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101. 誘拐

101 誘拐


 テナが連れ去られた――レンは慌てた様子でそう報告してきた。今日の式典の主役が誘拐されたんじゃあ、そりゃあ騒ぎにもなる。


「襲撃の規模は? 死者が出るような戦闘が行われたのか?」

「詳しくはわかりません。でもテナ様とリヴァイアサンの神獣核が、広場から消えてしまったそうです」

「神獣核も奪われたのか」


 リヴァイアサンの神獣核はサルドがリヴァイアサンを倒した証拠だ。それを失うということはイスタ族の権威の象徴を奪われたことになる。正確にはわからないが、今後のレバ海の情勢にも影響してくるんじゃないだろうか。


「ご主人様。いかがなされますか」


 リースが真剣な表情で聞いてくる。いかがもくそもない。一刻も早くアスタから脱出するだけだ。


「いますぐ倉庫に戻って、アスタを離れるぞ。皆、休憩は終わりだ」

「御力を使用されますか?」

「いや、ここじゃあ人の目が多すぎる。出来れば使いたくない」


 こんな街のど真ん中で扉を設置するのは、いくら何でも目立ちすぎる。とりあえず警戒しながら、全員で固まって倉庫に戻るのがベターだろう。


「事件のあったという広場には近づかないように迂回して戻ろう」

「かしこまりました」

「……ご主人様、あの」


 消え入りそうな声が聞こえたので視線を向けると、レンが泣き出しそうな顔でこちらを見上げていた。


「テナ様を……連れ去られたテナ様を探しに行ってはだめでしょうか」


 連れ去られたテナを探しに、か。残念ながらその選択肢はない。


「だめだ。今すぐ倉庫に戻るぞ」

「そんな……」


 涙目になりながらもさらに懇願してくるレンの手を、リースが乱暴に引っ張る。


「レン。ご主人様の命令です。従いなさい」

「リース姉様。でも、テナ様が――」

「いいか、レン。今頃とっくにサルド達がテナを探しているだろう。俺たちにできることは何もない。むしろ土地鑑もない俺たちがむやみに動いても、邪魔になるだけだ」


 俺たちがこのアスタの街でテナを探そうとしても、よそ者なのでほとんど力になれないだろう。最悪事件に巻き込まれる可能性もあるし、わざわざ自分から面倒に飛び込むのはごめんだ。


「何が起きているのかはわからない以上、とりあえず一度安全を確保する必要がある。いますぐ倉庫に戻って、アスタを離れるぞ」

「で、でもご主人様……」

「レン、いい加減にしないと――」

「レン、ごめんなさいね」


 突然レンの口を、背後にいたアーシュが乱暴に塞ぐ。そのまま腕を締めあげると、彼女の小さな体を抱き上げて外套に隠してしまった。んーんーと何か言いたげなうめき声をあげるレンだったが、アーシュの締め上げがきつすぎてほとんど身動きが取れないようだ。


「ご主人様、行きましょう」


 アーシュが緊張した声で言う。止める間もなく、あっという間に黙らせてしまった。すこし虚を突かれたが、良い判断だろう。これ以上レンがごねるようなら、何かしら対応しなければならなかったし。


「それじゃあ倉庫に戻るぞ。サラ、案内できるか」

「はぁい。お任せください」


 すでに何回もアスタに食べ歩きに来ているサラに道案内を任せ、出発した。不自然に見えない程度の速さで倉庫へと急ぐ。


「ご主人様。先にだれか広場に送って状況を確認させてはいかがでしょうか」


 周囲に視線を配りながら、リースが提案してくる。確かに早いところ状況を把握したいが、間の悪いことに荷物が多すぎて、手の空いている奴がほとんどいない。


「今手が空いているのは、リース。お前くらいだろう」

「では私が向かいます」

「やめておけ。別に俺たちが狙われているわけでもない。とにかく先に安全を確保しよう。倉庫に戻った後、ゆっくり状況を把握すればいい。その役はアーシュとロルに任せる。他はカルサ島に戻ったら待機だ」

「かしこまりました」


 周囲の人々の様子を観察するところ、そこまで緊迫した雰囲気はない。テナと神獣核が奪われたことに騒いではいるものの、逃げ出さずにその場にとどまっている者が大半だ。おそらく襲撃されたといっても、大きな戦闘はなかったのだろう。もしそうなら、みなもっと逃げ惑うだろうし。


「しかし、何処のどいつの仕業だ? 花嫁泥棒なんて大それた真似をしたのは」


 ぼそりと呟くと、拘束したレンを外套に隠しながら歩いていたアーシュが答えてくる。


「やはり組合の手の者ではないでしょうか。イスタ族と敵対している彼らとしては、イスタ族とエリン族が繋がることは面白くないと思いますが」

「確かに組合としては、テナは敵対するイスタ族の娘だが、同時に友好関係にあるエリン族の嫁でもある。そんな奴を誘拐すれば、連中との関係もまずくなるだろう。サルドを狙っていたというならまだわかるが」

「組合でないとすると、イスタ族とエリン族のどちらにもついていない中立勢力でしょうか」

「もしそうだとすれば随分と思い切ったものだ。両方の部族にまとめてケンカを売ったんだからな」


 実際のところ、この二つの部族にケンカを売るような勢力がいるのかというとかなり怪しい。そうなるとやはり犯人はアーシュの言うように組合しか考えられないか。


 組合がイスタ族の脅威を潰すために英雄サルドを狙って襲撃した。しかしうまくいかず、仕方なく妹のテナとリヴァイアサンの神獣核を奪って逃走した。あり得そうな筋書きを想像すると、そんなところか。


「もしテナがサルドの代わりに攫われたのなら、すぐに殺されるということもないだろうよ。神獣核と一緒に交渉材料として使われるはずだからな」


 そうなるとテナが無事に戻るかどうかは交渉次第だ。サルドが妹のテナをどれだけ大事に思っているかだが、神獣核の代わりに嫁に出すくらいだ。もしかしたらあまり期待できないかもな。








「リョウ!」







 甲高い女性の声が聞こえ、次いで全身を外套で隠した者が駆け寄ってきた。


 リースとロルとが慌てて止めようと進みでるが、すぐに相手が誰か気がつき身を引いた。息を切らしながら近づいてきたそいつが顔をあげると、流麗な黒髪と凛とした細い眉が印象的な、人魚族(マーフォーク)の女が目の前に現れた。


 それはまさに今、話に上がっている事件の当事者であるテナだった。


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