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極東の海の女王  作者: 優笑
第一章  最強の戦艦
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第五話  戦う理由

「降伏は受け入れられない……か」

 戦艦瑞竜の艦橋で赤松中将は淡々と呟く。彼からすればこの展開は予想の範囲で、いちいち落胆するようなものではない。そのため彼は艦橋の窓からレベイル島の敵基地のある方角を望み、予定道理の指示を飛ばす。

「射撃予定地点まで前進。対地艦砲射撃を開始せよ」

 赤松の指示の下、森羅戦艦艦隊は前進を開始する。その後方では河合少将率いる空母機動部隊がメーム艦隊の援軍と潜水艦に備え、索敵と哨戒にあたる。

 レベイル島基地から艦隊及び航空隊が出撃してくる気配はない。仮にあったとして、戦艦の火力と空母の制空力で叩き潰すだけだ。開戦から連戦連勝を続けていた将兵には、どうしてもそんな驕りと慢心。そして容易に勝てるという油断が広がっていた。

 その十分ほど後、前進する森羅艦隊を、突如として発生した深い霧が包む。霧は各艦との連携を困難にし、まだレーダーを装備していない森羅側に不利に働く。だが艦橋にいる赤松は、不安より期待に胸を膨らませていた。

 ウルバン沖で北畠大将が体験したのと同じ深い霧。その奇妙な合致は、かつて北畠大将が敗れた巨大戦艦との遭遇の可能性を彼に示す。勿論赤松は立派な指揮官で、それなりに経験も積んでいるから、そんなオカルト的な事で判断を狂わされることはない。あくまで現状を第三者的立ち位置から把握し、指揮官としての決断を下す。そこに油断も揺らぎも無い。

 だが指揮官としてではなくあくまで個人としては、そのような巨大戦艦とあいまみえたいという思いはある。そして成り行き上、北畠大将と同じように戦闘に至ったなら、乗艦の瑞竜と共に、これを打ち破りたいと思う。実際河合の言っていたように、相手の戦艦が35.6センチ砲12門を搭載する巨艦だったとしても、この瑞竜なら打ち破れる自信がある。

 瑞竜は重量43000トン。38センチ47口径三連装砲二基、同連装二基、計10門搭載。垂直装甲は310ミリで、森羅の最新技術により外側に傾斜され、通常のものよりはるかに高い防御効果を持つ。また水平装甲も150ミリあり、自艦の搭載する38センチ砲はおろか、40センチクラスの砲にも遠近両面で耐える優れた防御を持っている。加えて速力は巡洋戦艦並みの27ノット。攻防走全てがバランよく整った、現時点では間違いなく世界最強と胸を張れる艦だ。

 戦艦が相手の砲戦でこの艦が沈む要素はほとんどない。だからこそ赤松はこの霧に乗じての潜水艦や駆逐艦の雷撃、秘匿された大型陸上砲や機雷への警戒を厳にさせる。だが赤松の警戒は杞憂だったと示すかのように霧は徐々に晴れて行き、同時に期待も薄れていく。

 

 無線封止を破った河合の空母機動部隊から連絡が入ったのは丁度その時だった。

 我、敵水上偵察機に捕捉されるも、未だ敵艦隊の位置捕捉できず。

 その瞬間、赤松以下森羅上層部ににわかに衝撃が走る。彼らが行った事前偵察において、レベイル島基地や、停泊している艦に水上偵察機の配備は確認されておらず、敵の援軍の艦隊から発艦されたものである可能性が高いと予想された。加えて多数の艦載機を有し、高い索敵力を持つはずの森羅空母機動部隊に先んじて艦隊を捕捉するほどの数の偵察機を運用するメーム艦隊と言えば、

「北畠大将が最も注意すべきと言っていた、メーム第4艦隊か」

 メーム第4艦隊はウルバン諸島防衛に就いていたはずだ。が、高い速力をもつかの艦隊であればこの短期間で援軍に駆け付けることも可能だろう。そうなると最も問題になってくるのは敵に先制発見された事だ。スパイの情報によればメーム第4艦隊は快速の戦艦2隻と軽空母2隻で編成されている。これに機動部隊が接近を許せば、いまだ新鋭攻撃機の配備されていない空母の航空隊と護衛艦船だけでは明らかに打撃力不足。速力を活かして逃げる以外の対策がない。さらにこれを撃破するとなれば戦艦を応援に差し向けるしかないのだ。

「なんにしても敵の位置を捕捉できないうちは動けん。索敵を補強すべきだったか」

 赤松はこの時になって索敵と先制発見の重要性を学び、対抗策を考えつつ味方の敵艦隊発見の報告を待つ。

 艦橋の見張り員が叫び声をあげたのは丁度その時だった。

「10時方向、距離およそ25000メートルに艦影。戦艦です!」

 その叫びに、艦内は一気に騒然となる。

「艦種は!? 敵艦か!? 」

「分かりません。見たこともない艦影です。旗もメームのものではありません。全長200~250メートル。連装主砲四基確認。高い艦橋、波型の船体」

  見張りの報告に司令部要員のほとんどが双眼鏡を手に、その艦影を水平線の彼方に見つめる。

「3万、もしかしたら4万トンはあるかもしれん」

 一人の将校の呟きに、艦内の緊張はさらに高まる。だがそんな中で一人、不気味な笑みを浮かべる者がいた。

「ついに現れたか」 

 河合が言っていた艦の特徴とは異なるが、同類の可能性は十分ある。常識的に考えれば、メームが密かに建造していた新鋭戦艦というのが妥当なところだろう。

 そんな時、水平線の彼方の戦艦から森羅艦隊に信号が送られる。

「戦艦より信号。

 私は大日本帝国海軍戦艦 陸奥。私はここに、森羅共和国戦艦 瑞竜に一騎討ちを申し込む。

 以上です」

 その信号に、乗員の騒ぎは一層大きくなる。

「一騎討ちだと? 馬鹿げたことを」 

 将校の一人が吐き捨てる。距離25000メートルといえばすでに戦艦の主砲の射程圏内だ。もし本気で戦う気があるのであれば、悠長に信号など送っている間に砲撃を開始すべき。つまりなめられているのか、そうでないなら、罠ということか。

「中将、奴は油断しているのでしょうか? それとも罠でしょうか? しかし偽装しているにしてはあまりによく出来すぎているようですが」

 将校の言葉に、赤松はしばらく様子を見るよう伝える。その時、通信員が別の報告をする。

「偵察機が敵艦隊捕捉。戦艦2、軽空母2を要する大艦隊。すでに機動部隊にかなり接近しています」

「機動部隊より入電。戦艦部隊の応援を要請するとのこと」

 数分のうちにめまぐるしく動く情勢に、森羅側は将校も乗員も大混乱に陥る。

 だがそんな中で、

「うろたえるな!」

 赤松の放った一声が艦橋内を貫き、全員を一瞬で黙らせ、沈黙を生み出す。そうして生まれた沈黙の中で、赤松は一人平静を保ち、堂々と指示を出す。

「これより艦隊を二つに分離する。戦艦瑞竜と駆逐艦鷲、鷹の2隻は当海域にとどまり不審戦艦の対応にあたる。残る全艦艇は空母機動部隊の救援に向かえ!」

 赤松のその指示に、将校たちは一瞬戸惑ったような表情を浮かべる。彼らはそれぞれ自分ならどうするという意見を持っていたし、赤松の意見に反対の者もいた。だが彼らも赤松と共に戦場を巡ってきた将校だ。いざという時には赤松を信じ、その指示に忠実に従う。

「了解」

 彼らはその一声の下、自分のすべきことを果たすために動き始める。

「通信員。敵戦艦に以下の返答を送れ」

 赤松は意気揚々と通信員に指示をだし、通信員も待ちに待った決戦に胸を躍らせながら、その返信を送るのだった。

「一騎討ちの申し出を受ける」



「一騎討ちの申し出を受ける」

 水平線の彼方から送られる信号に、戦艦の艦橋で陸奥が呟く。

「……僕からお願いしておいて言うのも変だけど、これでよかったの?」

 その隣でエルムは心配そうに尋ねる。

「いいの。もう決めた事だから」

 対する陸奥は迷いなく答える。その声はさっぱりし、表情は青空のように澄み切っていた。


 その時陸奥の前に突然、一人の若い男が姿を現す。

 戦艦 瑞竜だった。

「これは……どういうことです!?」

 瑞竜は先ほどまでの貴公子らしい姿に似合わない険しい表情と声で尋ねる。

「送った信号通りよ」

 対する陸奥は余裕たっぷりに答える。

「私の考えには同意できないということですか? それとも仲間になってほしければ、その力を見せてみろと言うことですか?」

 瑞竜は額に汗を浮かべ、余裕のない表情で言う。

「両方、と言いたいところだけど、あなたの仲間になる気はこれっぽっちもないの。でも気を悪くしないで。私はあなたが嫌いなわけじゃないし、考え方も必ずしも間違ってるとは思わない」

「ならどうして!」

 瑞竜は吠える。

 対する陸奥はどこか憂いを帯びた笑みを浮かべ、

「私は沈む前、大日本帝国って国にいたの」

 自身の過去を語り始める。

「僻地の小さな小さな島国だった。資源も国力も乏しかった。それでも人は文字通り血のにじむような努力を重ねた。そうして国民の屍を積み重ねて、世界に誇る軍隊を養って、いつしか世界第三位の海軍大国に上り詰めた。そしてその象徴として、姉と私を建造した。

 私は姉と共に国の誇りと呼ばれ、親しまれた。その時は、自分が世界最強だって、自信と自負を持っていた。そしていざ戦いになれば、どんな強敵が相手だろうと、この手で打ち倒してやるって思ってた。

 そして私の国は戦争を始めた。世界最大、最強の大国相手に。丁度今のメームと森羅みたいに」

 陸奥は瞳を閉じると、天井に閉ざされた空を見上げる。

「何もできなかった。ただ戦場に向かう仲間を見送って、傷つき、命を落として帰ってくる彼女達を出迎える事しかできなかった。それでも最初は思ってた。私は切り札だから、戦うべき時のために温存されているんだって。そして戦うべき時には、命を懸けて戦って、敵を打ち倒すんだって。

 でも結局、私はただの飾りだった。戦場に出ても足が遅くて仲間についていけなかった。ただ燃料を消費して仲間の足を引っ張る存在でしかなかった。そのうち戦況は悪化して、仲間はどんどん減って、信頼していた人も死んでいった。

 そんな日々を過ごしていたある日、私は一瞬、思ってしまったの。

 私がいることに、意味はあるの? もし私が戦って敵を一隻二隻沈めたとして、結果に違いがあるの? そうやってあがくことで、犠牲を増やすだけじゃないの? 尊い命を奪うだけじゃないの? このまま生きていても、仲間の足を引っ張るだけじゃないの? 

 私はもう見たくない。仲間が傷ついて、沈んで行くところなんて。

 沈む日の前の晩のことだった」

 語る陸奥の言葉は、話が進むにつれ震え、閉じた瞳から雫が一筋、頬を伝った。

「その後どうなったか私は知らない。確実なのは、私は突然爆発して沈んだという事。私自身がそうなろうと思ったわけではないけれど、結果的に仲間を置いて勝手に沈んだという事。

 そして気が付いた時、わたしはこの世界の、この大海原にただ一人、浮かんでいた。なぜそうなったのかは分からない。でも私はそうして浮かんでいる事に、意味を感じられなかった。だから気の向くまま海を走った。燃料と食糧が尽きれば、人が飢え死にするのと同じように死ねることは、なんとなく分かってたから。きっとその死に方はとても苦しいだろうけど、私はそれでよかった。そうして苦しんで死ぬのが、当然だから。

 彼と、エルムと出会ったのは、丁度そんな時だった」

 陸奥はそこでゆっくり顔をおろし、瞳を開いてエルムの方を見つめる。

「彼はとても弱い人よ。そんな自分の弱さとちっぽけさを知っていて、それでも自分のすべきことを、自分のやりたいことを、自分の思いを、自分に正直に出来て、言える人。自分の好きなものを、好きだって大声で叫べる人。自分の力が足りない時、自分のプライドを捨てて、涙を流しながらでも、誰かを頼ることができる人。

 そんな彼だからきっと彼女も、重巡洋艦ミーネも、勝てない敵を相手に命を懸けて戦って、自分が炎に包まれても、守る力が残っていないと分かっていても、守ろうとしたんだと思う。

 かつて勝ち目のない戦いに身を投じて沈んでいった、私の仲間達と同じように」

 そして陸奥は視線をゆっくり正面の瑞竜に戻すと、その瞳を正面から望み、告げるのだ。

「だから私は証明しなければならない。かつて私が沈む前、自分自身が出した問。それが、間違っていた事を。重巡洋艦ミーネが命を懸けて戦い、守りきった、たった一つの命。それにちゃんと意味があったことを。

 そのためにたくさんの命を奪うことは罪深い事かもしれない。だったらその罪は全て私が背負う。例えこの身が地獄の業火に焼かれ、今度こそ水底に帰る事になるのだとしても、私は構わない。だから……」

 陸奥は正面の瑞竜に、瞳に涙を湛えたまま微笑む。

「ごめんなさい」


 告げる陸奥の笑顔は悲しげなのに、なぜだかとても美しくて、瑞竜もエルムも、そんな彼女の危うくて健気な姿に、見入ることしかできなかった。


 どんなこと言っても、彼女の心は変わらない。変えることは出来ない。


「分かりました」

 瑞竜はそう諦めたように一言つぶやくと、次の一瞬には表情を引き締め、敬礼して告げる。

「あなたが仲間に加わってくれないのは残念です。ですが、あなたの一騎討ちの相手を務めることができるのであれば、これ以上光栄なことはありません。

 この戦艦瑞竜。世界最強、最大の戦艦として、あなたの一騎討ちを受けます。そして必ずあなたを打ち破って見せます」

 僅かな微笑さえ浮かべる瑞竜に、陸奥もまた涙に濡れた瞳をぬぐい、敬礼を返して告げる。

「私も、相手があなたで良かった。お互い精一杯、全力を出し切れますように」

 笑顔を浮かべる彼女はエルムにとって、世界で一番だと思えるくらい、美しかった。


 やがて瑞竜は姿を消す。そして水平線の彼方に浮かぶ戦艦瑞竜は、随伴の駆逐艦をはるか戦艦の主砲の射程外に待機させたまま、一気に速力を上げ始める。それが開戦の狼煙であることを示すように。


「陸奥、お願い」

 名を呼ぶエルム、

「エルム、行くよ」

 陸奥は瑞竜を見つめたまま、エルムのその手を握り、彼の声に答える。

 戦艦陸奥は一気に速力を上げる。

 そして戦いは始まる。  



 

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