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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第十七話 暗闇の惨劇

(隣の班も殺られた。来た道は戻れない。機密か何か知らないが、地図が無いのが痛いな。他の分隊の担当区画までどのぐらいだ……)


 7、8歩先は全てのものが暗闇に紛れて視認する事は出来ない。壁沿いに沿って移動を続けるが、時折足元に転がる物を蹴りそうになった。


 肉が焼ける強烈な臭いが漂って来る。恐らく、警備兵が火炎放射器フレイムスロワーを使ったのだろう。少なくとも筋が癒着したら構造上動けなくなるし、酸素を奪われて活動も出来なくなることを考えたら、ある程度は有効かもしれない。


(問題は酸素だ。警備兵は特に酸素は気にしなくていいと言っていたが、どういう意味だかな……。この階層では使用しないつもりだったからか、それとも使用した上で何らかの換気や酸素の循環システムがあるから問題無いか……とは言え、とても自分達が撲殺されることまでを想定に入れているとは思えない)


 自分が撲殺されると分かってて進んで地下に潜るイカれた人間は多くない。さっきの警備兵がそういうタイプの人間にはとても見えなかった。


(だいたい、説明不足過ぎるんだよ。機密だか知らないが……愚痴っても仕方ない。今は目の前の問題をどうするか、だよな)


 奇声から離れるために移動を続けるが、どういう訳か人の焼ける臭いが強くなってきた。


(逃げ延びた警備兵が近くにいるのか)


 更に幾つかの通路を進んだ先にそれはあった。衣服は焼け焦げ、残っているのは人だった物。何度か嗅いだ事のある臭いだが、慣れることは無いし、慣れたくも無い。


 臭いと言うのは見るよりも格段に吐き気を誘ってくれる。口に溜まった唾を飲み込み小火や焼け焦げた物の後を辿って行く。


 幸いな事に痕跡は続いていた。


(最悪なヘンゼルとグレーテルだな)


 これを童話とするならば、間違いなく小さな子には見せられないだろう。


 距離はだんだんと近くなっている。辺りを注意しながら進んでいると、ふいに周囲が明るくなった。曲がり角の先で何かが燃える。いや、炎上していた。


 曲がり角から顔だけ出し、見えた光景に奥歯をかみ締めた。


 数人の人間が折り重なるように燃えている。その中心ではひしゃげたタンクを背負った警備兵らしきものがいた。既に全員が息絶えているらしく。異臭と炎は出しているが、声は一切出していない。


 恐らくはタンクの中身に火が付いて周囲を巻き込んで大炎上したのだろう。炎の一部は壁や天井に張り付くように燃え盛っている。


(捕まれて自殺か、事故って自爆か知らないが、ああ、はなりたくないな)


 燃え盛る炎の周囲を研究員がうろうろと回っている。どんな攻撃にも怯まず突っ込んできたあいつらだったが、炎には流石に飛び込まないらしい。


(少なくとも、炎を認識するだけの知能はあるのか)


 あまり悠長に眺めていると、見つかるかもしれない。そう考え、俺は来た道を引き返し、本隊と合流するために歩き続ける。


 小火が続いていた場所を抜け、新たに知らない通路を移動した時だった。ふと目にした壁に、ある物を見つけた。


(これは、案内板じゃないか!?)


大まかな方向しか分からない俺にとっては、喉から手が出るほど欲しかったものだ。


 壁に張り付いていた簡易の案内板を両手で掴み力を掛ける。固定されていた金具が短い悲鳴を上げ、案内板が壁からもぎ取れた。


 そのまま案内板を小脇に抱え、近くの一室の中に駆け込んだ。部屋の中には何も居ないし、居た形跡もない。更に都合のいいことに、大型の机が幾つか並んでいるおかげで、しゃがんでいれば通路側からは全く見えない。


 鬼ごっこをする児童のように机の下に潜り込む。少々手狭だったが、どうにか体は収まった。


 支給され、肩から吊るしていたヒカリコケのランプを正面に手繰り寄せて案内板を照らす。案内板には主要な通路と入り口、警備室など施設内での重要な場所への最短距離が記載されていた。


 この入り組んだ道を全て網羅する人間は少なく、研究員でも迷子が続出なこの施設は、幾つかの場所に番号を振り、区画を作っているようだ。


 そしてこの区画は、幾つかの主要な通路で繋がっていて、研究員はなるべく主要通路を通って自分の仕事場や目的の場所に向かうらしい。


 無数にある通路を使えば短時間で主要通路を使わなくても、目的の場所にたどり着けるようだが、案内板にはそれらの通路が省略されて記載されていない。俗に言う以下略だ。


(ほんとに、非合理的な形状をしてやがる。建築法的にも消防法的にも完全にアウトだな)


 主要通路を通って直ぐにでも本隊に合流したいが、問題はこの主要な通路が悲鳴や叫び声が集中する場所とほとんど重なっている事だ。


 逃げ出した警備兵達がこの通路を使ったためにあいつらが集まったか、それとも元から居たのか分からないが、少なくない数のアレがいるだろう。


(そもそもアレはなんだ? 元はここの職員なんだろうが、元から狂ってた訳でもないだろう。研究所という事を考えれば、狂った原因は麻薬類の薬品か、魔法兵器か生物兵器あたりか?)


 痛覚が無くなって人を襲う合成麻薬ならあっちにもあったし、常識が通用しないこの世界ならそれ以上のものがあってもおかしくはない。多くの共通点はあると言っても、軽く物理法則を無視してくれる世界なのだ。何を出されても納得するしかない。


(魔法兵器や生物兵器の線も強いだろうが、空気感染なら潜伏期間が有るにしろ無いにしろ、たっぷり空気を吸い込んだ俺はもうアウトだろう)


 何処ぞのB級映画のような絵面が浮かび、思わず苦笑してしまう。


 空気感染ならもうなるようにしかならない。他の可能性を考える方がいいだろう。


(あと考えられるのは接触感染、飛沫感染なんか辺りか? そうなるとなるべく接近戦を避けたいところだが、地形的にそれは不可能だよな。いや、そもそも感染するものなら冒険者ならまだしも、警備兵がそういう装備を身に付けていないのはおかしいか。それこそ機動性には劣るかもしれないが、あいつらには分厚いフルプレートの鎧の方が効果的だ。警備兵達だって馬鹿じゃないんだ。そんな事くらい分かるだろう)


 警備兵自身も想定していた相手が違うのが正解な気がした。


(これの原因は一人で考えても分からないか。警備兵に聞くのが手っ取り早いよな。それにはやはり本隊に合流しないと)


 数分間の休憩だったが、考えを纏めるには十分な時間だ。何時あれが押し寄せてくるか分からない。それにあまり休憩し過ぎると余計なことまで考えてしまう。


(この階層で行方不明になっている職員は数百人近い、それが全部アレになっているとしたら)


 考えても仕方ない事だ。最悪を想定して動くのは好ましいが、悲観過ぎるのも良くはない。


「行くか……」


 息を吸い込み軽く入れ覚悟を決める。強引に案内板を鞄の中に押し込み、目指すは本隊が居る警備室だ。


 なるべく主要な通路を避けて、入り組んだ通路を進む。どこからともなく奇声が聞こえてくる。もう戦闘音や悲鳴は完全に聞こえなくなった。


 音がすればしゃがみ息を殺して気配が過ぎ去るのを待つ。


(順調か)


 俺には珍しく何事も無く移動は続く。思っていたよりも数は少なかったのかもしれない。


気を引き締め、進んでいるとそれは何の前触れも無く起こった。


「あっぁ!! 止めろ、ああああぁああ゛ああ」


 冒険者の悲鳴が呼び水となり一斉に奇声が響く。通路で反響して、詳しい位置が分からないのか、あちらこちらで一斉に何かを探し出しているのが音で分かった。


 何かは間違いなく俺たちだろう。


「そ、そんなッ、来るな。来るなぁ!!」


(この辺にもまだ生きてる冒険者達がいたのか)


 後ろから何かが駆け上がってくるのが分かった。激しい息遣い、漏れ出す奇声、間違いなくアレだ。手近な部屋に飛び込むと、それは通路をそのまま通り過ぎようとする。足音からして数は二体。


(このままやり過ごして逃げるか……?)


 このまま息を潜めていれば、あいつらは声に反応して移動、他の通路は手薄になるだろう。そうなれば俺はその隙を付けば安全に移動できる。


 だが、聞こえて来る切迫した声を考えると、冒険者達が絶対的窮地に立たされているのは間違いなかった。


(ああ、クソ!! もう何でこうなるかなッ)


 俺の部屋の前を通りすぎようとした一人の首を跳ねる。もう一人はこちらに素早く反応して、殴りかかって来た。無茶苦茶な軌道で迫る凶拳を一度、二度と避け、バスタードソードを振りかぶって腕ごと上半身を切断する。


「あ、えがぎ――」


 最後の悪足掻きと言わんばかりに咆哮をあげようとした職員の頭を再度叩き切り、戦闘が続く方へ全力で向かう。


 暗闇から浮かび上がってきたのは頭部や首を切り裂かれた研究者の死体と真新しい冒険者の死体だ。


殺された割合は圧倒的に所員が多いが、4人の冒険者が血溜まりの中に沈んでいた。


(全滅、間に合わなかったか。いや、まだ声が、あそこか)


睨むように目を凝らすと2人分の人影が見えた。


 少し離れた壁際で揉み合っている冒険者は丸腰。冒険者の獲物であろうショートソードは揉み合いを続ける研究員の胸部に突き刺さっている。


そんな本来であれば致命傷にも微動だにしない研究員は、力任せに冒険者を壁に押し付けた。


「あっ、ぐ、ぁっ」


 冒険者の頚椎をへし折る気なのか、首を縮めて抵抗する冒険者の首を絞めている。身体は持ち上がり、いつ折れても可笑しくない状況だ。


(バスタードソードじゃ間に合わない。外れんなよ)


 ホルスターからナイフの柄をしっかりと掴み取り、引き出す。急停止した俺は殺した勢いを利用してスローイングナイフを投げた。


 《異界の投擲術》の補正を受けて投げられたスローイングナイフは目標通りに後頭部に命中。一撃で葬り去られたターゲットは冒険者からずり落ちる形で地面へと転がった。


「おい!」


「あ……ごほっ、ぁ、はぁっ、来ないでッ!!」


 声を掛けながら駆け寄ると、左から剣が迫るのが見える。それは研究員の胸部から抜き取られたショートソードだ。


 冒険者の目は極限にまで見開いている。暗闇のせいで駆け寄る俺も狂っているように見えたようだ。


(冗談だろ!?)


鋭利なショートソードの剣速は速く、今更腰に収まったままのバスタードソードでは弾けない。


(鎧か手甲で受けるか!? いや、それよりも——)


 踏み込んでいた足に力を入れ、逆の足を出す。そのまま前に出た逆足でショートソードが完全に振られる前に、冒険者の手首を蹴り上げて、その軌道を変える。


刃はあらぬ方向に降り抜かれた。折り返し刃が迫るが、その前にタックルする形で冒険者に抱き着き、腕を押さえる。


「殺す気か!? 仲間だ」


 見開かれていた目がだんだんと小さくなり、肩の力が抜けて行く。どうやら俺を人間と認識したようだ。


「あ、ああ……ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 赤毛の冒険者は謝罪の言葉を繰り返す。


「もういい、分かったから……それで他の冒険者は?」


「全員、た、食べられました」


 その言葉に頭が痛くなった。顔を見て思い出したが、確か外でこの赤毛の冒険者を見た時は、隣の分隊だったはずだ。これで少なくとも5つの内、2つの分隊が壊滅した事になる。


「ほら、早く逃げるぞ。音に反応した奴らが探し回ってる」


「実は、さっきの戦闘中に足を捻って……走れません」


 さっきの奴ともみ合いになった時だろう、立ち上がった赤毛の冒険者は足を引き摺っている。


「走れないのか」


 俺の険しい顔に、赤毛の冒険者は震えた声で言った。


「お、置いてかないで」


「ここまで助けに来たんだ。今更置いていけるか……肩は貸す、食われたくないなら必死に走れ。暫くの辛抱だ、行くぞ」


 右肩を掴みそのまま引き寄せて、支える。赤毛の冒険者は苦痛に顔を歪め、歯を食いしばって走る。声は先ほどよりも確実に迫っていた。

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