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13. リースの告白

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 その日の夜。二階のベッドで一人横になっていた。この世界のベッドは基本的にただの板だ。かなり慣れてきたが最初はきつかった。麦わらを敷き詰めその上からシーツを掛けると寝心地が良いという話を聞いたので、今度買ってきて試してみるつもりだ。


 そんなことを考えながら眠ろうとしていると、扉をノックする音がした。続けて女性の声がする。


「ご主人様。リースでございます」

「どうした?」

「少し、よろしいでしょうか」

「あぁ。入れ」


 入ってきたリースの姿を見て、ぎょっとした。毛布を被ってはいるものの、明らかに裸だったからだ。肩口からは艶めかしい素肌が見えているし、毛布の間から尻尾が飛び出している。


 おもわず、ぽかんと口を開いて呆けてしまった。


「お情けをいただければと思い、夜伽の用意してまいりました。どうかご自由にお使いください」


 そう言って毛布をはだけると、リースの裸が露わになる。淡く輝く柔肌に薄っすらと背を覆う銀色の毛並み。薄暗いランプの光を浴びたリースの姿は、ため息が出るほどに美しかった。


「……頼んでいなかったはずだが?」

「ですが、私は性奴隷として買われましたので」

「こういうやりかたは商人から習ったのか」

「はい……おかしかったでしょうか」


 一瞬、リースの表情が不安そうなものへと変わった。おかしくはない。むしろ、ないすぅと言ってやりたいくらいである。ただ、突然の状況に戸惑ってしまっているだけだ。


「とりあえず、ここに座れ」

「失礼いたします」


 ベッドの上をポンポンと叩くと、リースはこくりと頷き、裸のまま歩み寄って来た。ランプを床に置き、隣に座る。一応両手で懸命に隠してはいるものの、ほとんど意味を成していなかった。


「さて、どうしようか」


 なぜ聞いた。思わず自分で突っ込みを入れてしまう。


「お好きに使っていただければ、嬉しく思います」


 しかしリースは律儀に答えてくれた。


 最初は薄暗くてわからなかったが、近くで見ると顔が紅潮していることに気が付いた。奴隷商人のところでもあっさり裸になったから、脱ぐことにあまり抵抗が無いのかと思ったが、やっぱり恥ずかしいようだ。いや、演技の可能性もあるか。


「リースは初めてなんだよな」

「……はい」

「やり方とか、誰かから聞いたことあるか?」

「奴隷商人からはご主人様の言う通りにしろといわれました。その、行為については、村の女性からなんとなく聞いたことがあります。ですが……実際には……」


 最後の方は消え入るような声になってしまった。顔も真っ赤で、こっちが恥ずかしくなる。


 まあ、それ目的で買ったようなものだし、手をつけるなら早いほうがいい。せっかく覚悟を決めてきてくれたみたいだし、俺も覚悟を決めるか。


 ごくりとつばを飲み込み、子犬のように身体を小さくするリースに手を伸ばす。そして、その柔肌に指先を触れ―― 


「……ご主人様、一つだけ謝りたいことがございます」

「えっ……と、なに?」


 手を触れる直前に言われ、どきりとしてしまった。なんだ? ここまできて、やらせてくれないとかは無理だぞ。


「私は、ご主人様を利用しようとしていました」

「……利用?」


 一瞬、言葉の意味がわからなかった。奴隷が主人を利用するって、どういうこと? 


「私たちの住んでいたナスル村は、人間達に略奪され滅ぼされました。その時に村人のほとんどが殺され、年の若い者たちだけが奴隷として捕まりました」


 捕まった犬獣族ワードッグたちはガロン帝国で競売にかけられ、各地の奴隷商人に売られていき、ブルーレンまで連れてこられたのはリースとロルの二人だけだった。そんな苦境の中でもリースは、奴隷商人の言うことを素直に聞き、必死に教育も受けることでなんとか生きていこうとしたそうだ。


 しかしまだ小さなロルには、この現実はあまりにも残酷すぎた。


「妹のロルは元々活発で、大人に交じって狩りに出るほどに優秀な戦士でもありました。しかし村が焼かれ、生き残った仲間ともばらばらになってからは、ずっとふさぎ込んでしまうようになりました。運良く私とは一緒に売られてきましたが、むしろそのせいで、ひどく私を頼るようになってきたのです」


 そういえば家に来た時、何度もリースにすがろうとしていたな。あれはそういう事情だったのか。


「このまま私とも生き別れてしまうと、ロルは生きていけないと思いました。なので私は先に買われて、主人となった者を籠絡して、ロルも買わせることを思いつきました。しかし――」

「籠絡するまでもなく、俺がロルも買ってしまった、か」


 それじゃあ奴隷商人のところで言われたリースの提案は、最初から考えていたというわけだ。


「ご主人様にお目にかかったときから、この方ならロルも買ってくれそうだと思いました。まさかその場で買っていただけるとまでは思っていませんでしたが……」


 それは結果オーライじゃないのか? 別に俺は損してないし。


「結局希望通りになったんだから、良かったじゃないか」

「はい。本当に感謝しております」

「というか籠絡しようとしていたとか、黙っとけばわからなかったんだから言わなきゃ良かったのに」


 奴隷の思惑通りになっていたことを知ったら、怒る奴もいるだろう。それなのにわざわざ告白してくるとは。


「……知っておいていただきたかったのです。ご主人様は私の想像もおよばぬ魔法を操る偉大な方。それなのに奴隷の我々を信用し、秘密を教えてくださった。そんなご主人様を私などが利用しようとしたか思うと、恥ずかしくて仕方がなかったのです」


 なるほど。どうも奴隷が主人を利用することなど、あってはならないことだと信じ込んでいるようだ。


 段々とリースの性格がわかってきたぞ。こいつはようするに、くそ真面目なんだな。


「ご主人様はロルと一緒に買っていただくという私の願いを快く聞いてくださり、しかも大変優しく扱ってくださいました。これからは心を入れ替えて尽くしますので、どうか浅はかな考えを持っていた私をお許しください」


 そう言って、再び頭を下げられた。


 正直謝られる意味がわからない。俺を利用したといっても、そもそもロルに興味を持ったのは俺自身だし、リースは奴隷に落ちた自分にできる範囲で必死に妹を助けようとしていただけだ。


 ただまあ、別にこだわることでもないか。謝りたければ謝らせておけばいいや。


「わかった。許す」

「ありがとうございます」


 顔を上げ、うるうると瞳をぬらすリース。なにやら感激しているようだが、そんなことはどうでもいい。


 正直、もう我慢ができそうに無い。


「ただ一つだけ勘違いしているぞ」

「なにを……でしょうか」

「別に俺はお前たちに優しくするつもりはない。仕事ではこき使うだろうし、夜の勤めもきっちり果たしてもらうからな」


 ランプに照らされる胸を、ゆっくりと撫でるように掴んだ。そして徐々に力を入れていくと、リースの顔が赤く染まっていく。


「覚悟しております。どうか遠慮なさらずに、お使いください」


 そう言って、リースは目を閉じた。差し出された真っ赤な唇に、ゆっくりと顔を近づいていった。








 身支度を整えたリースが、三つ指をつく形で頭を下げてきた。


「御情けをいただきありがとうございました。この後はどうすればいいでしょうか」


 この後というと、一緒に寝るかどうかか。このふさふさでやわらかい身体を抱いて寝るのも気持ち良さそうだが、どうしようかな。


「ロルはどうしている?」

「ロルですか? もう眠っています。今日は色々ありましたので」


 色々、か。


 俺に買われたことを含めて、この姉妹は結構壮絶な経験をしている。リースは大丈夫そうだが、ロルにも早く立ち直って欲しいものだ。


「それじゃあ今日は部屋に戻れ。明日からは旅に出るし、しばらく夜伽も来なくていいから」

「しかし、それでは……」

「欲しくなったら呼ぶ。ロルが落ち着くまでは、できるだけ一緒に寝てやれ」

「……はい。ありがとうございます」

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