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02:どなたさまですか?

眼精疲労。俺はそう事を片付けた。

説明しようのない、胴体の“すり抜き”をいくら考えても答えに行き着かないため、俺はそう解釈したのだ。


もとい、答えというか、多分そうなのだろうという検討はひとつ思い当たるのだが、それを認めてしまうのは大分勇気がいった。


だから、眼精疲労。



きっと最近レポートの締め切りが立て続けにあったものだから睡眠不足で見間違えたのだろう。


そう自分を自分で勇気づけなければ、到底一人暮らしのアパートにはひとりで眠ることはおろか、帰ることもままならなかった。



「あ!坂井!」


1限の講義が終わってすぐに、講義室に入ってきた坂井に待ってましたと言わんばかりに笑顔で手を振る。

坂井は俺の姿を認識するといつものように怠そうにこちらへ歩いてきた。


「おう、寂しがり屋の梶くんじゃありませんか。今日も泊まりにくるのか。」


坂井は俺の隣の席に着く。


…嘘です。本当は怖くて怖くてひとりで部屋に帰ることができませんでした。


あの日、『すり抜き事件』のあった日から昨日で4日目となる。俺は坂井に頼み込み、娘と2人暮らしの坂井家にお世話になっているのだ。


坂井には『すり抜き事件』を一切話してはいない。俺に見えていたものがもし、万が一、億が一、坂井に見えてなかったとしたら俺はもう一人暮らしというか、どこへ行くにも1人での行動が難しくなるからだ。そんなの二十歳すぎの青年がすることではない。


……この時点で既に、認めたくないことを無意識に認めているということに俺自身気づく由も無い。



「…いや、流石に帰るわ。俺そんなに厚かましくないし。」


俺は少し申し訳なさげに眉を下げた。


「4日も居据わりやがってどの口が言う?」


坂井はニコニコとドスの効いた声を出した。



「……いやん、そんなに怒らないで。」


「女ごときでめそめそしやがって。情けねぇ。」


坂井は、俺が元カノとの別れで傷心のため、ひとりは寂しくて坂井家に居据わっていたとうまい具合に勘違いしてくれている。


当の本人、紺野からは『事件』当日にメールが届いた。


『今月中でお暇な日を教えてください』という主旨の簡素なメールだった。





そこから彼女に会ったのは、1週間と4日を過ぎた土曜日の夜だった。

2週間とちょっとの日々で、アレを忘れられないほどには俺はビビりだった。正直待ち合わせ場所に着くまでに、ばっくれてしまおうか。そんな考えが浮かんでしまうほど。



ただ、道を歩けばいつかは目的地に着くもので。


「うわーーー!梶くんだ!!!久しぶりー!!」


待ち合わせ場所には、旧友がひとり。

里江 美帆子、紺野と同じく小学校の同級生だった女の子だ。


「里江ー!すげぇ変わってねぇな!サイズが!」


彼女は小学校時代、背の順でいうところの先頭だった女の子だった。


「梶くんは見事に伸びましたねぇ。いやでもわたしだって伸びたんだからね?」


里江の頭にポンポンと手をおき、少しご立腹の彼女をなだめた。


「うぁー!梶だー!!」

「本物だー!!」


十数メートル手間から俺を見て叫んだのは当時仲のよかった山本と清水だった。


「おーまえ!帰ってきたなら一言くらい連絡いれなさいよ!」


山本は走り寄りながらそう言って、その後をゆっくりと清水が歩いてきた。


「わりぃ!ちょっと帰ってきてすぐは日本語忘れちまってて話すに話せなかったんだよ!」


「帰国子女ぶりやがって!」


旧友らとの久しぶりのご対面に俺のテンションはすこぶる上々していた。


だから少し、気づくのに遅れた。



「うわ!みんな早いよ!」



後ろから登場した彼女の声と、心なしか背中から送られてくる寒気に、俺の顔はピシッと凍りついた。


「おぉ!紺ちゃん!おせぇーぞ!」


山本が笑いかけた相手は、間違いなく、紺野。と、『事件』の張本人の彼だった。



「ごめんごめん!ちょっと家出るの遅くなっちゃって!あ、お店案内するね!」


里江とともに先頭を歩く彼女。と、彼女の半歩後ろを歩く彼。

よく見ると心なしか透けている…?


俺が目を見開くと、彼はこちらに顔を向け、ギロリと睨んできた。


……耐えきれない。


山本が紺野らに「今日どこいくん?」と話しかけているのを見計らい、清水に耳打ちした。


「清水、清水。どちらさまなの?」


目線で彼を指し示すと、清水は訝しげな顔をしてこう言った。


「は?紺野だろ?」



清水には、俺が指し示した相手を理解してもらうことはできなかった。





…………ですよねー。


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