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104. 再契約

104 再契約


 後日、護衛班を使ってアスタで情報収集させた結果、どうやらテナの狙い通り、エリン族の襲撃により神獣核が奪われたという話が広まっていた。サルド率いるイスタ族はこれに激怒しており、エリン族と正面から争うことになりそうだと、アスタの連中は噂しているようだ。


 実際のところ、サルドがテナの自作自演にきづかなかったのか、気づいた上で乗っただけなのかはわからない。だがこれからレバ海はしばらくの間、人魚族の大部族同士がぶつかり合うことになるだろう。俺としては武具の仕入れを増やし、それらをガギルダ経由でイスタ族に流すことで利益を得ることができるのでいくら戦争してもらっても構わないが、負けてもらうと面倒なので戦況は注視していくつもりである。


 ちなみにアスタの街で集めた噂によると、襲撃で攫われかけたサルドの妹君は、婚礼相手の裏切りに傷心しきってしまい、故郷に戻って寝込んでしまったそうだ。



「別に攫われてないんだから、傷心するわけないでしょう」


 テナにその話をすると、呆れた様子でそう答えられた。こいつは噂などどこ吹く風、事件から数日後にひょっこりカルサ島に戻ってきた。サルドとは一悶着あったそうだが、結局カルサ島に戻ることを許されたらしい。


 そして今日はテナと、付き人であるアンとラキリスの4人で、以前バーベキューを行なった例の無人島へとやってきていた。


「だが戻ってくるにしてもあっさり過ぎるだろう。結局サルドはお前の話を信じたのか?」

「そうね。神獣核が無くなっていることは事実だし、エリン族の仕業だと言ったらそれなりに納得していたけど、さすがにあの兄様でも何かおかしいって感付いたかもね。でもこのまま神獣核が出てこなければ、兄様はエリン族と争い続けるでしょう」

「神獣核はこのまま隠しておいた方が、都合がいいというわけだ。それならなぜ今日、持ち出してきたんだ?」


 今日のテナは普段通り麻のシャツと短パンというラフな恰好をしていたが、手には神獣核を抱えていた。しかもそれは剝き出しのままではなく、真っ赤なサンゴと色とりどりの真珠や宝貝で装飾されている。左右には取っ手がついてはいるが、見た目にはかなり持ちづらそうだ。


「今日はこれの威力を試そうと思ってね」

「威力だと?」

「えぇ。ヴィエタ夫妻とアンちゃんに協力してもらって作った、神獣核を使った魔法杖の試作品よ。名付けて魔神球。どうかしら」


 心配になるほどダサいネーミングだ。まあ名称などどうでもいいが、神獣核を使った魔法杖か。凄そうだが実用性はあるのだろうか。


「よくわからないが、たしか魔法杖はソルタートルの魔核を使うと言っていたな。リヴァイアサンの魔核でも魔法って使えるのか?」

「前からヴィエタ夫妻と一緒に色々試していたのだけど、意外といろいろな魔核でも魔法自体は使えたの。それに使える魔法の規模や操作感が、魔核によってそれぞれ違うってこともわかってきたわ。だからリヴァイアサンの魔核でも、理論上は魔法杖は作れるだろうとは前から話していたの」

「なるほど。それで、どんな感じなんだ」

「まあ見ていて。私も本気で使うのは初めてだから。カルサ島で使う訳にはいかなかったからね」


 そう言ってテナは浜辺から歩いて腰のあたりまで海に入ると、目を閉じて魔神球を掲げてみせた。その瞬間、周囲の海水が一瞬にして浮かび上がり、沖へと吹き飛んでいく。その速度と規模は、これまで見たことがないほどだった。


「うお……」

「まだまだ!」


 テナは楽しそうに声をあげ、両手で抱えた魔神球をぶんと振り回した。すると沖の海水が意思を持つかのように、一か所に集まって盛り上がり始める。その高さは軽く見上げるほどで、さらに海水がうごめく範囲は今いる無人島の広さすら超えていた。



 しばらくその光景に圧倒されていたが、やがてテナがふうと息を吐くと、海水の山は崩れおち、巨大な寄せ波となって打ち寄せてきた。慌てて高台に避難しようとしたが逃げきれず、足元を海水で濡らしてしまう。


「……おい」

「あはは! ごめんごめん。加減が分からないのよ」


 俺の不機嫌な声を、テナはけらけらと笑って受け流していた。靴くらい脱いでおけばよかったな。


 しかし魔神球か……これはもう、敵を倒すとかそういう次元ではない。大軍をまとめて押し流し、地形すら変えてしまうほどの威力だ。


「噂に聞くリヴァイアサンの怒り並みの威力だな」

「えぇ。いま初めて全力で使ってみたけど、自分でも驚いているわ。でもこれ、やばくない?」


 そんな女子高生のような感想を言われても困るが……


 正直なところ、危険すぎる。槍と弓程度の武器しかないこのレバ海において、一つだけ大量破壊兵器が存在しているようなものだ。しかもそのボタンを押せるのは、強力な魔法使いであるこのテナだけである。


 こんな力を持っている女が近くにいるなんて、正直生きた心地がしない。今は良いが、もし敵に回るようなことがあればかなりのリスクだろう。


 しかし一方で、こいつはイスタ族長の娘としても、強力な水魔法の使い手としても、代わりのきかない人材だ。イスタ族を始めとする人魚族とのコネとしては非常に有益だし、カルサ島を守るための防衛力としても使える。海辺での戦闘力だけ見れば、おそらく万の軍隊よりも強力だろうからな。


 さて、どうしてくれようか。


「あなたの考えていることは大体わかるわ、リョウ。こんな危険な魔法を使う私がいつ敵に回るのか、警戒しているのでしょう?」

「……」

「心配しないで。今のところ私はあなたの味方よ。あなたにはずいぶんと大きな借りがあるし、カルサ島での生活も気に入っているから。だからこの魔神球はとりあえず、カルサ島を守るためにしか使わないつもり」


 テナは真顔で言ってくるが、言葉通りに受け取ってもいいものか。なにせこいつは先日、アスタでとんでもない騒ぎを起こしてくれたからな。


「信じてくれないの?」

「最近お節介な人魚族マーフォークから、簡単に人を信じるなというありがたい忠告をいただいたからな」

「そう。それは親切な人もいたものね」


 俺の皮肉を容赦なくスルーすると、テナは魔神球をその場に置いてみせる。


「それじゃあこうしましょう。この魔神球はリョウ、あなたに預けるわ」

「俺に?」

「えぇ。あなたの許可なしで使用することができないなら、あなたも安心でしょう?」

「魔法杖を手放して大丈夫なのか」

「普段は今までの魔法杖を使えばいいじゃない。それでも十分戦えるし」

「まあ、そりゃあな」


 こちらとしては願ってもないことだが、テナにとって利益のある話とは思えない。何が狙いだ? 


「預けるとか体良く言っているが、ただ面倒を押し付けているだけじゃあないのか。もし神獣核を持っているのが俺だとバレたらどうしてくれる」

「それくらいそっちでなんとかしなさいよ。私という力をコントロールするための代償よ。それとも何、跪いて誓えばあなたは信用してくれるわけ?」

「無いな」

「ほらね。それじゃあ、こうやって信用してもらうしかないじゃない」

「わからないな。どうしてわざわざ強大な力を他人に預ける。何がしたいんだ?」

「そうね……まあ、別に話しておいてもいっか」


 テナは小さく頷くと、一呼吸置いてから続けてくる。


「私はあなたの行動を見届けたいのよ。それも特等席でね」

「カルサ島の開拓のことを言っているなら、今でも十分重要な立場で関わっているだろうが」

「いいえ、もっと先の話よ」

「先?」

「えぇ。フィズさんから、あなたが竜の巣という危険な山脈を開発しようとしていることは聞いたわ。前に連れていかれた砂国でも力を持っているようだし、このレバ海ではカルサ島を開拓している。そのうえさらに、クー国の商人とまで交易しようとしているわ。正確にはわからないけど、あなた、何か企てているでしょう? このレバ海だけじゃなくて、世界中を巻き込むような大きな何かをね」


 驚いて思わず、テナの瞳を見つめ返してしまった。この女、たまに鋭いことを言うとは思っていたが、ここまでとは。


「……それで?」

「面白そうだから、それを特等席で見届けようと思ってね。だからこれまで通り、私を護衛として雇っておいてくれない?」


 護衛として雇い直してほしいという要求はまだわかる。だが、俺の企みを特等席で見せろ……か。


 確かに俺には、南部諸島へ向かう旅の途中で思いついた計画がある。それについてはこれまで誰にも、それこそ奴隷たちにすら話したことがない。そのことに感づいたこと自体は素直に驚くが、残念ながらテナはその枠組みに入っていなかった。


 ただ、今回の事件で少し状況が変わった。これまでこのテナという女は、イスタ族としての立場を第一とする考えの持ち主だと思っていたが、実はそうでもないということがわかったからだ。それがわかったからには、利用できる可能性はある。


 もちろん裏切られた場合のリスクは大きい。しかしその代わりに利用する価値も高い。ハイリスクハイリターンな存在であることは間違いないが、結局このじゃじゃ馬をうまく乗りこなせるかどうかは、俺の器量次第なのだろう。


「いいだろう。護衛として再契約しよう」

「ありがとう」

「だがお前の言う特等席は、俺と奴隷たちで一杯だ。お前はその後ろで立ち見だな」

「そう、残念……」


 テナは一瞬だけ唇を尖らせたが、すぐに明るい笑みを浮かべてみせる。


「でも、意外と悪くない立ち位置かもね。私はあなたの行動には興味あるけど、服従なんてしたくないから」

「俺もお前みたいな従順さのかけらも無い奴隷はごめんだな」

「ふふっ」


 可笑しそうに口を手で覆うテナを見つめ返しながら、俺は右手を差しだす。彼女はその手を力強く握り返してきた。


「改めてよろしくね、リョウ」

「あぁ」











今回更新分は以上となります。次回更新は今のところ未定です。7章はプロットだけ出来ている程度の進捗状況なので、あまり期待せずにお待ちください。


またそろそろ締める方向に物語を進めていく予定です。連載当初からかなり大雑把にしか流れと落ちを考えていなかったのでちゃんとまとまるか心配ですが、なんとかしていこうと思います。


それでは、よろしくお願いいたします。

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