14. 港町へ
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次の日の朝から、港町ブルグに向けて出発した。ブルグはブルーレンの東にあるラスチ国の一部らしく、東門を出て川沿いの街道を行けばいいそうだ。道中のほとんどが鬱蒼とした森の中だったが、たまに視界が開けては緩やかに流れる川を見渡すことができた。
「ご主人様」
馬車に乗ってのんびりと進んでいると、背後から声を掛けられた。振り返ると板に設置した扉から、リースが顔を出していた。
「どうした」
「晩御飯の買い出しに行こうと思うのですが、何かご希望はありますか?」
「好きなものでいいぞ」
「好きなもの……ですか」
選択肢を与えると困ってしまうようだ。ある程度希望を絞らないと、か。
「それじゃあ肉料理がいいな。昨日市場に鳥肉があったから、あれで何か作ってくれ」
「わかりました。それでは買いに行ってきます。その後はすぐにアモスさんのところに行きますので、帰りは夕刻になると思います」
「あぁ。気を付けて行ってこい」
リースを見送ると、また馬車にゆられるだけの作業に戻る。嫌いじゃないんだが、暇だ。途中の同業者っぽい荷馬車や行商人とすれ違うくらいで、あとは似たような風景の中で延々と進むだけなのだから。一応リースかロルのどちらかを残して話し相手にすることも考えたが、女一人で街を歩かせるのもどうかと思ってやめておいた。
日が落ちると適当なところで馬車を止め、魔粉末を焚いて魔物対策をし、晩飯のために拠点に戻った。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……おかえりなさいませ」
居間に戻ると、リースとロルが食事の準備を止めて出迎えてくれる。二人とも麻のエプロンを身に着けていて、なかなか可愛らしい。
「馬車をあまり留守にしたくないから、さっさと食べてしまおう」
「はい。すぐに用意いたします」
馬車に置いてある扉の出入り口は麦わらを積んで隠してあるが、あまり留守にするのはまずいだろう。本当は馬車で食べたほうがいいんだろうが、滅多に人と出会わないし、そこまでするのもな。
席について待っていると、二人がてきぱきと料理を盛り付けていく。リクエストしていた鶏肉は串焼きになって大皿に山盛りにされ、パンと野菜のスープと一緒にテーブルに用意されていた。ちなみに串焼きの味付けは塩をかけただけのシンプルなものだ。
「うん。これも美味しい」
「ありがとうございます」
「……よかった」
俺が感想を言うと、二人がほっと息をついた。その後でようやく、自分達の前に盛り付けた食事を食べ始めていた。命令される前に食べ始めたので昨日より進歩したようだ。
しかし今日の串焼きもなかなか美味しいわけだが、塩味だけなので少し物足りない。別にリース達が悪いというわけではなく、どうもこの世界の料理は基本的に塩でしか味付けされないので味が薄いのだ。
「この辺りでは串焼きに塩以外を使ったりしないのか?」
「えっと、香辛料を使ったものが御好みだったのでしょうか」
リースが真剣な表情で聞いてくる。香辛料……コショウとかのことか。
「いや、そういうわけではないが」
「香辛料は大変高価なため、私の独断で買うわけには……」
「どれくらいするんだ?」
「正確にはわかりませんが、黒コショウなら片手ですくって金貨1枚ほどでしょうか」
ということは、ざっくり100gで金貨1枚くらいか。たかっ。
「確かにそれは高いな」
「はい。私は数えるほどしか味わったことがありません」
「ロルもか?」
「……昔狩りで初めて獲物をとったときに、仲間に分けて貰ったことがある」
「へぇ。何をとったんだ?」
「猪」
ウサギとかじゃないんだ。大物だな。
「それじゃあ余裕ができたら今度買ってこよう。俺も興味があるしな」
「本当?」
ロルがぱぁと表情を明るくした。銀髪から飛び出る犬耳も、ぴょんと楽しそうに跳ねている。
「あぁ。その時はリースと一緒にがんばって料理してくれ」
「うん」
ロルは徐々にだが、明るい表情をする機会が増えている。このまま元気になってくれれば安心だ。
「ところでご主人様。夜はこちらでお休みになるのでしょうか」
晩飯の後二人に片づけをさせていると、リースが聞いてきた。夜は馬車を見張る必要があるため、馬車で休むつもりだ。荷台には出発前、大量の麦わらを詰めておいたので、そこまで寝心地が悪いこともないだろうし。
「いや、馬車で寝る気だが」
その答えにリースが眉をひそめる。
「いけません。どうかお部屋でお休みください。馬車の番なら私たちがやります」
それだと緊急事態が起きたとき、対応が遅れるんだよな。
手におえない魔物や盗賊に襲われた場合、馬車を放棄して扉を使い逃げるという方針でここまで旅をしてきた。馬車はやられてしまうだろうが、命にはかえられない。
「俺だったら魔物や強盗に襲われても、すぐに扉に逃げ込んで閉じてしまえばいい。二人に任せてしまうと、最悪の場合この家まで侵入されるかもしれないから危険なんだ」
「しかし私たち奴隷がベッドで寝ているというのに、ご主人様がそのような……」
「それなら二人も一緒に馬車で寝るか?」
俺だけ馬車に寝させるのが許せないなら、一緒に寝ればいいじゃないか。俺は二人を抱き枕にできるし。
「ご一緒させてもらってよろしいのですか?」
少しからかうつもりで言ったのだが、リースはすぐに表情を明るくして聞き返してきた。あれ?
「ん、あぁ」
「ありがとうございます。すぐに用意します」
その後はすぐにシーツを持ってきたリースとロルが馬車に乗り込んできた。
ただ少し当てが外れ、リースとロルが二人で抱き合って寝る隣で、俺は一人で毛布に包まって寝たわけだが。