プロローグ 第一次レベイル沖海戦
一寸先の視界をも閉ざす深夜の闇を、砲口より放たれる死の閃光が千里の彼方まで切り裂く。
「魚雷だ!」
誰かの悲鳴に似た叫びが響き渡る。そのわずか数秒後、重量数千トンの金属の巨体を包み隠すほどの爆炎と水柱がその横腹に食らいつき、全長百メートルを超える船体を真っ二つにへし折り、波間の闇に引きずり込む。
「くそっ、敵艦隊まで10000メートルはあるんだぞ! 敵の魚雷の射程はどれだけあるんだ!?」
味方の艦が沈んでいく様子をはるか遠方の艦上から見た男が叫ぶ。彼の乗る艦の搭載する魚雷の射程は他国のものと比べても遜色ない性能のはずだが、敵の魚雷は優にその二倍以上という遠距離から味方に襲いかかってきていた。
「しかもやつらの魚雷は泡が出ない。この夜間ではかわすどころか発見も難しいときてる。この上数でも上の相手に一体どう戦えってんだ!?」
別の男が悔しげに吐き捨てる。それとほぼ同時、敵艦から飛来した砲弾が特有の甲高い落下音と共に降り注ぎ、艦の左右に巨大な水柱をいくつも作る。水柱が艦の左右に立つということは敵の砲弾の命中が近い事を示していた。
「くそっ、被弾も時間の問題だぞ」
「ひるむなっ、撃ち返せ!」
誰かの怒号が響き渡ると同時、搭載されていた20.3センチ連装砲が火を噴く。彼らの艦はこの連装砲を四基搭載していたが、そのうち一基はすでに被弾で使用できなくなっていた。だが放たれた6発の砲弾は敵艦の近くに着弾し、うち一発が見事敵艦を捉え、火柱を上げる。
「やったぞ!」
一方的にやられるかに見えた中で一矢報いたことで、乗員は歓声を上げる。だが次の一瞬、敵艦隊から光の筋が数本放たれ、彼らの艦を照らし出す。
「敵艦、探照灯照射、目標は我が艦です!」
水兵の叫びに、乗員達は戦慄する。それと同時、発砲の閃光が敵艦隊で何度も煌めく。
「持ち場を離れるな!」
誰かの叫びが空しく響く中、乗員たちはただ祈ることしかできなかった。次の瞬間、凄まじい爆風と衝撃が艦を襲う。
「逃げろ!」
誰が叫んだのかもわからなかった。ただ巨大な爆発が連続して彼らの乗る1万数千トンの巨艦を散々に叩き、砕き、金属を飴のように溶かし、引き裂いた。わずか10分程のうちに何発もの砲弾が着弾し、その度に爆発が起こり、乗員たちは逃げ場のない艦内をどこへともなく逃げまどう。水中に活路を求めて飛び込む者を至近弾の立てる水柱が襲い、人の体をごみのようにちぎり、あるいは焼却する。
それでも数十発の敵弾に彼らの艦は健気にもよく耐えた。だがそれが限界だった。
「ごめん、いままでありがとう、さようなら」
そんな中、誰にでもなく、炎に包まれる船に向かって呟く青年がいた。直後、彼は赤と白の浮き輪を手に、海面に身を躍らせる。
――ごめん、でも……ありがとう。さようなら。
燃えさかる艦内から響くその声を聞いたものは誰一人いなかった。
次の瞬間、搭載していた弾薬への引火で発生した巨大な爆発と共に、1万数千トンの巨艦は真っ二つとなる。そして沈む巨艦のつくる巨大な渦は、海面へ逃れた乗員らを容赦なく巻き込み、波間へと姿を消していった。
彼らの戦ったその海域は元々潮流が速く、複雑だった。戦闘後、間の悪い嵐が海域を襲った事も重なり救助は翌日となったため、生存者はついに発見できなかった。
だが救助に訪れた者達は目撃したという。
嵐の収まったその海域を包んだ深い霧の中に浮かぶ、優に3万トン以上はあろうかという巨大な戦艦の艦影を。