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0)発端と出会い

 別に遺産なんて興味なかったし、そもそも親父には疎まれていたから親父の死後、館を出されることもわかっていた。

葬式に出席することも許されない俺だ。葬儀の最中に抜け出したところで誰も責めたり…、ああ。このバカ忙しい時に親父が孕ませた女の息子ーー丁度いいタダで使い捨てられる下働きがいなくなって夫人ーーババアがキーキー騒ぐだろう。まあ、いいさ。俺には関係はない。ようやく、あの館から、家から解放されたのだ。


自由だーー。



俺は、自由だ!




***



 神様は惨いことをする。


いや、どのみち神に誓った相手ではない女の子供など許されない存在なのだろう。

右腕から流れる血と、全身を走るしびれ。暗闇の中、俺は逃げる。ようやく自由になったのだ。ようやく、ようやく…。

血痕を残していることはわかっていた。止血するより、今は逃げる事に専念する。後を追われる危険性なんてこの時の俺には考えつかなかった。ガツンと、爪先が何かを蹴飛ばした。あぎゃあ!と言う悲鳴が上がり、生ゴミかと思われた黒い物体が跳びあがった。

 「小僧!このか弱い老女になんてことをする!」

しわがれた怒声を上げた『それ』は自分をか弱い老女といったが、俺はそのか弱い老女の片手に持たれた杖で打ちのめされた後だった。

「有り金を全部置いて行けば許してやらんこともない。わしは優しいからのぅ」

ケェケケ、と笑い声を挙げた老女に身体を打たれた俺は震えた。おとぎ話に出てくる悪魔を従える魔女のようなババアだ、と。

「なんじゃ?お主、怪我をしておるではないか」

たった今、あんたに打ちのめされたんだよ!!と、叫び声を飲み込んだ。老女が、訝しげに首をひねり当たりを気にし始めたのだ。老女に暴行を受けている時に誰かが憲兵に通報してくれたのかもしれない。ある意味、二重で助かったーー、そう思った。老女の次の言葉を聞いて、俺は凍りついた。


「小僧、ラーバルの長男か」


ラーバル。俺が自由を望み、自由を求めて逃げた――家だ。


「確か、当主を愛人の子にとトチ狂った遺言を前当主が残したはずじゃな…。なるほどなるほど。だから騒ぎおるのか…」


周囲に聞き耳を立てるように耳を済ませ、ニヤリと老女が笑う。俺は打ちのめされたまま、路上に転がって老女を見上げているが――その笑いが恐ろしかった。わずかに雲の隙間から月の光除き、老女を照らした。老女の窪んだ目、舌の赤さ、ローブから覗く枝のような手首、杖を握る指。


ミイラのような干からびた人間がいた。


「ここで出会った縁じゃ。助けてやろうではないか」

尊大な言い分で懐から小瓶を取り出した。

「これを飲めば、小僧の望む自由を手に入れられるぞ。ケェケケ。遺産を欲するラーバルの夫人に命を狙われることもなくなる」

月の光を受け小瓶が輝く。中に入っている液体が揺れる。

はっきり言って怪しい。新手の暗殺者だと俺は思った。老女に打ちのめされた、痛む体を動かしながらこの場から逃げようとする。が、老女の杖の先が俺の太ももを突き刺すようにドス、と落ちた。激痛に悲鳴を上げる俺の口に流れ込む生暖かい液体。がふ、と口の両端からよだれを流すかのように溢れ出した。苦い、辛い、痛い?口が焼けるようだった。喉を液体が通る瞬間も同様。胃にたどり着いたとたん、火酒をあおったかのように熱くなる。


死ぬ。


俺はそう思い、瞼を固く瞑った。



***



 老女が何かを言っていた気がする…。意識が浮上する。生きている。ーー?


「生きてる?!」


俺は飛び上がるように身を起こし、柔らかいベッドの上に沈んだ。全身あの化け物のような老女に痛めつけられたのだ。当たり前か…、と苦痛に顔を歪めながらベッドの柔さを堪能する。屋敷にいた時は床に毛布一枚で寝ていたのだ。初めてと言っていい温もりに、



心が凍った。どこだ、ここ!?


今度こそ俺は起き上がり、部屋を見回す。微かに聞こえる喧騒が、屋敷ではないことを教える。簡素な部屋だ。カーテンのない窓から見える空は美しい青。雲ひとつない。


「ど、何処だ…?ここ…?」


声が震える。憲兵に助けてもらったのか、それとも親切な誰か?もしかして、捕まった?

俺は震えた。自由を失ったのだ。

愕然としながら、ふと、この部屋には自分しかいないことに気づいた。逃げるチャンスだ。

俺はベッドから降り、軋む床に足を置いて、目線が低いことに気がついた。訝しみながら、自分が白いワンピースのようなものを着ていることに驚き、…下を向いた俺の目の前―胸の当たりだ。なにかが、盛り上がっている。言っておくが局部ではない、本来ならまっ平のそこは、ふんわりと盛り上がっていた。恐る恐る、それを下から持ち上げるように、掴んだ。むにゅっとした感触から、胸から感じた僅かな痛み。なんだ、これは。

ワンピースの襟元を伸ばし覗き込む。


肌色の盛り上がった脂肪の上にピンク色の小粒のようなものがついていた。あれだ、赤ん坊が母親から食事をもらう時のあれだ。


「な、なんだこれはーー!!」


もう一度掴む。ある、とれない。もげない。痛い。

「な、なんで、女の胸?乳房?!」

悲鳴を上げ、俺は確認しなければならない大切なアレを掴むために下腹部に勢いよく手を伸ばした!



「ぎゃーー」



ない。無いのだ!男性の象徴たるアレが!!

「な、なななな??!」

なんで?どうして?どうやって?!

俺は真っ青になってワンピースを脱いだ。怪我をしていた腕は白い包帯で手当てしてあり、白い滑らかな肌には所々青アザがあった。どう考えてもあの老女の暴行の痕だ。それはいい。俺はワンピース以外、あ。ワンピースと腕の包帯以外なにも身につけていなかった。つまりすっぽんぽん。裸。裸体。女の裸だ。


死にたい…。

夢だ、なんだこれ。きっとそうだ。俺は死んだんだ。だからこうしてこんな不可思議なあり得ない夢をーー、


「んなわけねーよ!!」


手近にあった枕を掴み、ベッドに叩きつけた。あり得ない!なんだこれ。女だ。俺、女?

待った。鏡だ。もしかしたら、悪い夢かもしれない。鏡を覗いたらそこには俺じゃない、女が居るんだ。希望はアーモンド目でキリッとした美女がいい。

部屋を見渡し、小さなスタンド式の鏡を見つけ、覗いた。



あり得ない。マジねーよ。

藍色を帯びたショートボブに、くりっとした大きな目。色は、太陽の色と言われるオレンジ色でこの地方では珍しく、母親から譲り受けた、俺が俺である証。



つまりは、俺は俺だ。

素っ裸のまま、床に崩れ落ちた。柔らかい胸が潰れる。感触がわかる、つまりは俺の胸だ。ない!ないから!

がばっ、と俺が立ち上がると同時に部屋の扉が開いた。

がしゃんと何かが落ち、俺は目を丸くし、さらに血の気を失う。

部屋の扉を開けた奴を、男を知っているからだ。闇色の髪に、赤みを帯びた茶色の目。三白眼でぶっちゃけツラが凶悪だ。その男に追いかけ回されたのだ。あ、言い方が軽いな。こいつは俺の命を狙う、夫人が雇った暗殺者だ。


ははは。

なるほどなるほど。神は俺に男を失わせた上にトドメを刺しに暗殺者を横したのだ。はっ!そんなに俺の存在邪魔かよ!俺だって好きで愛人の子供に産まれたわけじゃない!

暗殺者が強張った顔つきで近づいてくる。ああ、どうせやるなら人思いに、一瞬で殺してくれ。

頼む。

一瞬で、俺を自由にしてく――


「結婚しよう」


両肩を掴まれて、目の前の男は何を言った?

俺は目を丸くして、口を動かすが言葉にならない。

「まさか、こんな姿になってまで俺を待っていてくれたとは!」

おい!何、一人感極まってる!どこつかんでる!!


「な、ふざけーー」

「子供は最低10人は欲しい」

真顔で言った!!男に、男の俺に真顔で言った!こいつは!

ぞっとした。ぞっとして、逃げよと身をよじると、早業で横抱きにされ、柔らかいベッドの上に降ろされた。まずい、やばい!

なんだこれは!この男頭煮えてるんじゃないのか?!いや、狂ってる!男に結婚を申し込んで、子供?!しかも、じゅ、10人?!

「ふざけんじゃねぇ!!」

手近にあった枕を俺は男に叩きつけた。


「暗殺者のくせに男好きの変態が!」


とたん、腕を押さえ込められ喉元にダガーを突きつけられた。

「貴様、何者だ」

低い声色と背筋が凍るほどの殺気を放つ男に俺は薄く笑う。

「自分が追い回してた相手を忘れるとはな!」

吐き捨てるように告げると、男はピクリと眉をわずかに動かした。

目を細め、ダガーを首すじ、鎖骨、胸へと移動し、膨らみを突つく。

「俺が依頼を受けたのは、ジャン・ラーバルの殺害であってお前のような女の殺害ではない」

俺の名を呼ぶ男は、ダガーを首のすぐ脇のベッドに突き刺し、

「ジャンという男は体格がよく、下働きとして毎日ボロ雑巾のように使われていた。お前のような、美しい女ではない」

は?と間の抜けた声を上げた。

まあ、俺がボロ雑巾扱いは今に始まったことではないが、あれだ。


美しい?

誰のことを言っているんだ?この変態は。


「まあ、いい。初めに一人目だ」


は?

膝裏に手を差し込み、股を開かされ、男が頭をーー顔を近づけ、



「ぎゃ、ぎゃーーーー!!」


俺は、絶叫を上げて暗殺者の男の背中に力いっぱい左足を大きく跳ね上げ、振り下ろした。





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