元々は籠1個を銀貨1枚で売っていたのだから、随分と高値で買い付けたことになるからだろう。


「えぇ。その代わり、この取引については他言無用でお願いしますよ」

「勿論だ。だけど、ここでいいのかい? 言ってくれれば中にまで運ぶのに」

「ここからは我々が運びますので、お気になさらず。それと明日以降、こちらのリースが私の代理で受け渡しをすると思いますのでよろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」


 隣にいたリースがぺこりと頭を下げた。男はリースに挨拶した後、明日の納品の約束をして帰っていった。


「それじゃあリース、ロル。運んでくれ」

「はい」

「はーい」


 控えていたロルを呼び、魚の入った籠を倉庫に運び込ませた。つづけてバケツリレーの要領で、扉からブルーレンの拠点の地下室に籠を移動させる。


 二人がその作業をしている間に、新たな扉を作成することにした。買っておいた板から扉を繋ぐ先は、ランカスター商店が所有する取引場の倉庫だ。倉庫の大きさは教室ほどであり、そこに隣接された小屋へ扉の出口を作成した。


 繋げた扉を使って魚を取引場に運び終え、しばらく待っていると、ブルーレンに朝を告げる鐘の音が鳴り始める。それを合図に取引場の入り口が開いた。


「リョウ殿。おはようございます」

「おはようございます、ジェフトットさん」


 妖精猫族ケットシーの商人ジェフトットが一人でやってきた。彼は挨拶もそこそこに、籠一杯に盛られた新鮮な鮮魚に目を向ける。


「本当にこれだけの量の鮮魚を用意されたのですね」

「はい。これから毎日納入する予定です」

「これはまあ、なんというか、とんでもないことですね」


 ジェフトットは目がまん丸にして驚いていた。長年この街で売買人をしているという彼にとって、この光景は随分と異常に見えるのだろう。俺の能力を使わなければあり得ないことだからな。


「聞いているとは思いますが、この取引は他言無用でお願いしますよ」

「わかっております、バフからも厳しく言われましたからな。それでは代金でございます」


 金貨2枚を手渡される。その際に今後の取引役のリースを紹介することにした。


「ジェフトットさん。こちらリースという私の奴隷です。明日からは彼女が取引の代理をすると思いますので、よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」


 リースが再び頭を下げる。さっきの漁師への挨拶時といい、なかなか堂々とした立ち振舞いだ。


「かしこまりました。リースさん、よろしくお願いいたします」

「それではまた明日。失礼いたします」


 拠点の地下室に戻ると、ランカスター商店への扉を設置した板は穴を下にして地面に置いておく。これで向こうからはこちらに来ることができないことは確認済みだ。さらに倉庫側の出入り口を設置した部屋には絶対に入らないようバフトットと契約しているので、とりあえずは大丈夫だろう。


 朝食がまだだったので、リースとロルがすぐに用意してくれた。今日は小麦のパンと羊のチーズだ。


「二人ともご苦労だったな。魚の入った籠を運ぶのは結構な重労働だったろう」

「いいえ。あの程度大した仕事ではありません」

「昔はあれよりも重い瓶で水汲みしてたもん。余裕だよ」


 二人ともなかなか頼もしい。俺なんか何もしていないのに結構疲れてしまったが。


「それよりも素晴らしいのははご主人様でございます。遠方を繋ぐ魔法もそうですが、それを用いて鮮魚を扱おうという発想に感服いたしました」

「凄いと思います!」

「うん。まあ、ありがとう」


 二人は手放しに褒めてくれるが、この魚取引、実際やってみると問題点が見えてきた。


 一番怖いのはやはり、内陸部で海魚の鮮魚を売るという特殊性だろう。一応漁師のカールには口止めしておいたし、直接売り出すのはランカスター商店なのだが、あまり大量に取引するとどこかでボロが出てしまいそうだ。取引量を増やさず、今回くらいの量でしばらく様子を見たほうがいいだろう。


 しかしまあそうは言っても、とりあえず毎日金貨2枚程度を稼ぐ体制が整ったわけだ。多少危険かもしれないが、危なくなったらとっととトンズラすればいいわけだし、気楽にやることにしよう。


「これから先、基本的にこの取引は二人に任せる。毎日記録もとらせるから間違いのないように。アモスさんのところでしっかり学んで頑張ってくれ」

「お任せください」

「は、はい!」


 ロルは少しひるみながらも返事をしてくれた。まあ苦手なんだろうが、できるようになってもらわないと困る。


「それと今後についてだが、とりあえずは南部諸島を目指していくつもりだ」

「南部諸島……ですか。どのようなところでしょう」


 知らないらしい。あのバフトットですら話しか聞いたことが無いくらいだ。仕方ないか。


「まずはガロン帝国を目指す。そこから南下してゲルルグ原野を越えて、大砂漠に行く。そこまでで少なくとも半年近くはかかるそうだ。そこからラーシャーン砂国という国を経由して大砂漠を横断するから、全部で一年はかかるんじゃないかな」

「それは、大変な旅路でございますね」

「どうせ毎日拠点には戻るからな。途中の街にもあまり立ち寄る必要もないし、そこまで大変じゃないだろうよ。まあとにかく、これからもよろしく頼むぞ。二人とも」

「お任せください」

「はい!」


 

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