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悪魔の子

この世界に意味などない

 あれから二年の月日が流れた。


「おおサリヴァン、戻ったか」


 二年の間に俺の背は伸び、七歳になった。

 部屋の中に足を踏み入れた俺の目の前には、二年の間に少し年老いたルシファーと、俺を見て少し身を引いたマンモンがいる。

 相変わらず醜い体型にいやらしく光る宝石を指に付けたマンモンには目もくれず、杖をつきながらそばへやって来るルシファーを睨みつける。そんな様子にも愉快そうに笑うルシファー。


「相変わらず殺気立っておるな。そんな姿を見たらクラウディアがまた心配するぞ」


 そう言いながら俺の顔を見て、自分の頬を人差し指でトントンと叩く。ルシファーが何を言いたいのか分かり、俺は服の袖で頬を拭う。白いシャツについた赤い色。それは血痕だった。

 俺のものではない、他人の血。


「今日は苦戦していたようだな?」

「別に、普段と変わらない」

「はは、そうか。では大した相手ではなかったという事か」


 話しながら部屋の扉を閉め、ルシファーは部屋の中心にあるソファーに腰掛けた。


「さて、では皆が揃ったところで本題に入ろうか」


 言いながらルシファーは杖先を小さく振るった。すると現れたのは銀色に輝く液体。それは掌にすっぽりと収まる程度の小さな小瓶に入っていた。


「だいぶと集まってきたではないか」


 向かいに座るマンモンは銀色に輝く液体よりも眩しく瞳を輝かせ、身を乗りだした。大の大人が二人も揃って表情を輝かせている姿に、俺は侮蔑の眼差しを送る。


「ああ、サリヴァンが優秀だからな。だがしかしそれでもまだ足りぬ」


 銀色の液体は透明な瓶の中でゆっくり揺れている。まるで生きているように……。


「まだ半分だ。この瓶一杯にエリクサーが溜まった時、やっとラピスを作る事ができるのだ」

「そうであったな。しかしもっと早く溜める事は出来ないのか? やはり金を積んで力ある魔導師を増やすというのはどうだ」


 マンモンは子供のようにエリクサーに見入っている。いいや魅せられているという方が正しい表現だろうか。

 だがそんな視線をよそに、ルシファーは手の中の瓶を握り締めた。すると、その握り締めた手を開いた時にはもうそこには瓶は無い。ルシファーが元ある場所へと帰したのだろう。

 マンモンの晴れ上がった顔は少し残念そうに、いいやどこか不満を唱えたそうな表情で老いたウィザードを見つめた。


「それは前にも話した事があっただろう。いくら金を積んで魔導師を増やしたところであまり意味をなさないのだ。なにせエリクサーを作るには力のある者を連れてくる必要がある。中途半端な力を持った黒髪など必要ではないのだ」

「だが……」

「それに私達がしている事を多くの人間に知られるのは得策とはいえまい。情報が漏洩して困るのは私よりもマンモン、お前の方ではないのか?」


 この言葉にはさすがのマンモンも押し黙った。マンモンは黒髪を持たない。それは魔導の力を持たないという事。だがこれだけ広い土地や屋敷、その上俺達双子を買える財力というのは社会的な地位を持っていなければありえない。

 マンモンが一体どういう事をしているのか、表の世界でどういう地位を得ているのかを俺は知らない。むしろ知りたいとも思わない。どうせコイツがしている事など全て醜いに決まっている。

 俺が目を細めてマンモンの背中に視線を送っている時、ルシファーはにこりと微笑んだ。くすんだ藍色の瞳をさも愉快そうに和らげて。


 ーームシズが走る。


 俺の考えてる事など全て分かったような顔をしたルシファーの表情。その視線から逃れるように目を逸らした。


「ここはやはり力を持ったサリヴァンにやってもらうのが一番なのだよ。それが一番早く、かつ、一番安全なのだ。マンモンもサリヴァンの出来の良さは既に確認済みであろう?」

「ああ……そうだったな」


 ルシファーの言葉にマンモンは萎縮した。その姿に俺は表情には出さず、心の中でほくそ笑んだ。

 二年前のあの日、俺はルシファーから言い渡された課題、屋敷に入り込んだ男の仲間を吐き出させるというのを難なくクリアし、そのまま男を殺した。俺が答えた課題の結果はルシファーの満足のいくものだったらしい。まぁそれもそうだろう。どうせあの男に関しては元々生かしておく気などなかったのだろうから。

 だがアイツが満足した理由はそれだけでは無い。アイツが今俺にさせている事、それは……力ある者を抵抗出来ないようにし、この屋敷に連れてくる事ーー

 抵抗出来ないように……。それは相手の意識が無くなるほどになぶってもいい。拘束してもいい。手足をもぎ取ってもいい。

 だが、なるべく殺してはならない。殺した場合は半日内にこの屋敷に戻る事。それを条件とし、俺はルシファーに指定された人間をこの屋敷に連れてくる。

 ただそれだけーー

 マンモンが俺を見て萎縮するのは、その光景を目の当たりにしたからだ。俺の実力を見せる為に、俺はあの暗い闇の中で、マンモンの目の前で人を殺した。ルシファーと同等の黒髪を持った男を、八つ裂きにして。


「で、次は一体どいつを連れてくればいいんだ」

「なんだサリヴァン。お前がやる気になるとは珍しい」


 ルシファーの台詞に俺は思いきり顔を歪めた。


「勘違いするな。どうせすぐ次のターゲットを連れてくるよう指示を出してくるだろう。それに対して嫌気がさしているだけだ」


 そう、部屋に戻ってもすぐに呼び出される。それに答えなければ真の名を呼ばれ、操られる。力の差ではルシファーよりも俺の方が上だろう。いくらウィザードとして秀でていると言っても、所詮は混ざりもの。黒髪の俺に勝てるわけがない。だが、そんな俺をルシファーが抑えられる唯一の力、それが真の名だ。だから俺は常に探っている。


 コイツを殺す瞬間をーー

 ……いいや殺すならコイツだけではない。


「サリヴァン」


 俺の思考がこの場から離れていたところを呼び戻された。相変わらず壁に背中を預けたまま、視線だけをルシファーへと投げて。


「せっかくやる気になってくれているところ悪いが、今日は部屋に戻ってゆっくりと休むがいい」

「何を言っているのだルシファー! ラピスを作るには黒髪を持つ者の数がまだまだ必要なのだと今話していたばかりではないか」


 マンモンは顔を赤らめ、声を荒げた。そんなヤツをなだめるように、ルシファーは変わらずの口調で言葉を引き継いだ。


「ああ、そうだ。だがマンモン、事は迫っすぎても良い事はないぞ。サリヴァンはことのほか手際よくやりこなしてくれる。少し休息をとらせてやっても良いではないか」

「だが……」


 まだ不服な様子でマンモンは椅子に座り直す。そんな姿を一瞥した後、俺はゆっくりと口を開いた。


「別に休息などいらん。必要ない」


 やる気があるように見られるのは腹立たしい話だ。それに、マンモンと意見が一致している風なのも癪に障る。だが事実、俺に休息などというものは必要なかった。休息を取る必要があるほどに体力を奪われているわけでもなく、俺自身も早くエリクサーを集めたかった。

 そうすればーー。


「まぁ二人とも、そう焦るな。急がば回れとも言うであろう? それに休息が必要なのはサリヴァンに、というよりクラウディアに必要だろうからな」


 ーーピクリ。俺のこめかみが小さく揺れる。

 その言葉には、さすがに反応を示さずにはいられない。

 クラウディアに休息が必要……?


「一体どういう事だ」

「そう睨むでないぞ、サリヴァン。私は別に何もしておらん。ただお前が外に飛び回っている間、クラウディアもエリクサーを作るのに手伝ってもらってるのは知ってるだろう? 元々お前達は仲睦まじい双子、特にクラウディアはお前がそばにいないというだけでストレスがかかりやすくなるのだよ」


 クラウディアは俺が連れ帰ってきた奴らから力を取り、精製し、エリクサーを作っている。エリクサーとは万能薬とも言われ、その液体だけでも瀕死の状態から傷を癒す事が出来る代物。そんなものに他人の力から吸い取り、精製する事自体、本来は不可能に近い。

 だが、クラウディアは別だ。漆黒の髪を持つ者だからこそ出来る。普通ならその精製途中で力に引っ張られ、命を落とすだろう。それだけに繊細で強力な魔力を要するのだ。

 しかしいくら黒髪を持つ者だとはいえ、クラウディアも俺と同じ七歳。未熟な体にどれだけの負担がかかっているのか、それは誰もわからない……。

 俺は踵を返し、部屋の戸口へと向かった。そんな俺の背中にルシファーは言葉を投げやる。


「少し休息を取れば、またお前にはたくさん働いてもらう。それまでは妹と一緒にいてやるがいい」


 俺は何も言わず、足も止めず、部屋を後にした。

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