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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第二十一話 暗闇の残骸

 助走の勢いを以て振られたバスタードソードは、一撃で人形の頭部を切り落とした。


 視界の端に、二匹目のアルカストラネが入る。周囲の物を撒き散らしながら迫ってきたが、迎えたのは俺ではなく腰でショートスピアを構えるテルマだった。自ら鋭利な槍先に衝突することになったアルカストラネは、眼孔から入り込んだ槍によって絶命させられた。


 電池が切れたようにだらりと脱力した人形を、突き刺さったままの槍で地面に捨てると、テルマは俺の方をちらりと見る。


「仕留めた。問題無し」


 その言葉で自然と戦闘のための密集隊形から移動のための隊形に変化する。先頭を行くのは俺とテルマ、その後ろに道案内役のホルムスとクロフトが続く。中央から後方にかけては予定通り3人の冒険者。最後尾はニコレッタが担当している。


 ホルムスに誘導させられるまま通路を進んでいく。あの部屋を出てから俺達はたびたびアルカストラネの襲撃を受けていた。


 ペースは問題ない。少数でアルカストラネを撃退してきた冒険者が集まっているのだ。状況把握ができず、戦力が分散していたあの時の様にそう簡単には崩れない。


「警備室まで、あとどのくらいだ?」


「あと10分、いや警戒と暗闇を考えると。15分くらいはかかる」


「シンドウ、来たわよ。それも20匹以上ッ」


 順調と思ったときに限って何かが起こる。今回もその例に漏れなかったようだ。


(一度に20匹、虫の癖に効率的な狩りの真似かよ――)


 最悪の報告に内心罵声を放つ。


「前に走れ!! 魔法で足止めする」


 詠唱のせいで直ぐには魔法が使えない。後方を睨んでいると、通路の奥から鉄砲水のように黒い影が押し寄せて来るのが見える。


「ひぃいい、あんなに居る!?」


 群れを見てしまったテルマが悲鳴を上げ、ホルムスはバールのようなものを片手に必死の形相で足を動かしている。


「はぁ、はぁ、次は右!! 曲がったらしばらく直進だッ」


 ホルムスの指示通り、隊は進む。アルカストラネは振り切れないが追いつきもしない。とは言え、行き止まりにでもぶつかったらそれこそ一網打尽。早めに手を打つ必要があった。


(よし、詠唱が完了)


 足を止め、並走していたニコレッタ達に背を向ける。


「し、シンドウ!?」


 テルマはファイアーボールか投擲を行うと思っていたらしく、反転した俺を見て、『何をしている!?』とばかりに俺の名前を呼ぶ。何もファイアーボールだけが俺の魔法じゃない。


 肉眼でもしっかり人形が見えてくる。その迫力に《生存本能》がぴりぴりと全身に警告を出す。溢れ出る奇声、ほとばしる唾液、狂ったように動く手足。まるで何かの特売日を前にした熱狂的な人のよう。


 まるで十年ぶりに再開した最愛の人に抱擁するかのように、群れは手を伸ばす。


(悪いが、そんな大勢の愛は受け止められない。お断りだ)


炎よ、我が壁となれ(ファイアーウォール)


 虚空から伸びた炎の壁に狭い通路は埋め尽くされる。天井によって跳ね返された火が周囲にまで飛び火する。


 急に止まろうと思ってもあの人数の勢いは直ぐには停止できない。先頭の数匹が止まることが出来ず、炎に飲まれた。


 炎に巻かれたアルカストラネは金切り声を上げてのたうち回る。あれだけの火で身を焼かれれば確実に行動不能だろう。もだえ苦しむ同類を見て、それ以上炎の壁に突っ込んでくるアルカストラネはいない。


 勝手に自滅してくれるのが望ましいが、この状況では少しの足止めだけでも充分だ。壁一枚を隔ててまだ多くのアルカストラネが居る。長居は無用だ。


 踵を返した俺は全力で駆け出し、先に進んだ隊を追う。10mも先が見えない場所で全速力で走るのは、恐怖感を駆り立てられる。暗闇から次々と出現する障害物を反射的に踏破して進む。


 しばらくは直進するだけなので、道には迷わない。


(あれは、ホルムス達か)


 暗闇の中で冒険者の背中が見えた。だが、隊はその場で立ち止っている。音から察するに戦闘中だ。


 密集した冒険者達は連携して、アルカストラネを近づけずに葬っていた。


 信じられない事に、今まで原始的な攻撃しかしてこなかったアルカストラネだったが、このアルカストラネたちは鉄パイプや剣など、武器を使用するものが混じっていた。


(武器を使う知恵があるのか!? こいつら《進化》をしたか、レベルが上がってるんじゃ)


 武器を使われるというのも厄介だが、それよりも脅威なのは武器を使う知恵だ。幸い、隊列から大幅に遅れていたせいで、俺の存在には気づいていない。《奇襲》をするには持って来いの環境だ。


 騒ぎを聞きつけて横道から現れたアルカストラネを斬り捨てる。音に気付いた他のアルカストラネが振り向く前に、後ろから突き殺す。そのまま数匹をなぎ倒すと包囲網が思わぬ形で崩れ、一気にこちら側が優勢になった。


 もう残る数は多くない。大剣を無茶苦茶に振り回し、暴れ続けていたアルカストラネの1匹がニコレッタのハンドアックスの餌食となった。


 ニコレッタの一撃により、アルカストラネの頭部は叩き斬られた。制御中枢を失い、ぐらつく体は傾斜が大きくなる。他の人形同様、地面に倒れ込むだろう。


 背を向け、次の標的をニコレッタが探そうとしていた時だった。


 動くはずの無い首なしが一歩確実に踏み出した。魔力によってか、人形の体が赤黒く発光する。まるで自身の最後に残った命を燃やすように――。


 嫌な記憶、特に大怪我を負った時というのは記憶に残りやすい。俺の記憶にそれはあった。見覚えのある光景。


(まだ駆け出しのときに剣を叩き折られたあのオークと同じ)


「ニコ、レッタッぁああああァ!!」


 突然の怒声に、ビクッと驚き振り向いたニコレッタだったが、既に遅い。首根っ子を掴んだ俺は強引に後ろに引く。


 同時に首を失ったそれは大剣を叩き下ろした。


 つい一瞬前までニコレッタの頭部があった場所に重厚な大剣が振り落とされていく。そのまま床に大剣は突き刺さり、今度こそ首無しは地面に倒れこんだ。


「頭を潰したのに……ありがとう。助かったわ」


「何かのスキルだろう。前に一度似たようなのを見たことがある」


 騒ぎは完全に沈静化した。その証拠に、隊の周りには返り討ちに合ったアルカストラネの人形が散乱する。こちらの被害は0だった。


「もう少しで警備室だ」


「ああ、後ろの奴らが追い上げてくる前に行こう」


 隊列を組みなおし進もうとしたとき、テルマが俺の腕を掴んだ。


「シンドウ」


「新手か?」


「違う。そうじゃなくて、これ、Aランク冒険者が愛用していた大剣」


 テルマの顔は引きつったまま泣きそうだった。大剣の刃はべっとりと血のりが付着している。アルカストラネの血か、人間の血か判別はできない。


 冒険者が武器を手放す。これの意味することはたいていの場合、死だ。本隊にいた唯一のAランク冒険者がアルカストラネに敗れ、死虫に武器を鹵獲された。


 どのような形であれ、本隊が無傷とは思えなかった。











 警備室に近付けば近付くほど、ホルムスの道案内は必要なくなった。最初にいた警備兵のものだろう、戦闘痕が生々しい凄惨な戦いを物語っていた。壁とめり込むように一体化した死体。圧壊した防具。血染めの部屋。


 それが警備室に近付けば近付くほど続いていた。通路には棚やら机で作られたバリケードだったものが散乱している。転がる死体のほとんどが捕食されていた。


「アルカストラネが家の補強に、肉を食らったんだろうね」


 死体の一つを眺めていたクロフトがそう結論を出した。こちらが死ねば死ぬほど敵が強くなる。ホルムスの言葉が思い出される。


 暗闇の中で、光が揺らいでいた。それは第二陣の警備兵が装備していた火炎放射器(フレイムスロワー)の残骸。待ち望んでいた明かりだが、周囲の状況を細かく見るハメとなり、最低な気分だ。


「こいつら、俺達と一緒に潜った警備兵じゃねぇかよ」


「……全滅しちまったのか?」


 腰を落とし、成れの果てを調べていた冒険者が苦々しく顔を歪める。


「警備室は?」


「そこを曲がってまっすぐだ」


 酷い臭気に耐えながら、角を覗くと嫌な予感は的中した。


 その通路は、この階層に閉じ込められた警備兵と研究者、救援として送りこまれた警備兵、そして冒険者がいたるところで朽ち果てていた。血が無い場所を探すほうが難しい。


 まだ残り火もある。壁の損壊はほかに比べ特に酷い。ここを中心にして徹底抗戦を試みたのだろう。そして敗れた。慣れたはずの光景に喉の奥から胃酸が込み上げてくる。


 他の冒険者も顔色が悪い、技術職のホルムスは今にも吐きそうだ。そんな中で、一人顔色を変えない者がいた。まるで仮面のような安い笑顔を顔に貼り付けたままのクロフトだ。


「クロフト、よく平気だな」


「生物の解剖や手術で血にも臓器にも慣れているからね。とは言え、こんな場面は昔を思い出すから僕も見たくはないよ」


 真顔になったクロフトは何処に焦点が合っているかも分からないまま、惨状を見詰める。


「進まなくていいのかい。時間はない。そうだろう?」


「ああ」


 何人で出来た血の池かも分からないほど。歩くと、ブーツの底に水気を感じる。足場を選びながら進むと、目的地に着いた。天井に設置された配管にぶら下がる死体が、俺達を出迎えてくれる。


 警備室の壁は外から粉砕されていた。警備室の中はブラッドバス(大量虐殺)の現場だった。血と鉄が織り交ざって作り上げられる光景に反吐が出る。生存者など一人もいなかった。


 壊れた壁から室内に進入する。中にはアルカストラネが居なかった。続いて入ったホルムスが警備室の奥へ奥へと進む。


 ホルムスの向かう先には、据え付けられた大型の魔道具があった。その形はオサが所有していたものに酷似している。


「駄目だ。完全に壊れてる」


 魔道具を確認していたホルムスは詳しく確認するまでもなく、結論を出した。素人の目からしても一部がもぎ取られるように破損しているのが見て取れる。


「直せないか?」


 駄目元で聞いてみたが、ホルムスは大きく首を振った。


「無茶を言うな。元々は現在では製作不能のロストマジックとロストテクノロジーの塊。発掘されたものを修復するだけでも半年かかる場合もある。これの場合はリペアパーツが必要だし、直すとしたら数ヶ月単位だ」


 通路に戻り、警備兵が持ち込んだ携帯用の通信魔道具を調べていたクロフトの傍に寄る。


「携帯用の通信魔道具は?」


「背中に背負っていたものだから、持ち主とともに完全に粉砕されているよ」


 これで警備室には使用可能な通信魔道具が無くなったことを意味していた。


(最悪だ。これじゃ外部と連絡が取れない。くまなく内部を探すか? いや、通路の移動ならまだしも捜索は危険が大きい。分散して探すわけにもいかないから、時間ばかり掛かる)


 血が付着していない貴重な壁に寄り掛かり、何か手を考えるが、纏まらない。


「おい、シンドウ。何か変だ」


 周囲を警戒していた冒険者が俺を呼んだ。


「アルカストラネか?」


「分からん。ただ、奥の通路の照明がだんだんと消えていっている」


 長い通路の奥を見る、確かに、足元にある照明が消えていた。そしてまた一つ、消えた。


「動力が切れたのか……?」


 ついに非常灯の動力まで消えたかとも思ったが、この通路だけ順序良く消えるのはおかしい。


(照明が消えるというよりも、あれは、照明が隠れた? おい、冗談だろ)


 通路の奥から壁がゆっくりと、だが確実に迫って来ていた。それを意味するものは一つ。


「オーガが、現れた」

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