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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第二十五話 濁流

少し長め。

 声のする方へ火炎放射器を向けながらにじり寄る。ウンディーネが声を出すか分からないが、あの見た目からは想像し難い男のような声。あいつらの罠にしては何か妙だ。


 指を軽くトリガーに掛ける。ゆっくりと暗闇から浮かび上がってきたのはしわくちゃになった白衣に、疲れ切った顔をした研究員だった。どうやら研究員も俺達の事を視認したようだ。自身に向けられた火炎放射器にびくりと身体を震わせた。これがどういう武器か研究員は知っているらしい。


「人だ、人がいる……まさか、クロフト。そこにいるのはクロフトか?」


 危険地帯に現れた不審者はクロフトの名前を口にした。眉をひそめたニコレッタが自身の横に居る白衣の研究員を胡散臭そうに見る。ウンディーネが多数徘徊するこの階層で、何の武器も持たない人間が自分の隣にいる人間の名前を呼んだのだ。怪しんで当然だった。


 俺たちから懐疑の眼差しを受けたクロフトだが弁解する事なく、くたびれた研究員に言葉を投げかけた。


「オルゾロフ主任、生きていたのですか?」


 確かに、この状況下では死んでいるほうが自然なことだが、死んでいて当然と言うのは辛辣な意見だ。オルゾロフと呼ばれた主任研究員は、そんな言葉に怒ることも悲しむことも無い。


「生きていた、か。正確には生かされていた、だな」


 オルゾロフと呼ばれた研究員は吐き捨てるように言った。目は虚ろで、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。どうやらクロフトの知り合いらしいが――。


「クロフト、誰だこの人は?」


 考えるよりも聞いたほうが早い。俺は目の前の人物の正体をクロフトに尋ねた。


「最下層で人造のウンディーネの実験を行っていた主任研究員だね」


「人造のウンディーネの?」


 ニコレッタが確認するように喋った。オルゾロフは言葉に含まれた意味を理解したようだ。


「申し訳ない。私の研究がこんな結果を招いて――その様子だと冒険者のようだが、他の者は?」


「死んだ。この階層に来る前に逃げ出したアルカストラネによって、上の階層もここと同様に全滅だ」


 実際は、まだ生きている冒険者やホルムスもいるがそこまで細かく言う必要はないだろう。

 

「そうか、アルカストラネまで逃げ出したのか……私は、警備兵や職員が食われていくのを、ただ見ているしかできなかった。見せ付けているのか、それとも生み出された恩を感じているのか、あいつらは私を食べようともしない」


 オルゾロフの話が本当ならばウンディーネから生き残ったのではなく、生かされているのだ。それがどういう意味を持つのか俺には分からないが、目の前で部下や知人を食われて行くのを、ただ黙って見ていることしかできなかったのだろう。捲くし立てるようにオルゾロフの話は続く。

 

「戦闘力こそ大幅に劣るものの、龍同様に世界の法則を捻じ曲げる存在。それを生み出し、制御できれば人類はどれだけ進歩できるか、それがこの結果だ。実際できたものは姿こそウンディーネと似ていたが、できあがったものはウンディーネとは全く別物。その凶悪性とたちの悪さはオリジナルを超越していた。人型の不安定な体を維持するためには、多くの魔力と人型の生き物が必要だ。アレは数百もの人を飲み込んだが、まだ足りない。私はとんでもない物を生み出してしまった。すまない。本当にすまない」


 オルゾロフが俺達に頭を下げる。本来ならば罵倒の一つでも浴びせるてやりたいところだが、今はそういう事をしている場合ではない。


「謝罪も贖罪も今は後だ。時間がない。早く外に出よう」


 体感時間ですら10分以上は経っている。既に余裕は無かった。







 破壊しつくされた第三層の警備室とは違い、第四層の警備室はその原型をとどめていた。瓦礫もガラスの破片も吐き気を齎す血肉も無い。


 開きっぱなしになっていた扉から中を覗く。確かに何箇所かでは争った痕跡が見て取れたが、激しい戦闘があったと言われれば間違いなく違うと言えた。暗闇に目を凝らして念入りに確認するが、何も居ない。


「大丈夫だ」


 室内に足を踏み入れた。机には水が入ったコップ、食べ掛けのパンが置かれていた。小腹が空いた警備兵が齧っていたのかもしれない。


 視線を少し移動させると、記入中の紙がペンと一緒に放り投げられていた。生々しい生活痕。つい半日前までは確かに生きていた警備兵のことを考えると身震いしそうになる。


「……通信用魔道具はどれだ?」


 部屋の中には何もいない。遅れて入って来たクロフトに通信用魔道具を確かめさせる。


「これのことかい?」


 通信用の魔道具は奥の棚の上に投げ出されていた。通信者が使用中にウンディーネに襲われたのか、テーブルから通信用魔道具のマイク部分に当たるものが、コードで宙釣りになっている。


「どうすればいい?」


「指揮場に連絡しなければいけないけど、番号がわからない。その辺にメモは無いかい?」


 重ねられた書類を漁り、壁に貼り付けられた掲示物を確認する。足を曲げて屈むと床の上に紐で括られた厚紙の束を発見した。表紙には持ち出し厳禁とデカデカと書かれている。ページを一枚二枚と捲ると各施設への番号割り当てが記入されていた。


「これか」


 廊下が不意に明るくなった。振り返ると四角く切り取られた扉から腰だめで火炎放射器を撃つニコレッタの姿が映る。


「来たわよ!!」


「待て、もう少しだ。クロフト、まだか!?」


「番号もあっているし、操作も間違いはないんだけどね。シンドウくんも掛けてみるかい?」


 差し出された通信魔道具のマイク部分を握り締め、呼びかける。


「警備隊、聞こえるか!? こちらは第三層警備室。繰り返す、こちらは第三層警備室」


 二度、三度繰り返すが返答は無い。


「ポンコツが」


 苛立ちながら四回目を繰り返そうとしたときだ。ノイズだと思われた音が言葉に変わった。


『ち……しき――こちら警備指揮場、そちらの声は聞こえている』


 通信魔道具から声が響く。それは紛れもなく外部からの音声だった。


『第四層から通信しているようだが、まだ生き残りがいるのか?』


 どうやら向こうの通信手は第四層の生存者が連絡をしていると勘違いしているようだ。


「いや、第四層は全滅だ。俺達は第三層の酸素が無くなりかけ、外部と連絡を取るために第四層まで来た」


『……事態を把握した。通信の掛け方からして冒険者だな。近くの警備兵に代われるか?』


「警備兵は繁殖したアルカストラネのせいで、全員殉職した」


『全員……? 一人残らず死んだのか!?』


 それまで事務的だった通信手の声が、感情的に揺らいだ。火炎放射器など完全武装した50人もの警備兵が殉職したのだ。当然、その中には通信手の顔見知りや友人もいただろう。


「ただ、辛うじてアルカストラネは排除した。残っているのは非武装の職員と冒険者だ」


『なんてことだ。……少し待ってくれ、今上に伝えて』


 通信手は待機を命じようとしたが、俺はその声を遮る。


「それは無理だ。もうこっちは持たない。入り口に精霊もどきが殺到してきた。このままじゃ殺される。ここから脱出したら携帯用魔道具で掛け直す」


『おい、待て、話はまだ――』


 話は続いていたが、悠長に話していると押し寄せるウンディーネに殺される。ただでさえタイムリミットは迫っているのだ。通信は安全圏に逃れてから掛け直せばいい。


 散乱していた白衣の二つを掴み取り、重ねた白衣の上に通信用魔道具を入れて、白衣の裾と腕を縛り即席の鞄にする。10キロもない重さだが戦闘時にはとてつもなく邪魔だ。


「ほら、早く出ろ」


 動きの遅いオルゾロフの尻を叩き廊下にいるニコレッタとクロフトに合流する。


「終わったぞ。ニコレッタ」


「早く行きましょう。切りが無いッ」


 床に張り付いた炎によって照らし出されるウンディーネは数え切れないほどいた。


「温存してた魔法をつかう。先導を任せたぞ」


 魔法の詠唱を始め、通路を塞いでいたウンディーネの群れにスローイングナイフを投擲する。火炎放射器の射程と威力を学習していたのは流石だが、初見の攻撃に対しては為す術もない。


 複数のウンディーネの体を貫通し、その中心でスローイングナイフは炸裂した。打撃や斬撃には強いウンディーネも、魔法を伴った攻撃には弱い。まるで水風船が割れるように弾けた。包囲網が破れた瞬間を見逃すほど俺たちは間抜けではない。


「行くわよ!!」


 ニコレッタを先頭に来た道を戻る。それを許さないとばかりにウンディーネがそこら中から溢れ出てくる。


 このフロアにいるウンディーネ全てが俺たちの元へと集結しているのだ。まともに相手はしていられない。


 構えた火炎放射器から炎が溢れ出て、ウンディーネを飲み込む。そんな仲間の犠牲を利用して複数のウンディーネが左右から殺到する。詠唱は既に完了していた。


炎よ、我が壁となれ(ファイアーウォール)


 進路上に出現した炎壁に止まることが出来なくなった精霊もどき共は、耳障りな声と共に焼却されていく。壁の向こうには無事なウンディーネが右往左往しているだろう。


 ニコレッタは違和感を感じたのか、通路に差し掛かる前に、その通路に炎を撃ち込む。文字通り炙り出されたウンディーネが転がるように通路から出てきた。


 燃え盛るウンディーネを無視して隊列は進む。


 通り過ぎる前にその通路の奥に目をやると、板状の何かが見えた。それは紛れもない机だった。ウンディーネが施設にあった机を防壁代わりにして迫ろうとしているのだ。明らかに攻撃方法に対し、学習して対抗してきている。


 俺は視線を上げ、天井にターゲットを決めた。


炎弾よ敵を焼き尽くせ(ファイアーボール)


 撃ち込んだのは火球。天井に当たると爆発を起こし、ウンディーネ達の上半身を焼き払った。


 逃げ場を求めた熱風が俺の肌をジリジリと炙る。気付けば暑さにより額からは汗が滲み出ていた。放火魔も真っ青な炎の多さだ。


 後ろからは再びウンディーネが追い上げてきている。今まで通り火炎放射器から勢い良く出た炎だったが、1体を燃やしたところで炎がへたり込み、噴射されなくなった。


 直ぐに理解した。燃料切れだ。節約して使ってきたつもりだったが、とうとう燃料が底を突いたのだ。


 燃料切れの隙をついてウンディーネが迫る。心の中で罵声を放ちながらすっかり軽くなった燃料タンクごと火炎放射器を捨て、スローイングナイフを投擲する。


 ウンディーネへと突き刺さり、小規模の爆発を起こしたスローイングナイフだが、制圧し切れない。続けて投げてしまえば魔力までも底を突く。燃費の良い属性魔法をなるべく使うしかなかった。その属性魔法も詠唱を始めたばかりで、魔法を出すには時間が掛かる。


(こいつは、まずいッ)


 先ほど爆破した机のある通路からも複数のウンディーネが迫って来るのが見えた。


(援護は――無理か)


 多勢に無勢。詠唱が終わるまでニコレッタとクロフトに援護を貰おうとしたが、二人は遠い。


 自発的に援護が貰える位置まで逃げるしかなかった。道具袋に押し込んであった手榴弾を二個取り出し、人差し指でピンを抜いて正面と右の通路に一つずつ投げる。


 二度の爆発音が響くとばかり思っていたが、音は一度だけ。正面の通路に投げたはずの手榴弾が爆発していなかった。


(不発弾!? そう言えば試作品だったか)


 試作品――プロトタイプと聞けば聞こえはいいが、要は評価試験もしていない不確実性満載の代物だ。大量生産品と試作品ならよほど奇特な人間以外は前者を選ぶ。


 試作品特有の何かしらの不具合により不発に終わってしまった。だが、まだ距離はある。落ち着いてもう一つ手榴弾を取り出し、ピンを抜いてサイドスローで投げつける。目標はウンディーネ集団の頭上だ。


 先頭集団の頭上を手榴弾が通り過ぎようとした時、ある一体のウンディーネが腕を伸ばし手榴弾を受け止め、体の中に引き摺り込んだ。それとほぼ同時に炸裂。鈍い爆発音を伴いながら辺りにはびちゃびちゃと水しぶきが撒き散らされる。


(じょ、冗談だろ!?)


 信じられない事に、自らの身体で爆発を防ぎ、同族を守ったのだ。呆気に取られている暇は無い。爆発による時間稼ぎが失敗した今、目の前に居るのは、気味の悪い笑みを浮かべる精霊もどきどもだ。


 地面を滑るように移動するそいつらはあまりに速い。もはや温存などと言っている場合ではなかった。スローイングナイフを投擲しようとする俺に待っていたのは、二匹のウンディーネから伸びた腕だ。一本二本と反射神経にものを言わせ続けて回避するが、限界がある。そのうちの一本が俺の胴部を捕らえ、そのまま壁にたたき付けた。


「ぐ、っ痛っう」


 増設された脆い場所だったのか、俺の身体によって壁が粉砕され、そのまま室内に押し込まれる。視界の中に部屋の内部が映る。押し込まれた先は工作室だ。棚に下がった工具に、金属でできた机が見えた。握っていたはずのスローイングナイフは手から虚しく消えていた。詠唱していたはずの呪文も肺から空気を押し出されたせいで中断させられてしまう。


 転がるように受身を取ると、壁の穴からウンディーネが飛び掛って来るのが見える。バスタードソードを引き抜き、すれ違いざまに両断するが、直ぐに再生が始まり意味が無い。


 瞬時に間合いを取り、出入り口から逃走を試みるが、ドアを叩き破る音ともに、視界の端で正規の扉からウンディーネが入り込んでくるのが見えた。全部で10体以上いる。


 じりじりと距離が詰められる。こいつらの言葉は分からないが、人語を話すとしたら「もう逃がさない」だろう。嫌らしい顔つきの化け物の視線が俺に注がれていた。


 室内で20体を超えるウンディーネに囲まれた。経験から瞬間的に理解した。既に逃げ場は存在しない。世の中酷いものだ。決断を迫られるときは、何時も時間が無い。


(こんなところで、死ねるか――!!)


 異変を察知したウンディーネが一斉に動いたが、もう遅い。


「あああ、アア゛アァああッ!!!!」


 沸騰するように身体が熱い。血液が体中を駆け巡っていくのが分かる。暗闇の中でも、鮮明にウンディーネの動きがわかった。発動された《暴食》により見えた隙間は小さい。それでもこじ開けられた活路に持てる全てをかける。


 強化された五感により《生存本能》が騒ぎ立てる中、ムチのように伸びる腕を掻い潜り、ある場所へと飛び込む。目の前には、鋼鉄でできた丈夫な机があった。据え付けてあった金属製の机をもぎ取り、抱きつこうとしたウンディーネ達の身体に叩き付ける。水を弾く感触の中で、複数の小さい何かが砕ける感触がした。


 机の通り過ぎた後にあったのは、水溜りへと変化したウンディーネだけだ。隙間の空いた包囲網の一部に飛び込む。つい一瞬前まで俺がいた場所に、鋭い腕が殺到する。


 左のウンディーネに机を投げ付けた。1体は机に押し潰され核が壊れたが、もう1体は机と床の隙間から這い出てきた。その液状の体の中心にドス黒く輝く鉱石の結晶のようなものを見つけた。


「みぃイいつけたぁあアああァ!!」


 既に飛び込んでいた俺は起き上がろうとするウンディーネを踏み付けた。ジェル上の腕が足を掴んだが、核が崩壊したことにより直ぐに溶け落ちた。


「水が、水ガァ、邪魔なンだよ」


 避け切れない打撃をバスタードソードで攻撃を腕ごと粉砕する。腕は直ぐに再生を始めるが、数秒のタイムラグが生じる。一つしか無かった活路が増え、選択肢が増えていく。形勢は俺に傾き、ウンディーネとの均衡は完全に崩れた。


 体を切断した流れでバスタードソードのグリップを回転させ、剣の腹でウンディーネを叩く。


「ぁあああああ、肉が、肉がッほしいい」


 剣の腹がウンディーネの胸部に命中するとそこをごっそり抉り取った。そこにはウンディーネの核があり、勢い良く振られたバスタードソードに耐え切れなかった。ダマスカス鋼をベースとした刀身により核が砕かれた。辛い作業は終わった。重圧が減り、格段に動きやすくなる。同じ動きを繰り返し、次々とウンディーネを破壊。そうして次々と集まってきた精霊もどきを30体ほど仕留め、残りは数える程度になった。


 そんな時に、3体のウンディーネを犠牲にして1体のウンディーネが俺に取り付くことに成功した。手足に巻きつき、絶対に離さないとするウンディーネだったが、運の悪いことに胸にある核が俺の口の近くにあった。


 口を開き、ウンディーネの胸に噛み付く。ジェル上の身体に顔がめり込む。状況を察したウンディーネが俺を一転引き剥がそうとするが、手遅れだ。


 歯に挟まれた核は奥歯によって砕かれた。身震いするように震えた精霊もどきは、短い絶叫とともに崩れ落ちる。じゃりじゃりと砕かれた魔法石を吐き出す。泥で固めた飴を砕いたような味だ。


「不味いンだよォ!!!!」


 地面すれすれに迫る腕をバスタードソードで切断。腕は直ぐに再生が始まるが、懐に潜り込んだ俺は核を剣先で貫く。


「がああッァ、肉、肉は!? ふぅ、ぁああァアア!!」


 劣勢を悟ったのか、数体となったウンディーネが部屋から逃げ出そうとする。廊下に身体を出しだ瞬間、炎に巻かれたウンディーネは消滅した。


 ニコレッタ達が救援に来たのだ。暴れ続けている《暴食》を切る。身体の再生が無かったためか、この前よりも幾分か楽だ。それでも理性が掠れ、本能に身を任せたくなる。


「シンドウ、生きてる!?」


 囲まれていたニコレッタ達がやってきた


「はら、ハラガ減った、肉、肉っ……ああ、くそ。大丈夫ダ。怪我はナい。それより何か食べるもの持ってないか?」


「錯乱しているのか……?」


 オルゾロフは恐る恐る俺に尋ねてきた。俺は至って正常だ。


 まだ人を見て美味そうと感じることがないだけ幸い。がんがんと痛む身体を無視して、無いよりはマシの食料を口の中に放り込む。途中で誤って手榴弾を掴み取り、叩き付けたくなったが、理性で押さえ込んだ。道具袋の底から拝借していた酒を掴み取り、歯で蓋をこじ開ける。


「え、ちょ、こんなときに酒飲んでる場合じゃないわよ!?」


 勢い良く傾けると中身を煽った。喉が焼けるように熱い。胃に収まったアルコールがむせ返るように感じる。


「ゴホッ!? はぁ、はぁッ、無駄に度数が高イ」


 戸惑うオルゾロフとニコレッタの脇からクロフトが顔を出した。


「響いてくる咆哮、食事、凶暴化――ああ、そう言う事か、同族とは驚いたね」


「何を言っている……?」


 まだ《暴食》の影響か、クロフトの言っている事を上手く理解できない。


「狂気では済まされない飢餓感。《暴食》だ。話がわかるタイプで良かった。そんな怖い顔で見ないでくれ。確かに、興味はあるが同類に食い殺されたくはないし、同類を殺すのは趣味ではないよ。……あまり長話はできそうにないね。僕の大罪は《強欲》 知識を欲した末路がこれだよ」


 いつもへらへらと笑っているクロフトの顔は無表情だ。


「二十年前。ヘッジホルグの天才魔道師と呼ばれた僕が、今では身元不明の怪しい魔道師だ。それはそうだ。公式でも非公式でもあの研究所は消滅。僕を含む研究員は全員死亡になっているんだ。研究員だけじゃない。実験体だったデビルプラントもキマイラもスライムも根こそぎだ。シンドウくん、体の何割が人間ならそれは人と呼べるんだろうね。九割? それとも五割? 元は人間だった。それは間違いがない。だが、元の体は1%もない。こんな私は人間か? 人間と言えるのか? 身体が疼いて仕方が無い。身体を失い、部下も、親友も、最愛の恋人すら失った。こんなになっても、まだ知りたいんだよ。知識を、世界を」


 突然の告白に、思考は停止した。得体の知れない奴だとは思っていたが、ここまでとは――。混乱する頭の中ではうまく情報を纏める事ができなかった。

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