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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第十八話 暗闇の逃走

 聞こえて来る音によって数本の通路差で奴らがいるのがはっきりと分かった。もし移動するのが遅れていたら鉢合わせになっていただろう。


 肩を貸して進み続ける赤毛の冒険者の口からは、痛みを堪える為の声が漏れ、俺の首に息が吹きかかる。


 逃走する通路の途中では、冒険者と所員の遺体が壁や床に転がっている。そんな中、最後まで抵抗していたであろう冒険者の傍に、短槍が付き添っているのが見えた。


「ちょっと、待っててくれ」


 赤毛の冒険者に声を掛け、壁に寄り掛からせる。


「悪いな。貰ってくぞ」


 返事を返す事が出来なくなった冒険者を尻目に、短槍を拾った俺は彼女の位置に戻る。


「杖の代わりだ。ショートスピアは使えるか?」


「少しくらいなら……」


 転がっていたショートスピアを握らせ、赤毛の冒険者の身体を肩で引き摺る。ショートスピアによるものか、歩く速度が多少向上した。


(このまま危険に出会わずに逃げ切れるか――)


 そんな淡い期待がそう続くわけも無く、正面から何かが動く音が聞こえる。


(まずい)


 通路を引き返して曲がり角か部屋でやり過ごそうとしたが、その考えは無駄に終わった。視覚や聴覚、それらを最大で活用して認識出来る距離、つまり10歩程度の距離にそれはいた。


「後ろを頼む」


 組んでいた肩を外し、腰を落としてバスタードソードを構える。耳元で赤毛の冒険者が息を呑むのが聞こえた。


「ぎ、は、ぎげげげはああ」


 声を出して向かって来るそいつは、こちらのお株を奪うように通路上にあった台車を投げ付けてきた。


暗闇で見辛いが速度も速くなければ、狙いも正確ではなく、身体を少しずらすだけで当たらない。


けたたましい音を伴い台車は地面と激突した。


(投擲によるダメージよりも、音が奴らを集める。さっさと仕留めないと)


 こちらの体勢を崩す目的で投げたか分からないが、それだけでは妨害にはならない。迫ってくるそれに左から右、横一閃にバスタードソードを切りつけた。


 手応えが無い。得られたのは剣先で何かを引っ掛けるように切った感覚。相手は刀身が到達する直前で、伏せることに成功したのだ。


 剣先で切り裂いたのは喉に近い上腕の一部だけ。


 目線を下に向けると、出来損ないのクラウチングスタートのような格好で跳ねるところだった。


「……っ!」


 構え直していたバスタードソードを直上から叩き付ける。ダマスカス鋼をベースとした刀身は、僅かな抵抗を感じさせただけで、頭頂骨を食い破り、地面へと追い返す。


 頭部という中枢を失い、制御不能になった職員の体は俺から少し横に滑り込んだ。


 逆手で持ったバスタードソードの剣先で再度頭部を潰し、完全に止めを刺す。


「無事か?」


 後ろを見てもらっていた赤毛の冒険者に尋ねると、首を縦に振った。


「大丈夫……。あ、貴方は凄く強い。私達でもアレなら一人ずつなら十分に倒せる。でもこの狭い暗闇の通路で10人、20人、それ以上がなだれ込んでくると……」


 赤毛の冒険者はその続きを言わなかったが、何が言いたいかは理解できる。現に俺が数分前までいたであろう場所を中心に、数十の奇声が混ざり合って聞こえてくる。


 無言で頷き、再び肩を組む。迫って来たのが単体で幸い。音を立ててしまったが、最小限に済んだ。あの短期間ではこちらの位置を正確に把握できない。







「そこの部屋に入ろう」


 見つけたのは争った形跡の無い綺麗な部屋だ。肩を支え、部屋に足を踏み入れる。部屋を見渡すと、もう一つ扉がある事に気づいた。


 静かにバスタードソードを抜く。鞘と剣が擦れる僅かな音ですら、今では気になる。気配を殺して扉に近付き、撫でる様にドアノブを回す。


 隙間から除くと、中は荷物が押し込まれたちょっとした倉庫のようだった。手前の部屋が作業部屋だったことを考えると、この部屋を担当する研究員が私的に利用しているのだろう。研究というよりかは日用品の方が多い。


 奥にあった物置部屋に赤毛の冒険者を座らせる。


「さっきはごめん。死ぬところを助けてくれたのに剣で切りつけて」


「ああ、もう別にいい。それより捻挫は足首だな。布か何かでガチガチに固めよう。何か巻く布とか持っているか?」


 俺も後ろ腰に下げてある道具袋を漁ったが、目ぼしいものは無かった。赤毛の冒険者も固定できるような布はないらしい。


 棚を漁るが、丁度いい物は無い。ヒカリコケ製のランプを片手に、部屋にあった木箱を開ける。


(瓶、薬品か何かか……って、これ酒じゃないか、職場にこんなもの持ち込むなよ! よく見ればコップが幾つもあるし、ツマミの干し肉まで。えーっと、こっちは木盤に駒、これは小銭か、こいつら完全にここを溜まり場にしてるな)


 酒瓶と食料を鞄に押し込み、また捜索を開始する。


(テーピングに代替出来そうなものがあればいいんだがな)


 キョロキョロと周りを見渡していると肩を叩かれた。


「そこに白衣が」


 くたびれた白衣が数着、椅子に掛かっていた。退避命令が出て、不良職員達が慌ててここから逃げ出したせいで、置いてきぼりにされたのだろう。


「いいぞ。それを切って使おう」


 椅子から白衣を掴み取り、オリハルコン製の短剣を抜き取る。そうして白衣を帯状に切り裂いていく。


「脱げるか?」


「うん、大丈夫」


 座り込んでいた赤毛の冒険者は苦痛に顔を歪めながらブーツを脱ぐ。スラリと伸びた足の中で、足首だけが腫れていた。思っていたよりも腫れは酷くない。


「触るぞ?」


 俺の問いにこくりと頷いた。


「あ……、んっ……ッう」


 ブーツを脱がせ、足首に手を這わせる。走り続けていたせいかしっとりと肌が湿っている。


「ここか?」


 軽く触れると、赤毛の冒険者は歯を食いしばり、掠れた声を上げた。


「うぅッ、い、そのへん」


 多少腫れているが、重傷ではない。テーピングをすれば辛うじて戦闘には耐えられるだろう。うろ覚えながらも学生時代の授業でテーピングを習った。ヒールロックとフィギアなんたらという巻き方があったはずだ。


 詳しく覚えていないので足首を八の字に交互に巻いていき固定。それっぽい形となる。


(見た目は悪いが……足首が揺れないように固定はできた……か?)


「俺はシンドウ、あんたは?」


「テルマ」


「テルマか、こんな時にアレだが、よろしく頼む。班は俺以外の人間は全員死んだ。確認はしていないが分隊も恐らく全滅だ。そっちは?」


「私の方も同じ。他の班が最初に襲われて、続いて私達の班も。班のメンバーと逃げていたらある部屋の中にびっしりアレがいて」


「参ったな。この辺じゃもう俺たちだけか」


 最悪な事態は想定していたが、それが現実になるのは堪える。


「案内板を見つけたんだが、主要な通路を外れたせいで大まかなとこしか分からない」


 道具袋から取り出したのは案内板だ。


「私達の担当がここ、逃げた先はこの辺。シンドウはこっちから」


 2人して案内板を睨み付け、指でなぞり場所を確認する。


「となると、現在地はこの辺か?」


 本隊が陣取る場所は警備室など重要施設が集中する左側。現在俺たちがいるのは中央から右上のところだ。テルマが担当していた場所は中央の左側だった事を考えると、進む先にもまだまだアレが居そうだ。


「俺は本隊と合流して地上に出ようと思う。今動くのは危険だが、逆に今動かないと手遅れになるかもしれない」


「どういう意味?」


「本隊が予想外の敵に苦戦、撤退を決めたとしたら?」


「まさか、ここに置いてけぼり……」


「かもな。事前に情報も満足にくれないし、どうもここの警備兵は冒険者の事を軽く見てる節がある。冒険者が死ねばギルドにも賠償金を払わなくちゃいけないから、好んで使い捨てるつもりはないだろうが、わざわざ冒険者のために危険を犯すってことはない。本隊がこの階層から撤退したら俺たちはここに置き去り。出口を開けて待っててくれるほど優しくもないよな」


 ニコレッタの事も気になるが、Bクラスの冒険者だけあって判断は的確。戦闘技術や力の事も考えたらちょっとやそっとでは食い殺されたりしないだろう。そしてニコレッタの方が本隊の位置に近いはずだ。


「冷やして休んだ方がいいんだろうが、そんな悠長な事は出来ないな。きつく布を巻いて早く本隊に合流しよう……どうした?」


 指を指したテルマは入って来た部屋を指差した。


「お、奥に居る」


 耳を澄ますと、確かにかすかな物音が聞こえた。


「……様子を見る。何かあったら頼む」


 ドアの隙間から覗き込むと部屋の中心で2人が挙動不審に動いていた。腰からスローイングナイフを取り出し、音が出ないようにゆっくりと扉を開ける。


(急所は何処だ? 動脈は有効かもしれないがさっきの奴をみると即効性が無い。心臓も怪しい。そうなると今まで有効だった場所は、脊椎か脳……狙い辛いな)


 暗闇でフラフラと動く頭部に内心舌打ちをうつ。普段ならば面積が大きく重要な器官が集まる下腹部を狙えるが、この相手は頭部しか狙えない。


 外せば叫ばれ、集まって来る。この周辺にどのぐらいの数がいるか分からないが、叫ばれるのだけは防がなくてはいけない。覚悟と狙いを決め、スローイングナイフを投擲する。


(振り向くな。振り向くなよ)


 一本目が綺麗に後頭部に突き刺さり、二本目も続けて投擲する。周囲の異変に気付いたもう一人が勢い良く振り返った。


 その狂った眼が俺を捉え、叫ぶために口角が上がる。だが、声が発せられる前に短刀の刃が深々と額に突き刺さる。


「はぁ、危……ッ」


 視界の中で壁だと思っていたものが不自然に揺らいだ。暗闇から急速に何かが浮かび上がって来る。頭の中で《生存本能》が叫び声を上げた。迫ってきたものは赤黒くなった歯。


(もう一人!?)


 辛うじて鞘から抜いたバスタードソードで切りつけたが、帰ってきた手応えは硬く、金属音が響いた。切りつけたのは鎧を着込んだ警備兵だったもの。


「ぐ、しまっ――」


 喉目掛けて迫る歯を手甲で受け止める。手甲の表面に歯が食い込むが貫通する事はなかった。


 押し倒された俺は床の上に叩きつけられる。


「ぐっ、ふぅ」


 地面に投げ付けられた衝撃で肺から空気が強制的に叩き出された。膝を立て、覆い被さって来る警備兵との密着を防ぐ。


 強引に足を使って引き剥がそうとするが、俺の首と肩はしっかりと捕まれている。現状維持が精一杯だ。噛み付こうとした研究者の顔面目掛けて頭突きをするが、怯む事無く手甲に噛み付いたまま。


 寧ろ、身体は更に密着してしまった。


(なんて馬鹿力ッ)


 不意に視界が血で染まった。取っ組み合っていた研究員は力なく俺の横へ倒れ込む。目線をずらすと、ショートスピアを握り締めたテルマがいた。


「ありがとう、助かった」


「私はもっと絶体絶命のときに助けて貰った。こ、このくらいは」


 震えた声で勇ましくショートスピアを抜き取るテルマを目にして、そのギャップに笑いがこみ上げて来た。


「ふふっ」


「な、何で笑ってるの? まさかあいつらみたいに」


 俺が奇声を上げ襲うんじゃないかと警戒したテルマはじりじりと後ろに後退した。


「悪い、テルマの声と行動が一致してないのが面白かった」


 奇妙なものがいる、そう言わんばかりにテルマは俺を見る。


「は、はぁ? この状況でよく笑えるなぁ。私には無理……」


「泣き叫んで逃げるよりはマシだろ」


 立ち上がった俺は投擲したスローイングナイフを抜き取り、頭部に二度刺しして確実に止めを刺す。


(はぁ、バスタードソードで刺せば良かった)


 短刀を刺したときに手からは何とも言えない感覚が伝わって来て、気分をどん底に落としてくれた。


「安いB級ホラーなんて、勘弁してくれ……」


「B級ホラー? なに、それ?」


「あー、旅人が持ってる怖い話でも、もう少し何とかなっただろう、ってしょぼい話があるだろ。あんな感じの話」

少し遅れましたが明けましておめでとうございます。


最近DVDを沢山借りて、ここ何日かで観た映画は20本を超えました。クビガイタイ。


初夢には富士も茄子も鷹も出ないで、映画の影響かゾンビが出没。きっと今年はゾンビのような粘り強さに恵まれる一年になるはず(遠い目)


感想は前回分から順次返して行きます。

今年も一年よろしくお願いします。

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