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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第十五話 奈落への入り口

「……?」


 昼食を済ませ、本棚で幾つかの本を手に取り選んでいると、ふいに鐘の音が聞こえてきた。一定間隔で鳴り響く鐘の音は大きく、建物の奥にまで届く事を考えたら鐘は街中に響いているだろう。


 こちらに来てからというもの、鐘の音に良い思い出はない。何かの間違いや悪戯でなければ、この鐘は何かが起きたことを示している。


(問題は何で鳴ったか、だ)


 普段は本に集中して周りなど気にもしない学者や研究者までもが騒然として慌てふためいている。


「この鐘は研究所にある非常用の……?」


「訓練……いや、しかし、そんな話は聞かされていない」


「研究所で何かあったのでは」


 右往左往する研究者の間をすり抜け、出入り口に向かうと、警備兵同士が小声で話し込んでいた。図書館でこもっているよりかは外に出たほうが情報が集め易い。


 普段よりもおざなりとなった持ち物検査を終えて外へと出る。鐘が鳴り響く方を見ると、やはり音の発生原因は街の外れにある研究所だった。


 街の中を巡回をしていた兵士たちや非番の警備員なのだろうか、私服の市民が小走りで研究所の方に流れを作っていた。


(中央研究所か)


 大通りまで出ると、研究所とは別の人の流れを見つけた。移動をしていたのは冒険者だ。一週間とは言え、それなりにこの街の地理は覚えている。


(あの方向にあるのは、ギルドハウスか)


「おーい、何があった?」


 冒険者の一人に声を掛けると、こちらに反応してくれた。


「ギルドの非常招集だよ。詳しくは分からんが研究所でデカイ事故があったんだと」


「ありがとう、非常召集か」


 地方や片田舎にあるギルドハウスでの非常召集ならまだしも、この都市のような大規模なギルドに非常召集が掛かるとなると、間違いなく厄介な事が起きている。


(ギルドハウスに行くのが一番手っ取り早いのか)


 俺は情報を得るために、冒険者達に合流してギルドハウスへ小走りで移動を始める。


 それから10分も掛からずに到着したのだが、既に二階建てのギルドハウス内は押し掛けた冒険者で一杯となっていた。まだギルドハウス職員による説明は行われていないらしく、冒険者同士の話し声でギルドハウス内は騒々しくなっている。


 時間が経つに連れ、更に冒険者が増えて行く。もうこれ以上は入らないだろう、と言った数になった時だった。


「注目ッ——!!」


 吹き抜けになった二階の手すりから声が響いた。ピタリと静かになった冒険者達が二階を見上げると、ギルドマスターの証である専用の制服を身につけた男がいた。


「皆に集まって貰ったのは、中央研究所で大規模な魔法事故が起き、研究所から救援要請が来たからだ。我がギルドは研究所から所員と機材の退避、研究所地下施設で事故の鎮圧を行う事となった。Cランク以上の冒険者は研究室地下で事故の鎮圧、それ以下の冒険者は研究者と機材の誘導、護衛を行って貰う。参加する冒険者は速やかに受付で手続きを済ませてくれ、勿論、報酬は破格だ」


 非常召集のクエストは大半が報酬が良い。その反面、ギルド規模でなければ対応出来ない事態が多く、危険も大きい。


 参加は形式上は自由だが、理由も無く非常召集を断り続けたら、仕事が回ってこなくなるので、ほぼ半強制的だ。


 己の安全に関わることなので当然、冒険者の中から質問が飛び出る。


「研究所にいた警備兵だけでは鎮圧できなかったのか? そもそも鎮圧対象は?」


 二階にいるギルドマスターは質問に対して返答した。


「鎮圧対象は最下層で実験中に暴走した魔物の実験体であり、残念ながら警備兵はこの鎮圧に失敗してしまった。幸い、指揮所の判断により各階層の入り口が塞がれ、鎮圧対象は第四層を含む最下層に閉じ込められている。我々は第三層の職員と機材を退避させた後に、増援を待ってから地下の実験体を殲滅する。殲滅と言っても我々はサポートがメインだ。増援はあの《魔力の杖》を中核とした部隊、我々冒険者は安心して援護に回れば良い」


 《魔力の杖》と言えばレネディア大陸でも最高と名高い魔法技術を持つ部隊であり、アルカニアの勇者とも戦ったヘッジホルグ共和国の虎の子の部隊だ。かつて最強最大規模を誇った時代の《魔力の杖》がローマルクとアルカニアの勇者に奇襲をされ、多大な損害を受けてからは滅多な事では部隊を動かさない事で有名でもある。


 そんな名前が出たことで冒険者の間でどよめきが起きた。


「実験体は最下層に居るが、第三層では小火が起き、治療を待つ怪我人がいる。これらの情報は現在では魔道具の故障で通信不可になったが、第三層警備室により報告された。本来は増援到着後に第三層に突入が望ましいが、これらを野放しにするとヘッジホッグの至宝と言える研究者と機材が失われてしまう可能性がある。よって、我がギルドメンバーと残存する警備兵で一刻も早く地下の安全を確保しなければならない。さぁ、時間は無い。受付を済ませ、研究所前に集合してくれ」


 ギルドマスターの合図で冒険者は一斉に動き始めた。綺麗に列になるという文化が無いこの世界では、順番があやふやになり、受付が混雑している。


(まるでスーパーの年末年始の特売日みたいだな)


 俺がいる位置から受付までは遠い。今更向かっても時間ばかり掛かって揉みくちゃにされるだけだろう。人の波が減ってから受付に向かうことに決めた俺が傍観をしていると、ここ最近で聞き慣れた声が聞こえて来た。


「シンドウ」


 振り向くとそこにはニコレッタがいた。この前見た軽い感じの服装では無く、全身に防具を纏い、腰にハンドアックスとロングソードをぶら下げた完全な戦闘態勢だ。


「ニコレッタか、受付にいかないのか?」


 肩を竦めてニコレッタは答えた。


「男に揉みくちゃにされる趣味はないわよ。そう言うシンドウも受付に行かないのかしら?」


 ちらりと人ごみを見るが、好き好んであそこに入りたいと思う奴はそうそういない。


「俺も男に揉みくちゃにされる趣味はない。……しかし、この冒険者の数、200人近いか?」


「そうね。凄い混雑。何度かこの都市に来たことはあるけど、こんなに酷いのは見たことが無いわ。こんな様子じゃ、骨眼鏡の魔道師に会うのは、また先延ばしね」


 ため息を吐いたニコレッタは酷くうんざりしている。


(それにしても、地下で魔物が暴れているのは分かったが、実験体とは曖昧な言い方だ)


 もしかしたら研究所からギルドマスターが知らされてないか、知っていてはぐらかしたか分からないが、冒険者ギルドをここまでさせる魔物とは想像も付かない。


「サポートに回るのは歓迎なんだが、警備兵が鎮圧し切れずに《魔力の杖》まで動員される実験体て一体何だ?」


 わざとらしく真顔となったニコレッタは俺の方を見る。


「龍とか?」


「あんなものが研究所にいたら、今頃この一体は火の海だ」


 ニコレッタと顔を見合わせるが、結局答えは出ないまま研究所に向かう事となった。






 レイキャベス中央研究所の周囲には非常時に周囲に被害を拡大させない為か、あるいは防犯上の理由からか周囲には建物がない。そんな訳で国内最大規模の研究所と言えば普通、街の中心部にありそうなものだが、この研究所は街の外れにたたずんでいた。


 その見た目はこの時代の建物としては異質であり、先進的と言えた。


 地上だけでも馬鹿でかい研究所だが、この研究所の心臓部は地下四層を中心とした実験設備だ。元々地上部分は研究分野の規模が広がるにつれて拡張された場所らしい。今見える場所にも足場が組み立てられた改修中の建物がある。


 研究所から周囲の空き地の間を無数の人間が行き来している。どうやら集められたのは冒険者だけではなく、馬車を所有する商人が根こそぎ集められ、荷物の積み込みをさせられているようだ。


 運び出されている大半は布で覆った研究所の機材だ。中身は分からないが重要な品物らしく随伴する警備兵が周囲に鋭く目をやっている。


「なんだ、あれ」


 周囲の喧騒など関係ないとばかりに隊列を組んで待機する警備兵の姿があった。その数は50人ほど。特徴的なのは背嚢のように背中に背負ったタンク、そしてタンクから伸びるパイプが警備兵の持つ銃のようなものに繋がっていた。


 その形状から頭の中に一つの武器が浮かび出てきた。


(まさか、火炎放射器フレイムスロワー!? なんであんなものが……いやでも、火炎放射器の構造は単純なはずだ。確かに火炎放射器の歴史は古いが、実用化されてたなんて)


 どうやら突入する警備兵全員があの装備を身に付けているらしい。


 今回、非常召集された者の数は多いが、突入する冒険者は信用と実力の有る70名ほどのCランク以上であり、残る冒険者は地上で誘導や護衛を行う。


 周囲にいた冒険者と隊列を組まされ、待機していると、列の前に警備兵の一人が出てきた。恐らく、突入する警備兵を指揮する警備長だろう。


「これより地下に閉じ込められた職員の救出に向かうが、その前に注意事項を幾つか述べる。第一に、生存者を発見したら上の階層へと速やかに保護、誘導を行う。第二に、施設のものには一切手を触れない。第三に、何か脅威対象を見つけたら戦わずに近くの警備兵を呼ぶ。これだけだ。実験体は第四層にいるので、特段、危険は無い。尚、地下施設は広く、固まって行動をしていたのでは、多大な時間が掛かってしまう。よって区画ごとに分隊を決め、更にそこから少数の班を組んで貰う。この都市のギルドでも選りすぐりの諸君の働きに期待している。では、分隊を決め次第、移動を開始する」


 分隊決めと言っても個人の特徴を生かした配置ではなく、近くにいた同士で12人の分隊を組ませられ、そこに二人の研究所の警備兵が組み込まれた形だ。


(結局、実験体の詳しい説明は無しか、実験体は第四層で脅威は無いというが、何もかも急だな)


 人数の関係上、ニコレッタとは違う分隊になってしまった。見知らぬ冒険者同士とは言え、最低Cランクの冒険者だ。連携に問題はないが、知り合いがいた方が何かとやりやすかったのだが――


 同じ分隊となった冒険者に短い挨拶を済ませると、早速、研究所内に移動が始まった。


 廊下で荷物を腕に抱えた職員と繰り返しすれ違う。持っている物は本やら何かの資料の束など様々だ。台車に乗せた大型の資材とも何度かすれ違い、その度に道を譲り譲られ進んでいく。


 人々が慌しく往来する中、武装した120名が廊下を移動するというのはなかなか大変な事だった。


「全体、止まれッ――!!」


 移動を続けていると停止の号令が下された。


「これより階段を下る。行軍再開」


 前から聞こえてきた言葉により、これから地下への入り口がある事が分かった。


 列が進み見えてきたものは、横も縦も7メートルほどの大階段だ。その深さは下が遠く見え、そこから推測するに、恐らく30メートル以上潜る事になる。


 階段横では、荷物の積み下ろしに使うであろうリフトがせわしなく動き、作業員達が地下から機材を運び出していた。作業員を尻目に階段を下る。普段は天井に付いた照明が光源となるらしいが、今では足元に有る非常灯だけだ。


(蝋燭じゃない。ヒカリコケ……魔法石、何だ?)


 照明の正体が気になりつつも、隊列から離れて調べる訳にもいかず、大人しく足を進める。


 地下施設は上にある研究所よりも大きく広がり、中は迷宮のように入り組んだ通路と無数の部屋で構成されていた。


(これじゃ、初見は間違いなく迷うな)


 時折、廊下の壁には迷子防止のためか、案内図が貼り付けられていた。どれだけの時間が経ったであろう。これでも迷宮ダンジョンに慣れているほうだが、地下というものは時間間隔を容易く狂わせてくれる。


 隊列の前後の冒険者が施設の広さに辟易し始めた頃だった。再び停止の号令が掛かり、隊列が止まった。


 隊の前方であり、階層の入り口では慌しく人が動き回っている。


「隔壁を開けるぞ。注意しろッ!!」


 その一言に、待機していた冒険者達にも緊張が走った。隔壁の開く音がフロア全体に響く。


(何か出るか……?)


 数十秒ほど経ち、静まり返ったフロアに警備兵の声が聞こえてきた。 


「何もこない」


「偵察兵、前進しろ」


 数分の沈黙の後に、階段を駆け上がる音が聞こえ、偵察兵の報告がされた。


「第三層、入り口周囲に脅威無し」


 入り口の安全は確認されたが、通信魔道具で第一層にある警備指揮所と通信しているらしく、指示を待っているようだ。


 その時は直ぐに訪れた。


「警備司令より突入許可。行軍を開始せよ」


「これより第三層に入る。心して掛かれ!!」


 警備長の声が響くと行軍が再び開始される。


 階段が近付くにつれて、テーブルや金属板などで作られた仮設の防御施設が幾つも設置され、その中にはもれなく大型の火炎放射器が鎮座していた。その周囲には個人携帯用の火炎放射器を持った警備兵が周囲を警戒している。


 この第二層と第三層の階段があるこの場所に、研究所に残存する兵力を集中させているようだ。見えてきた大階段は俺達が最初に地下に入った時と同じ作り。ただ、リフト周辺には放置された荷物が散乱、階段の方にも資料なのだろうか紙がばらまかれている。


 完全に階段を降り切り周囲を見るが、先頭にいた他の分隊は各々の担当する区画に進んだようで、もう姿は無い。


 警備兵40人が率いる本隊は、被害状況の把握と今後の指揮場の設置の為に、この階層の警備室に向う。他の分隊も担当の区画に移動したのだろう。戦力の分散は望ましい事では無いが、貴重な人材の救出を最優先に行うように、との命令なので仕方が無い。


 俺達の分隊の担当となった警備兵が手を振り、集合させる。


「事前に話した通り、私達はE―6区画で所員の捜索を始める。今回の事故を引き起こした実験体は最下層だが、生物研究班が飼育する一部魔物が脱走したとの未確認情報もある。せいぜいオークやウルフ程度。君達には何の問題も無い相手だろう。とは言え、油断はしないでくれ」


 全員がうなづく中、後方より音が響く。それは外との唯一の通路である隔壁が閉じた音だった。


「おい、隔壁が!?」


 驚いた冒険者が担当の警備兵に指を指して示すと、なだめる様に説明を始めた。


「大丈夫。一時的に閉じただけだ。本隊が幾つか携帯用の通信魔道具を持っている。連絡をすれば直ぐに開く」


(確かに、連絡したら開くかもしれないが、閉じ込められたのには違いない……)


 閉じた隔壁を横目に、作戦は開始された。

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