第十九話 暗闇の遭遇
「また新手か」
「後ろからも2人」
倒しても倒しても無限に沸いてくるようなこいつらに、俺達はいい加減辟易していた。相手の数も分からない。このまま延々と襲われ続けるような感覚にすらさせられる。
休んでいる間に、ステータスを開いたが、レベルが上がっていた。
ヘッジホルグを出てからオーガや盗賊など、何度か戦闘を経験して42レベルだったが、皮肉な事に、普段では経験出来ない戦闘が俺を成長させたらしい。
願わくば、地下施設でこれ以上経験を積む機会が無い事を願っていたが、叶わぬ夢だったようだ。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】43
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、暴食、運命を喰らう者、上級片手剣B-、上級両手剣B、上級火属性魔法C、中級水属性魔法A、 奇襲、共通言語、生存本能
【属性】火、水
【加護】なし
「前を頼む。後ろは俺が」
テルマと身体を入れ替え、こちらを喰らおうとする2人に対面した。一人一人で強さに個人差があるらしく、見た目が同じと舐めて掛かると、こちらの想像を上回る動きをして来る。
(まずは先頭を確実に潰す)
繰り出される狂拳を無視して強引に肉と骨を断ち切る。力押しも立派な技術だ。腕に続き、首も虚空を舞った。ほぼ時間を置かずに次の奴が来る。
地面を這うような姿勢でこちらに飛び込もうとしてくるが、崩れ落ちようとしていた一人目に蹴りを入れ、進路を塞ぐ。
(上か左か右――? 左かッ!!)
眼前にできた思わぬ壁に後続の奴は左に身体を踏み出した。待ってましたとばかりに俺はバスタードソードを振り下ろす。両腕を頭上で組み、やり過ごすつもりらしいが《上級片手剣B-》まで鍛え上げたスキルは甘くない。
防御を容易く突破した刃は敵の頭部に致命傷を与え、葬り去る。
「テルマ?」
「し、仕留めた。無事」
振り返れば、眼孔からショートスピアを突き入れられた骸が壁からずり落ちるところだった。
(助けた甲斐があるな。一人じゃ神経が持たないところだ)
「案内図を見る暇も無い。ここに居ても駄目だ。進もう」
「どっちに?」
「音がしない方!」
こうなってくると本隊までたどり着く正しい道が分からなくなってくる。今の現状はじり貧と言えた。
「声、前の通路から」
「3人か?」
「し、仕留めて移動? それとも逃走?」
「背中を食いつかれるのは嫌だな。一気に仕留めよう」
不規則に聞こえてくる足音、漏れ出す奇声。視界にそれを捉えた。
(研究員1人、警備兵2人か、防具のせいで狙えるところが少ない。一度に相手にするのはキツイ。魔法の詠唱は間に合わないか、数が心もとなくなってるが、投げナイフで)
「俺が警備兵2人、テルマは研究者を」
「り、了解ッ」
(手前にある通路を越えたら投擲しよう)
ホルスターから抜いたスローイングナイフを構え、軽く助走を付ける。
(これでも喰ら――!?)
手からスローイングナイフが離れる前に、見据えていた警備兵だったものの頭が弾けた。
いや、正確には曲り角から現れたものに頭部を潰された。化け物同士の仲間割れではなく、それは紛れもなく斧だ。
指から今にも離れようとしていたスローイングナイフを握り締め、足を踏ん張り、その場に留まる。
すぐ後ろに続いていた狂人が曲り角の方に手を伸ばす。その手はロングソードによって斬り落とされ、一瞬遅れて真横から迫る斧に首が断ち斬られた。
最後の一人も通路へと向かうが、帰ってきたのは無数の刃、数秒かからないでそれは解体された。
ぬっ、と曲がり角から出てきたのは見覚えの有る影。
「ニコレッタ! 良い所に、お前に会いたかった!!」
「愛の告白かしら、こんなところで困るわ」
血に濡れた二本の凶器を両手に、頬を紅く染めた(血液的な意味で)ニコレッタがわざとらしく身体をくねらせた。
「手助け感謝する。俺はシンドウだ」
ニコレッタの後ろに居る助けてくれた冒険者達に駆け寄る
「ちょっと!? スルーしないでよ。酒場の一件から扱いが雑じゃない?」
「分かった。分かった。今の状況なら絶世の美女10人よりニコレッタを選ぶよ。屈強な冒険者10人だと悩むけどな。で……どうなってる?」
「最悪だったわ。分隊で残ったのはここの4人だけ。そっちは?」
「2個分隊で残ったのは2人だけ、奥にもう1個分隊がいたが、恐らくやられてるな」
「そっちでも沸いていたのね、こいつら。正体を聞こうにも、警備兵は軽装で変なタンクを背負ってたせいで満足に戦えずに殺されたみたいだし」
「本隊が無事だといいが」
「警備兵40人に、冒険者20人がいるから大丈夫でしょ」
「た、確か、本隊にはAランク下位の冒険者とBランク中位、下位の2人が混じってる」
テルマはレイキャベスを拠点とする冒険者なので、高位の冒険者が何処に配属されたか知っているようだ。
「……ちなみに、ここにいるシンドウとニコレッタ以外の冒険者は全員Cランク。Bランク以上はほとんど本隊の方」
大変嬉しくない情報を貰い、俺と冒険者達は苦笑いした。
「一先ず、何処かの部屋に入らないか? 通路だと目立つ」
「あーそれなんだけどね。ちょっと厄介な物を見つけてね。どうしようか悩んでたの」
「厄介?」
ニコレッタが厄介というぐらいだ。まず碌なものではないだろう。
「その説明もあるから、適当な部屋に行きましょう」
「あーあ、凄い数だな。軽く30はいるか?」
俺の視線の先には狂った様に暴れ続けるアレがいた。それも今まで一度に出会って来た数を遥かに上回る量だ。
「ひぃいい、あんなにいる」
暴れ回る連中が取り囲んでいるのは部屋の入り口。中に無事な人が居る。それも恐らくは救助隊じゃない人間だ。
「班が散らばる前に叫び声を聞いたのよ。『逃げろ、ここは地獄だって』」
「あの様子だと本当……。た、助けないと、でも、あんなに」
「ということでシンドウあれ蹴散らしてくれない? 取りこぼしは私達がやるから」
まるでおつかいを頼むくらいの気楽さでニコレッタはいってくれる。相手は痛みも恐怖も感じない狂人の集団。一度にあの量に襲われればまず無事では済まない。
「簡単に言ってくれるな、軽く30体はいるぞ。アレ。……節約したいが、使うしかないか、扉の中の人まで吹き飛ばないと良いが。なぁ、ここの天井ってどのくらいの強度設計だと思う?」
「あーえーそのー……?」
「多分崩れないんじゃないかしら?」
「設計? なんだそれ」
「俺達に難しい話を振るなよ。」
「何とかなるだろ」
「崩れても中の連中仕方ないと諦めるさ」
冒険者達からあまり信用出来ない返事を貰った俺はスローイングナイフの一本を取り出し、同時に詠唱の準備をする。
「……魔法で攻撃する。周囲を見ててくれ」
魔法の詠唱が終わり、攻撃の準備は完了した。助走を付け、俺は魔力を込めて思いっきり強く投擲する。内蔵した魔力が限界を迎え、スローイングナイフは群れ直上の天井で炸裂した。
《奇襲》と《異界の投擲術》が無駄なく発揮された一撃は、水風船を割る様に連中の頭部を破壊。周囲にいた奴らも衝撃と破片で一気になぎ倒す。
そんな激しい投擲魔法だったが、仕留めきれなかった一部が陸地に打ち揚げられた魚のように跳ね回り、起き上がった。
自身の、身に何が起きたかも理解していないだろう。
ただ、何らかの攻撃だとは認識したらしく、辺りを見渡して俺たちに気づき、行動に出ようとした。ただその動きは致命的に遅い。俺は詠唱を済ませていた魔法を放つ。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
残り少ない無事だった奴らも爆炎に飲まれ、四散する。残ったのは四肢に甚大な損傷を受けた奴か、ぴくりとも動かなくなった奴だけだ。
(て、天井が崩落しなくて良かった)
想像以上に頑強な作りの天井は殆ど傷が付いていない。
「は、え、ナイフ?……凄い、何したの!?」
驚いたテルマが口を開けたままだ。バスタードソードを引き抜き、残りを掃討する為に、動こうとしたが、その必要は無くなっていた。
「俺の固有能力だ。それより残りの連中を……早いな。ニコレッタ」
粉塵が晴れる前に、残った連中を斧で、剣で、ニコレッタが全て片付けてしまった。
「あれだけ、弱っていたらね。扉も壊れなかったみたいだから、中の人も無事ね。ご対面と行こうかしら」
進路を塞ぐ死体を退かしながら前へ前へと進む。換気が出来ていないので、むせ返るほどの臭気が当たり一帯に込み上げる。壁は血のせいで赤い漆喰のように塗られてしまった。
(周辺の奴らは全部ここに集まってたみたいだから、やり易いといえばやり易いが)
一歩踏み出すたびに粘着質の水気がする。うっかり転んだりしたら間違いなきトラウマになりそうだ。
奴らが殺到していた扉は頑丈な鋼鉄製だった。ドア前には突破を試み痕跡がおびただしく残っている。扉を破ろうとするのが無駄だったという訳でもなく、扉の一部は破損、歪んでいた。
「おーい、生きてるか? 救助隊の冒険者だ」
もう一度声をかけようと息を吸い込んだとき、扉越しに人が慌しく動き始めた。
「本当に人間か!?」
中から男の声がする。奇妙な奇声ではなく、意味を成した言葉。
「ああ、今のところは人間だな」
重厚な扉が少しずつ動き、開いた。目の前にいたのは、中年の男。俺たちを見つけると感極まったのか抱き付くんじゃないかと言う距離まで顔が近付く。
「救助に来てくれたのか!? あいつを仕留めたんだな!! よく来てくれた。このフロアで兵器開発を行ってる技術者のホルムスだ。それで、他の救助隊は何処に?」
「落ち着いてくれ。俺達は確かに救助隊だが、こいつらに襲われてばらばらになっている。今もこの階の警備室に陣取った本隊と合流するところだった。状況がさっぱり分からない。」
希望に満ちていた顔は次第に落胆とした顔に変化していった。その中で、ホルムスは俺の何かの言葉が飲み込めないと自分の中で咀嚼していた。そうして確認するようにぽつりと呟いた。
「今、警備室と言ったか?」
「本隊は警備室にいる。それがどうかしたのか?」
ホルムスの意図が分からない。後ろに助けを求める為に、振り返るが、他の冒険者も首をかしげた。
「警備室……そんな、まずい。まずいぞ。警備室にはあのデカブツがいる」
ホルムスは残り少なくなった髪をわしゃわしゃと掻き始めた。薄くなった毛が空気中へと舞う。
「落ち着け、デカブツってのは何なんだ?」
腕を握ると、ホルムスはぴたりと動きを止めた。
「それは……」
「実験中に薬物死したオーガの希少種だよ」
答えたのはホルムスではなく、奥に居た別の人間。
そちらに目を向けると立っていたのは、最低限の筋肉と脂肪も無いんじゃないか、というぐらい細身の男。肌の色も悪く、何か重病を患っていると言われても無条件で信じてしまうだろう。
ただ、眼鏡の奥の眼力だけは身体に似つかないほど強かった。
「オーガが?」
オーガと言えばウィットルドで死闘を繰り広げた相手。オークやホーングリズリーが素直な良い子に見えるほどの飛び切り厄介な相手だ。
「正確には、死虫アルカストラネが焼却予定だったオーガの死体を操ってるみたいだね。それが最下層で起きた実験の二次災害でこの階に蔓延したようだ」
「虫だって? 寄生虫がこれの原因だって言うのか?」
突拍子も無い話に付いていけなくなった。確かに、宿主の行動を操る寄生虫は居ると聞くが、それは人間じゃなくもっと微小な虫やカタツムリでの話だ。人間や大型の獣を自由に操る寄生虫など、こちらでもあちらでも聞いた事が無かった。
「正確には寄生虫ではなく、死んだ体を家代りにしているヤドカリのような生物だね。複数のアルカストラネが死んだ宿主の壊れた器官代わりに変化して、その生物のように振る舞う」
「この狂った人間も?」
後ろを振り向き、目線を落とす。そこには頭部を失って動かなくなった死体がある。
「そう。全員一度は亡くなっていて、アルカストラネが人間のように振舞っていたと思うよ。頭の中を探ればまだ残っているんじゃないかな。生物としては興味深い性質を持っていると思うけど、こうなるとただの害虫だね」
流石に物理的に人の頭の中を探る気はしない。よほどの良い意味で狂ってる研究者じゃなければそんな事はしないだろう。
「早く本隊に報告しないと不味い」
「もう手遅れだと思う。警備室にはあのオーガ持ちのアルカストラネが巣を張っている。あの個体だけでここの警備隊を蹴散らされた。魔法も斬撃も打撃も効かない。このフロアにいた人間の半数以上は奴に殺されたんだよ」
ホルムスの話が本当ならば数百近い人間がそいつに殺されたことになる。今思えば個体差があったのも死虫が人を殺して経験を積んだ違いがあったからだろう。
「……なぜ攻撃が効かないんだ?」
「オーガが生前に持っていた飛びぬけた治癒能力がまだ残っているらしい。まだ統率が取れて反撃をしていた時の話だが、警備兵が攻撃をすればするほど、破壊と再生が繰り返されて肉が肥大化と硬化を繰り返した。魔法も剣も槍も分厚い筋と骨のせいで中身のアルカストラネまで届かない。最後は酷かったよ、警備兵の数は減るのに、敵は増えて、強くなる」
「まいったな。一先ず、全員で情報を纏めた方がいいか。この辺にいた奴らはここにいた奴だけか?」
「この辺では、美味しそうな餌は私達だけだった。一匹残らずここにいるだろう。人気者だ」
ホルムスに招き入れられて部屋の中に、次々冒険者達が入る。そんな中で、ニコレッタだけが入り口で立ち尽くしていた。
「どうしたニコレッタ?」
異常でも見つけたのか――俺が確認するように顔を覗き込むと彼女の視線は部屋の中の一点を見据えていた。
「ああ、ちょっとね。そこに私の身体をイジッた張本人がいるから。どうしようか考えてて」
その視線の先には、死虫アルカストラネの説明をしていた研究者がいる。こちらへゆっくりと首を動かした眼鏡の研究員は笑った。
「あれ? ニコレッタ君、どうしてこんなところに……制御用の魔道具を壊してしまったのかい? 参ったな。アレ貴重品なのに」