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束の間

 クラウディアは俺とは違う。同じ髪色、同じ年齢、同じ女の中から生まれた、妹。

 だが、俺とクラウディアは違う。それは産まれた時の記憶がないからなのか。それとも性別の違いのせいなのか。


 ーーどちらでもいい。


 ただ俺に課せられているのは、クラウディアを守るという事。俺達は二人でこの世を統べる。この醜悪な世界を統べ、俺達が王となるのだ。邪魔する者は殺せばいい。恐怖と力でこの世を支配する。

 そうすれば、退屈で醜いこの世界でも少しは生きる価値ある存在となるだろう……。

 そう思いながら気がつけば部屋の前まで来ていた。いつも通りの場所にあるいつもの部屋の扉を開く。するとーー


「……兄さん?」


 何も無いベッドの上に座っているのは、瞳を爛々と輝かせた妹。


「兄さん帰ってきたのね! ずっと待っていたのよ」


 この部屋で、か……?

 紫色した瞳が俺を捉え、柔らかく目尻を落とした。


「どうしていつもここにいるんだ。お前の部屋は別にあるだろう」


 俺はいつ戻ってくるかなど伝えていない。それなのにクラウディアはいつもこの部屋で俺を迎え入れる。

 不思議に思う俺の言葉に、どこかぎこちない表情を浮かべ視線を床に落とした。そんな妹を見つめ、俺は少しばかり眉間にシワを寄せる。


「何があった」


 鋭く見据える俺の声に、小さな体は一瞬ぴくんと揺れる。


「何もないよ!」


 嘘が下手だ。


「そうは見えない」

「そう言われても何もないものっ」


 どんどん肩を落とし、両手を膝に置きながら指先を擦り合わせて。

 様子がおかしいと思ったのはこれが初めてではない。クラウディアが俺とは違うもうひとつとして、寂しいという感情を持ち合わせている事。それは俺には分かり得ない感情でもあり、しかし産まれた時から自分の半身……いいや、もうひとりの自分のように感じていた存在がそばにいないのは体が引き裂かれたような感覚なのだろう。寂しいと思った事のない俺だが、クラウディアのこの状態をそのように理解していた。だが、年々それがひどくなる。

 前々から自分の部屋よりも俺の部屋に来る事が多かった。だが、俺が外へ出て行くようになってから、さらにその感情はエスカレートしていくように感じる。そうなった原因が何かしらあるはずなのだが、それを聞こうにもクラウディアは決して答えようとはしない。


 そろそろその事についても調べてみる必要があるかーー面倒だがあまりそばにいられると隠しているものが見つかってしまう可能性がある。

 俺がルシファー達を殺そうとしている事や、クラウディアが必死に精製しているエリクサーがどのようにして作られているのか。

 それを知られるのはまだマズい。知られれば必ず反対するだろう。そうして全力で止めようとする。

 生まれたばかりのあの時……俺達を産んだ女と男が口論していた時、泣いてそれを止めたように。

 いくらクラウディアが止めようが、この計画だけは進めなければならない。俺達は逃げる事も、死ぬ事すら自分では選べないのだから。


「兄さん、次はいつここを出て行くの?」

「さぁ。ルシファーに呼ばれればすぐに出て行く事になるだろうがな」

「……そう」


 クラウディアは再び目を伏せた。そんな妹の姿を注意深く見やり、俺はベッドへと座った。

 クラウディアとは人一人分の距離を空けて。


「お前はいつもここにいるのか」


 いつ戻るか分からない俺が帰って来る時いつもここにいるという事は、そういう事だろう。


「いつもじゃないけど……」

「けど?」


 俺は再び問いつめる。そんな俺に対してクラウディアは肩を竦めながら窓の外を見やった。

 ベッドの横にあるこの殺風景な部屋の中で唯一の窓。窓の外では赤々と燃える炎の壁を遠目に、闇が広がっている。


「ここからだとよく見えるの」

「何がだ」

「……月」


 そう言って白く小さな指が窓の外に浮かんだ月を指した。高くそびえる木々の隙間を縫うように、うっすらと浮かぶ、月。その月を見上げ、クラウディアは微笑んだ。


「私の部屋からでは木が邪魔して見えないの」


 愛おしそうに月を見上げるクラウディアの横顔を、俺は注意深く、用心深く、目を細めて見つめる。

 クラウディアの考えてる事を探る。俺は月などに興味を示した事はない。ここにあるもの全て、俺にとって意味のあるものだとは思えないからだ。

 そんな俺の考えを察したのか、振り向いたクラウディアは真っすぐ俺を見据えて言った。


「月を見るとなんだか安心するの。……だって、兄さんの瞳とそっくりなんだもの」


 曇り無い紫色した瞳から、視線をゆっくりと窓の外に浮かぶ月へと送った。ここから見える月は小さく、遠い。そう思っていた時、突然何かが俺の胸を刺激した。

 ……なんだ?

 思わず自分の胸ぐらを掴む。胸に広がる温かいものを確かめるように……。

 それは女の腹の中にいた時のような温かさ。ノイズに似た水音がそばで流れているにも関わらず、心地よく感じていた瞬間。


「兄さん?」


 不思議そうな顔が俺の顔を覗き込む。


「なんでもない」


 小首を傾げながらクラウディアはじっと見つめ続ける。しかし俺はそんな視線に振り向きもせず、再び月を仰いだ。


 ーーこの心地よさだけは決して壊すまい、と。

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