01:おひさしぶりですね
「やっとか。おめでとう。」
彼、俺の友人である坂井は煙草をふかし、俺に一瞬目をやり、あろうことかそう言った。
「……え。」
おかしい。この人頭おかしい。俺は目を丸くした。俺は確かに今、彼女…もとい、元カノと別れたということを彼に報告したのだ。
その報告に対しての答えが“おめでとう”?
「……つかぬことをお聞きしますが、わたくしのお話はあなた様のお耳に入りましたでしょうか…?」
ここは大学構内にあるカフェテリア。ゆえに普通の駅前とかのカフェテリアよりもはるかにうるさい。きっと聞き間違えたのだろう。
坂井は俺と違って面倒見のいい、男にも女にも好かれるような奴だ。そんな彼が友人の悲報に不似合いな言葉をかけてくるとは思えない。……と思いたい。
「あ?聞いててやっただろ。あんな女と別れられてよかったな。」
その言い方が、少し彼女……もとい元カノを責めるような言い方で、俺は少しムッとした。
「……なんで。」
「……え、ふったんじゃないの?」
今度は坂井が目を丸くする番だった。
「……まさかお前がふられたの?」
ジロリと彼を睨み付け、目をそらしうなずいた。
そう、俺は昨日高校時代から付き合っていた彼女……もとい、元カノにふられたのだ。
「はぁ……、お前ってほんと、はぁ……、」
坂井は俺を見ては深いタメ息をついた。
そしてその目は俺を憐れんでいる。
「……坂井さん、何が言いたいの。」
「はぁ……、もったいないというかなんというか。はぁ……、」
坂井は荒々しく煙草を灰皿に押しつけた。
「お前ってさ、ほんと人がいいよね。浮気されても許して、またされても許してって、何回許してやんのよ?そのあげくふられましたじゃお前、憐れすぎて笑い話にもなんねーぞ。」
……そうなのだ。俺の元カノは大層な浮気性がある。もっと言えば性格も他人より悪い。さらに言えばいいところなど顔とバストが俺のタイプどんぴしゃなとこくらいだ。
それでも、よかった。俺が彼女を好きだったんだから。
「……はいはい、俺は坂井みたいに女をてのひらで上手に転がせませんよー。」
坂井がまたひとつタメ息をついた。今度のそれは拗ねていじけている俺への呆れが含まれていた。
「……あの女、たぶんまたヨリ戻したいとか言ってくるからな。」
坂井が苦虫を噛んだような顔をしてコーヒーを口にした。
「……え、」
「だから、そん時また許すとか馬鹿な真似、しないほうがお前もあの女もお互いのタメになるよ、絶対ね。」
坂井の言っていることは、正しい。
けどきっと、俺は馬鹿だから、また繰り返すよ。絶対。
「流石。無駄に歳くってないね。やっぱ28歳バツイチで子持ちのイケメンに言われると説得力あるよね。」
「……ナニソレ、嫌味?嫌味なの?」
坂井はひきつった笑顔を俺に向ける。
「とんでもない、嫌味なんて滅相もございま、」
「梶くん?」
その時不意に後ろから名前を呼ばれ、反射的に振り向いた。
俺を呼んだ彼女は、見覚えのない、女の子。と、彼女の後ろで激しくこちらを睨んでくる男。
ハッキリした顔立ちで、美人。茶髪でパーマのかかった胸下まで伸びた髪。……雑誌でよく見る“ゆるかわ”な女の子だ。
「えっと……、」
え、こんな子知り合いにいたっけか。……いねぇ。こんなかわいけりゃ俺が忘れるわけがない。
「あ、ごめんね、わかんないよね!紺野です。紺野真緒。小学校まで一緒だった。」
「え、紺野?!え、ごめ!わかんなかった!!」
聞き覚えのある名前に驚き、ガタッと音を立てて立ち上がった。
「あはっ、だよね!わたしも声かけるか迷ったもん。」
彼女は、どうやら俺の幼馴染みらしい。
そして彼女が俺に笑いかけると、後ろの男がさらに俺を睨み付けてきた。
眉間のシワは深くなっていくばかりの男を余所に、紺野は笑顔で話しかけてくる。さらには俺の後ろにいる坂井にもニコリと笑い「こんにちは」と声をかけた。
俺はもう完璧に彼に意識が集中してしまい、彼女の話は耳を通りすぎていく。
「…で、でね!だから集まりたいねって話してたんだよ!…梶くん…?」
とびっきりの笑顔を見せてくれていたのが一辺して、少し不安げな表情で俺を見上げた彼女に慌てて意識を集中させた。
「え、あ、…いいの?」
少々不躾だが、視線を一瞬後ろの彼に向け、彼女をみやる。
「え?あぁ!わたしは集まりたい!みほちゃんとか山本くんとか清水くんには連絡とれてるんだよ。」
彼女はニコニコと俺の心配と検討違いなことを言った。
そーーーーー、じゃなくて。
彼女は後ろの彼がモチを焼きまくっていることに気づかないのだろうか。
「…あぁ、うん、そうだね」
俺は彼の顔を気持ち伺いながら、そう返事をした。俺のその空返事に少し眉を下げて、申し訳なさそうに少し笑った彼女は、連絡先を交換すると早々に「またね」と手を小さく振り、彼を“すり抜けて”去っていった。
「…………」
・・・・・
すり抜けて…?
彼は俺にもうひとつガンをくれ、彼女のあとを追った。
俺は馬鹿だから、一瞬なにが起きたのかを理解するには及ばず、「……え?」と気の抜けた声を出し、椅子によろよろと腰をかけた。
「……どうした?」
坂井がみるみるうちに顔を青ざめさせる俺を見て訝しげにそう訊ねてきたので、「え、あ…?んん…?」と言葉にならない声を発した。
「はぁ?」
坂井は一層、俺を訝しんだ。