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11. 人格者

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「突然すみません。私はリョウ・カガと申すものですが、ご主人はいらっしゃいますか?」


 目的の家を訪ねると、出てきたのは獣人の少女だった。ロルと同じくらいの歳に見える。奴隷かと思ったが、所有を示す首輪が無いので違うようだ。少女はこくりとうなずいてから奥へと消えていき、しばらくして目当ての男と一緒に戻ってきた。


「これはこれはリョウ殿。お久しぶりでございます」

「お久しぶりです、アモスさん。お元気でしたか」

「勿論です。どうぞ中へ。歓迎しますよ」


 応接間に案内されるとすぐ、小麦売買の件で礼を述べた。


「先日教えていただいた小麦売買、無事に大儲けすることができました。良い話をありがとうございました」

「いえいえ。成功なされたなら幸いです。あの後、思ったよりも早く軍が動いたと聞きましたので心配していたのです」

「なんとか峠が封鎖される前に、オセチアに戻ることができました」

「そのようですな。いや、無事でなによりだ」


 そのまましばらく雑談しているとお茶が出てきた。給仕をしているのは先程の少女だ。その姿を眺めていると、ぺこりとお辞儀をされた。アモスさんが紹介してくる。


「ネルと申します。犬獣族の娘で、預かっている孤児の一人です」

「孤児を預かっているのですか?」

「はい。最近は身寄りの無い子供を預かって勉強を教えているのです」


 まじか。ボランティアって奴か? そんなことをする人が本当にいるんだな。


「それは素晴らしいですね。どのようなことを教えているのですか?」

「色々ですよ。読み書き、計算、地理、マナー、それと簡単な武術も教えています」

「ぜひ、私も学んでみたいですね」

「あはは! 本当に簡単なことしか教えていないので、リョウ殿には必要ありませんよ」


 うーむ。むしろ異世界人の俺にこそ必要な気がするが。しかしアモスさん、王都から移住してきて間もないはずなのに、もうこんな慈善活動をしているなんて、どんな人格者だよ。


「王都でもこのようなことをしていたのですか?」

「いえ、王都ではこのような余裕はありませんでしたよ。ただただ仕事に追われる毎日でしたから」


 話を聞くと、アモスさんは元々コーカサス国の王宮勤めだったらしい。要するに役人だ。


「リョウ殿と出会う少し前に、コーカサスはバランに反攻することを決定しました。それより前から和平を結ぶために尽力していたのですが、もはや身の危険を感じる程に王宮内が侵攻論に傾いてしまいましたので、致し方なく王都を脱出したのです」

「それは、大変でしたね」

「はい。まあお陰様で面倒なしがらみもなくなり、好きなことができるようになりました。子供たちを教えるのは楽しいですよ」

「何人くらい教えていらっしゃるのですか?」

「家で預かっているのは3人程です。ほかにも近所の子供もたまに来ますよ」

「へぇ。まるで学校ですね」


 俺が何気なく言うと、アモスさんの表情が少し曇った。そして小さくため息を吐く。


「そうですね。本当は私、コーカサスに学校を作りたかったのです。貴族や金持ちだけでなく、すべての身分の子供達が学べる学校をですね」

「すべての身分の子供ですか」

「はい。市民や農民だけでなく、奴隷や貧民の子供まで分け隔てなく学べる学校を作りたかった。具体的な形にまとめて王に提案までしてみたのですが、一顧だにされませんでしたけどね」


 この人、俺が知っているそれに近い学校を作ろうとしたらしい。


 元の世界でも教育というものは、近代まで貴族や商人の息子など一部の選ばれた者しか受けられなかったはずだ。この世界でもその形態が常識のようだが、アモスさんは随分と時代を先に進めた考えを持っている。


「素晴らしいお考えだと思います」

「しかしまあ、現実的には無理なのでしょう」

「いえ、そんなことはありません。とても素晴らしい考えで、感動いたしました。微力ながら、私にも応援させてください」

「ありがとうございます」

「それとよければ、私の奴隷もアモスさんの所に通わせてみたいのですが」


 せっかく勉学を教えているというので、リース達のことも頼んでみることにした。


「奴隷ですか。構いませんよ。あまり多いと無理かもしれませんが」

「いえ、犬獣族の娘が二人だけです」

「それなら問題ありません。犬獣族ならネルの良い友達になりそうです」


 控えているネルを見る。この娘も犬獣族のようだ。それならたしかに打ち解けやすそうだな。


「それでは3日に1度程度、二人をこちらに通わせます、お代は月に金貨1枚でいかがですか」

「それはリョウ殿、多すぎますよ。何か食べものでもいただければ、それで構いません」


 金貨1枚といえば、節制すれば大家族が1ヶ月は生活できる金額だ。アモスさんは今のところお金には余裕がありそうだが、今後は多くの孤児を養うつもりならば金は必要だろうだろう。これくらいは払っておきたい。


「いえ、アモスさん。先日オセチアで受けた恩を返させてください。もし多すぎるというならば、ご自身の理想のために使っていただければ良いのです」

「リョウ殿……ありがとうございます。それでは、お願いいたします」


 結局、月金貨1枚でリースとロルに教育を施してもらうことにした。明日から早速通わせることを約束し、アモスさんの家を後にする。


 あの二人にはもう少し学をつけてもらって、商売の手伝いもして欲しかったので渡りに船だ。とくにリースの方は奴隷商人のところでも出来が良かったようだし、期待しておこう。



 先日のバフトットの件の後、一つ考えていたことがある。それは奇貨居くべしを俺も実践することだ。


 あのアモスという男、相当な傑物であることは間違いない。それほど歳をとっているようでもないにもかかわらず王に提案できる地位にまで出世していたようだし、孤児を預かって教育を施してしまうような信じがたい人格者でもある。


 そしてなにより、あの教育に関する先進的な思想は貴重だ。良い関係を築いておけばきっと何かの役に立つだろう。

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