約束の樹
とおい とおい 昔のこと。
どこかの森の中の 村をみおろす丘のうえに
いっぽんの、おおきな樹がありました。
それは、
ひとりのおんなのこ と ひとりのおとこのこが、
たいせつな約束をした樹でした。
その約束とは、
「太陽がしずむ時間に、ここで会う」こと。
ふたりは 802 ねんかん、
約束をまもりつづけました。
おんなのこはおとこのこがすきで、
おとこのこもおんなのこがすきだったので、
ふたりにとって 約束をまもる のは
むずかしいことではなかったのです。
ーーおんなのこはいいました。
「君と、ずっと一緒にいたい」
だけどおとこのこは、
さみしそうにわらうだけでした。
彼は、しっていたのです。
「自分と一緒にいれば、おんなのこは
必ず不幸になる」ことを。
だから、彼はいちどもいえませんでした。
「君の隣にいたい」と。
だけどおんなのこは、おとこのこにあうことをやめませんでした。
だれにもゆるしてはもらえなかったけれど、
おんなのこはみんなの反対をおしきって、
おとこのことあいました。
ーー彼女はいつも、えがおでした。
あるひ、丘へむかうおんなのこを
村のひとがひきとめました。
「あいつに会っては駄目だ」というのです。
おんなのこが村のひとをせっとくし、
やっとふりきったときにはもう、
空に月がうかんでいました。
おんなのこは初めて、
約束をやぶってしまったのです。
いっしょうけんめい走って、
森をぬけ 樹のしたへたどりついたとき、
そこに おんなのこをまっていたはずのーー
おとこのこはいませんでした。
それから 108 ねんたちましたが、
おんなのこのところに
おとこのこはかえってきません。
おんなのこはずっと樹のしたでまっているのに、
です。
そのようすをみかねた村のひとたちは、
「あいつは我々が殺してしまった」と
はくじょうしました。
でもおんなのこは、
おこりもせず、なきもせず、いつものようにわらっていいました。
「あの日彼はきっと、私をまっていてくれた。次は私がまつ番だよ。108年なんて、
たいしたことない」
「大丈夫。ここでまっていれば、きっとまた会えるから」
そして、おとこのこがいなくなって
302かいめの秋がおとずれたひ。
村のひとたちは樹のしたでまつおんなのこに
おとこのこの死体をみせました。
「500年前のあの日に、
もう全部終わっていたんだ」と。
そう、言って。
村のひとたちは、おんなのこの幸せを
願っていました。
だから、おとこのこにぼうりょくをふるったのも、おとこのこをころしたのも、
全て、おんなのこのためでした。
それが正義だと、しんじていたのです。
村のひとたちがまちがいに気づいたのは、
なにもかもがておくれになったあとでした。
おんなのこは泣きました。
おとこのこのそばで、泣きました。
彼女はおとこのこの
こえをきくことも、
えがおをみることも、できなくなったのです。
おんなのこは、
世界でいちばん不幸になりました。
そのひのよる。
おんなのこは、約束の樹に火をつけました。
おとこのこも、一緒にです。
もえさかる、樹とおとこのこの死体をみて、
おんなのこは、しずかにいいました。
「神話に出てくる不死鳥は、
炎の中に入ると生き返るんだよ。
…だから君も、目を覚まして、
…くれないかなぁ…」
おとこのこが死んでから 500ねんと1にちご、
丘の上には、なにものこっていませんでした。
それから幾千の時がながれ、
村が国になったころ、何もなくなった丘の上に、
一人の少年が立っていました。
炎を纏ったその少年は、悲しそうに言いました。
「やっぱり俺は、君を不幸にしてしまった」
「君の居ない世界なら、
生き返りたくなんてなかったのに」
救いのないこの世界で、
死ぬこともできずに彼は、
永遠の時を生きる。
願わくば、
彼が呪いから解放される日がくることをーー